表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どう打つの?森  作者: 工場長
東二局・このままいけば卒業できそうです
51/95

第二十五話 よくある勘違いならしょうがないな

「ホテルの大浴場もいいけど、やっぱり本物の露天風呂も入りたいねぇ」

 修学旅行二日目、当たり前のように和平のベッドに座る一香と杏子。

「京都に温泉ってあったっけ?」

 一香が尋ねると、杏子は右手を前に出して手のひらで軽く仰ぐ素振りを見せながら、

「京都じゃなくて隣の滋賀しが県にあるの」

 自由行動なので日帰り可能範囲ならばどこへでも行ける。極論を言えば京都そっちのけで大阪か神戸を選んでもいい。

(確かに温泉はあったけどどこだっけ?)

 和平は脳内に滋賀県を描くが、温泉マークは付けられない。そこで和平は杏子に任せることにした。

「いいね、あん子オススメの温泉行ってみようか」

「よーし、任せとけ」

 杏子は自信満々に時刻表を手にした。


「京都駅から新快速で二十分で草津くさつ!」

 改札を抜けて意気揚々とする杏子だが、和平と一香は辺りを見回し互いの顔を見て首を傾げる。

「温泉地の駅のわりには……ねえ、わへい君?」

「それらしいものが何もないねぇ。清水さん」

 杏子はそんな二人の心配をさらに増やすことを口にする。

「観光地の駅だから案内所はあるよね! そこで温泉への行き方を決めよう!」

 今度は呆れ顔で互いを見る和平と一香。

(ノープランだった……)

 杏子の予想通り案内所は駅ビルの中にあった。

「いやー、露天風呂楽しみだねー!」

 普段から綺麗な笑顔だが、抑えきれない楽しみがさらに美しさを増す。

 その笑顔が悲嘆にくれることになろうとは和平と一香はもちろん本人も知らない。



 葵塚学園廊下――

 授業の合間の休み時間に純は昨日と同じ一年生の廊下を歩く。

(確かこのクラスでしたね……)

 廊下の窓際からある一年生のクラスを覗く。視線の先には授業の準備をしながら話をしている三菜と彩がいた。

 直の「陸上部全体ではなく、部員個人の暴走なので、なるべく穏便に済ませたい」という方針は凛を通じて昨夜のうちに純に伝わっていた。

 その報告を受けて、純は三菜の様子を伺うとともに四郎が何か動いていないかを探りに来たのだ。

 昨日は凛が上手く四郎を帰した後みんなで三菜を気遣ったため、あれだけ怒りを見せていた彼女は帰るときにはすっかり落ち着いていた。

 今日の教室での様子を見るに後に引きずってもいないようだ。

 通子も正二も三菜のことを気にしてはいたが、二年生が三人揃って三菜の様子を見に来たら目立ってしまう。それにより四郎を三菜の元へと呼び寄せてしまうかもしれない。

 そのため純は三菜を外から一目見るだけにとどめ、自分の教室へと戻る。四郎は授業のために別の部屋にいるのかそれともトイレにいたのか、会うのはもちろん見かけることも無かった。



 滋賀県草津市・草津駅構内――

「あん子、元気出しなって」

「そうだぞあん子。案内係の人だって『月に何人かいることだから』って言ってたじゃないか」

 自分が率いるとばかりに駅の案内所を訪れ、草津の温泉への行き方を尋ねた杏子だったが、今は駅ホームのベンチにてすっかり顔を隠して落ち込んでいる。

 その手には「宿場町草津へようこそ」と書かれたパンフレットが。


 杏子の質問を聞いた案内係の最初の答えは

「新快速で石山いしやま駅まで行きそこから私鉄に乗り換えて石山寺いしやまでら駅に行って下さい。そこに石山温泉がございます」

 それを聞いた杏子は一瞬答えの意味が分からず

「あの……、草津温泉への行き方を知りたいのですが……」

 と、言い方を変えてみると。案内係は苦笑をほんの僅かに浮かべた後で真顔に戻り

「申し訳ございません。温泉のある草津は関東だけで、ここの草津は宿場町として栄えた草津です」

 そう言いながら杏子にパンフレットを渡した。


「せっかく楽しみにしていたのに……。もう恥ずかしいよぉ」

 落胆のあまりついパンフレットを落としてしまう杏子。拾おうともしない。

「ま、まあしょうがないよ……。私だって勘違いしたんだし」

「そうだよ……、たぶん同じこと俺も聞いていたと思うよ。だから京都に戻ろうか?」

 和平と一香が半ばウソをつきながら慰めるも

「嫌だ」

 杏子はばっさり拒絶した。

「こうなったらこのまま京都と反対方向へ行く。京都に戻ったらなんか負けたような気がするから」

 そう言いながら杏子は前を向いて立つと、階段に向かい歩き出した。京都行きのホームからおさらばするためだ。

「二人ともついて来てくれるよね?」

 和平と一香は今日何度目かのお互いを見合う。

「久しぶりにワガママなあん子見たわ」

「うん。姫様らしい振る舞いと言うかなんというか……」

 小声で幾つか言葉を交わした後で二人は杏子を見てほぼ同時に同じ言葉を吐く。

「お供します」

「よろしい」

 二人の返事にすっかり気をよくした杏子。その綺麗で可愛い笑顔に和平は

(うーん、つい許してしまうなぁ……。まあ楽しいからいいけど)

 と、自分の甘さを実感するのだった。

本文にもあるとおり、月に何人かはこういう勘違いをする人がいるようです。しかもほぼ関東から来た人だと。

私が市の案内係の方から直接聞いたエピソードです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ