第二十四話 そりゃ国も開かせたくなるわな
一日中一香と杏子と京都を歩き回り、すっかり体力を使い果たした和平。
ホテルの自室に入るなり着替えはもちろん手洗いすらせずにベッドにうつぶせに倒れた。
そんな和平の意識を取り戻させたのは朝と同じくノックの音。
「寝ていたのか……」
頭をかきながら扉へと向かう和平。開けるとそこに立っていたのは――
大事なことなのでもう一度言うが、古来より女性の浴衣姿はなかなか見られるものではない。付け加えて言うが、女性の浴衣姿は男たちに大いなる癒しを与え、それは洋の東西を問わない。
江戸幕府の平和を打ち破った四隻の黒船。彼らが日本に開国を求めたのは鯨を取る漁師たちの寄港地の確保が目的であったが、その真の理由は日本美女の浴衣姿を見ることで漁師たちに心の癒しを得てもらうためだったと言われている。
それを裏付けるかのように開国した後にアメリカ領事館が置かれたのは温泉のある伊豆下田だった。アメリカ総領事は浴衣姿の美女に大いに萌えた事であろうことは想像に難くない。
そんな日本の歴史をもひっくり返してしまった浴衣姿の女性が和平の目前にいる。しかも二人。
「わへい君……、似合うかな?」
「森君、合宿では温泉が工事中って落ち込んでいたでしょ? だから浴衣着てきたよ」
目の前にいたのは浴衣姿の一香と杏子。
二人ともどこで浴衣の着方を学んだのか、右前な上に乱れが一つも無い。
上着となる半纏は茶色の黒縦じまで、少し大きめで手が隠れているのが和平を刺激する。
上は大きめだが内なる白地に文字の書かれた着物(本当の意味での浴衣)はしっかりと着付けているせいか胸の膨らみが制服よりも確認でき、若干杏子が一香に勝ってることが分かる。
二人とも顔は湯上り直後なのかほてっており、洗い髪をヘアバンドで止めてポニーテールになっている。一香の黒髪も、杏子の茶色も湯上りのほうが鮮やかに見えると和平は思った。
「ど、どどどどうしたの二人とも?」
夢見ていながらも一時おあずけを喰らった浴衣姿を見られて多少興奮を言葉に出してしまう和平。
「いやー森君、素直な反応だねぇ。部長としてかっこつけようとしてなくて逆に好感が持てるよ」
杏子は和平の問いには答えず反応を楽しんでいる。
「ホテルで温泉で浴衣姿と言ったら……、やっぱりアレがしたいなと思ってね」
「えっ……、アレって!?」
一香の発言を聞いて和平はあらぬことを想像し、危うく校長が聞いたら学校を追い出される可能性がある言葉が出そうになったが、持てる理性をフル回転させて二択にまで持ち込む。
(浴衣姿で麻雀! もしくは卓球!? でも麻雀するにしても三人だし……)
「温泉の前に遊戯室があって、麻雀卓は無かったけど卓球台があったの」
和平が結論を出す前に杏子が答えてしまった。
「た、卓球か、いいね。やろうか」
意気揚々と答える和平だったが
「おーい、麻雀部なら麻雀だろうが」
と、全身黒ジャージ姿の直が水を差した。
「ま、ホテルで麻雀なんてあまり人聞きはよくないか。あたしは構わないけど」
そう言いながら直は廊下の三人に、和平の部屋に入るよう促す。
和平は客となった女性三人を椅子に座らせるが、一人分足りないことに気がづく。そのことを察したのか元々そこに座りたかったのか直は和平のベッドに腰を降ろし、それを見て一香と杏子が席につく。
「先生、学校で何かがありましたか?」
和平が直の隣に座る。ベッドに和平の体重が加わったことによって傾いた体を直は戻してから答える。
「毎晩その日の麻雀部について凛へ報告するよう命じていたんだ。それで今日のことだが……」
タバコを手に取った直だったが、一香と杏子の洗い髪を見てしまう。
「……陸上部が動きましたか」
直の話を聞いて和平が唸る。かつて三菜の入部時に、通子から可能性の範囲として聞いていた事態だ。
一香と杏子は初耳なので、最初は「そうなのか」と言った表情だったが、四郎の麻雀部に対する言葉を聴いて不機嫌さが少しずつ表に出て行く。
「いや、陸上部は動いていない。陸上部の顧問にはあたしが前に釘を刺していた。しかし部としては動かなくても部員個人の動きは止められないからな……」
顧問が直接部員個人に対して三菜への働きかけを止めることが出来るのは、彼女と同じ中学の出身者だけである。他の学校から来た部員に注意しても三菜の事情を知っていなければ、無駄に三菜の個人情報を漏らすことになってしまう。
そのため同じ中学ではない四郎の行為に対して顧問は止めることはできなかったであろう。予想はしても「近くの中学だから知っているかも」というギャンブルは厳禁なのだから。
「まあこの件はあたしから顧問に言ったけど……、どうも止めても大人しく引き下がらない男らしい……。凛が『先生と部長がいないから検討する』と言って追い返したが、このままでは終わらないな」
「間違いなく私たちが修学旅行から戻ってきたら動きますね」
一香が憮然とした表情を浮かべる。
「先生、そのマツタケ野郎を一昨年のストーカーみたいにやっつけることってできないのですか?」
憤りを言葉へ大いに乗せながら杏子が尋ねる。
直は首を横に振った。
「麻雀部はまだできたばかりだ、あまり事を公にしたくは無い。陸上部も同感だろ」
そう言った後で直は生徒三人を見回すと
「勘違いするなよ。あたしはビビって穏便に済ませようと思っているんじゃないんだ。あたしは将来的にはこのできたばかりの麻雀部を学園内の聖域にしようと思っている。つまり誰も『学校で麻雀なんて』って言われないようにだ」
三人が納得しているかどうか確認する直。反発の様子が無いと見て続ける。
「世の中『力を見せ付けることで相手に文句を言わせない』って思って何事も荒く済ませるやつはいるだろ? あたしはその逆だ『怒らないけど、本当は怒ったら怖いんだろうな』って思わせたいんだよ」
「でも先生。そのためには一度力をどこかで見せる必要あるんじゃないのですか?」
一香がもっともな質問をする。
「清水の言うとおりだが、今はその時じゃない。陸上部が公にうちに喧嘩を売ってないからな。あくまでも陸上部個人の暴走だ。そんなのに力を見せつけちゃ『麻雀部の力』の価値が下がるだろ? そういうのは徹底的に『見せる必要が無ければ見せない』を貫くんだ」
「確かに、一生徒相手に一つの部が一丸となって騒ぎ出しちゃその部が問題児扱いされる可能性がありますね」
「その通りだ、森。しかもそれが出来たばかりのしかも男が部長の部じゃますます肩身が狭くなる」
直に言われて背筋が寒くなる和平。
「しかもその松岳の言うことは半分当たっているからなぁ……」
先ほどの勢いとは別人のように抑えて呟く直。三人が驚きの視線を向ける。
「怪我一つで陸上を辞めたのは三菜が決めたとはいえ、三菜にも陸上界にも『もったいない』かもしれないんだ。それを陸上をやっている人間が彼女に訴えるのは理解できる。ただ、三菜にとって『陸上が絶対で麻雀が間違っている』と決めつけるのはなぁ……」
ひとまず「毎日の報告を聞いてそれに基づいた対策は学園に戻ってから実行に移す」という結論をもって解散することとなった。
和平たちの脳裏からは「浴衣姿で卓球」という楽しみはすっかり消え、そのことにすら気づいていない。




