第二十一話 誰か聞き耳立ててないかな
遠くから竹を打つ心地よい音が僅かながら聞こえてくる。
(なんだ、あったんじゃないか『ししおどし』……)
日本式庭園の代名詞というべき存在がこの庭にもあったことに和平は安堵した。
なぜそのような物に心の平静を求めたかと言うと、先ほどの杏子の言葉が理解できていないからである。
「一香は葵塚大学に行かないから」
葵塚学園にいるからには葵塚大学に進学する。麻雀部に入っているから大学でも麻雀をする。そういうことだと和平は思っていた。
「わ、わへい君。大丈夫?」
一香が和平に心配の上目遣いを向ける。
「うーん、ちょっといきなりすぎたかなぁ」
杏子は目を瞑って考え込む。
(しかし……、考えてみれば清水さんが麻雀部に入ったのは二年も終わり。その前に進路が決まっていてもおかしくは無い……)
学園に入ったばかりの和平は卒業することばかり考えていてその後のことも考える余裕は無かった。
麻雀部の成功が卒業条件で、それがもとで大学にも行けるのならば、和平は麻雀部に全力を注ぐのみである。しかし一香が違う道を選ぶのならば和平にはそれを否定する権利はない。
「元々進路を決めていたのならば別の大学に進学することもある……」
和平は自分の考えを口に出して再認識する。
「うん、そうだ。俺としては清水さんの進学に反対する理由はないし、むしろ応援するべきだ」
一香は和平がこの学園に入って初めて知り合った女子生徒だ。その特別な思いが麻雀部の部長として答えず、「森和平」個人として答えさせた。
「ありがとう……。わへい君」
一香が頭を下げると、耳の後ろにかけていた髪が垂れて少し顔を隠す。
「うん、君ならそう言ってくれると思ったよ」
杏子は再びいつもの笑顔に戻る。
「こういう修学旅行の場所でこんな重苦しい話題するのも申し訳ないと思ったけどさ、学園と関係ないところで麻雀部の三年生が揃っているからこそ、それぞれの進路を確認したかったんだよね」
「あん子学園に近いと誰が聞いているか分からないってことか?」
和平が尋ねると、杏子は笑顔のまま頷いて
「そうだよ、学園のことは知っていて私たちのことなんかよく知らない中途半端な人が聞いていたらタチが悪いでしょ?」
「勝手に人の噂にされるのは嫌だってことね」
杏子の答えを一香が優しく改める。
「知らないやつらには好き勝手に言わせればいいけど、話すネタを掴ませないことには越したこと無いからな」
和平がそう言うと一香も杏子も「そういうこと」と頷く。
店を出るとき、視界を覆う青空に白い雲が浮かび始めていた。
葵塚学園校長室――
校長は携帯電話を手に持ち電話をかけている。
一分ほどコールするが相手は出てこない。しかし、それでも彼女にはいらついている様子が見えない。
『お疲れ様でーす。立花ですよー』
電話の相手は直であった。彼女の声と共に、かつてテレビで見たアニメの主題歌や、小さな玉が大量に出てくる音など様々な音が大量に校長の耳に入る。
「なーにー、またパチンコやっているのー。直は」
このような耳障りな音と直ののん気な声も校長にとってはいつものことなのだろう。
パチンコを市に訴えて学園の周囲より排除したが、それは学園の校長としての役割を果たしただけであり、校長個人としてはパチンコに反対なわけではない。
『そりゃあ修学旅行でせっかく京都に来たんですから』
「パチンコに関東も京都も関係ないでしょ」
『違うんですよ、京都は新撰組が出てくると当たり確率が関東の……』
「パチンコの情報を聞きたいんじゃなくて、直……、いや立花先生の部員たちのことを聞きたいのですが」
校長は口調を改めて数枚の書類を手にする。
『ああ、三年生のことですか?』
直も校長が何を聞きたいのか分かったようだ。声に少し真剣さが増す。
「そう、大学でも麻雀部作るって話を葵塚大学の理事長にもお話しないといけないので、どんな子が大学に進学するか話を通した上でこちらからの推薦状作ろうと」
校長が手にしているのは麻雀部部員のうち三年生である和平・一香・杏子三人の進路調査票だ。
「……これは、森君はともかくとして、清水さんと三石さんの進路調査票は麻雀部入る前に提出したものでしょう?」
『あー、そうですね。それは二月に提出したものですね。次の提出は七月、その前に麻雀部に入ることで進路が変わったか確かめたい、ってことですよね?』
直は校長の聞きたいことを理解して答える。声は真剣だが、言い方は普通と変わらない。
「三石さんは葵塚大学進学希望なんだけど……。清水さんは文学専攻したいから文京大学を第一志望にしているわ? 麻雀部顧問としてこれはどう思うか意見を聞かせて欲しいわ」
直はちょっと考えた後で
『まあそれは本人の希望なので、麻雀を通じて進路が変わるもよし。麻雀という新たな楽しみを知った上で、自分の進みたい道を進むもよし。そんなところですね』
つまり直は一香の進路には介入はしない方針だ。
「うん、まあそれは個人の自由だから、立花先生がそう答えるのならば私としてもそれは構わない。ただ近々もう一度進路聞いて見て誰がうちの大学行きたいかはっきりさせる必要はあるわね」
校長は具体的に修学旅行後にその場を設けよう、と脳内にメモを取る。
『まああたしとしてはそんなことも気にせずノビノビと麻雀してくれればいいんですよ。それじゃあ用が済んだのなら切りますよ。そろそろ戻らないと席を取られちゃう』
「そうね、それで大当たり取られたら悔しいでしょうね」
話題が直のパチンコに戻ったので、口調を崩す校長。
『儲かったら何かお土産買ってきますから、それじゃあ』
直の声とともに大音量で流れていた世紀末に現れる救世主のテーマは途切れた。
「明美ちゃんはどう思う? 麻雀部の三年生のこと?」
電話を置いた校長は側にいる緑色の眼鏡をかけた教頭に尋ねる。
教頭は校長の電話の最中でも変えなかった真剣な表情で即答した。
「私はこの学園の評判が上がればいいので、違う大学への進学率・合格率が上がるのはいいことだと思いますが」
「そうか、明美ちゃんはこの学園一筋だからね」
そう言うと校長は窓の外を眺めた。大学のある方角だ。
「教頭は校内のことのみを考えても構わないけど、校長の私は関連学校へのお付き合いとか大人の事情とかいろいろ考えなければいけないからさ」
葵塚市は京都と違い天気は曇りがちである。




