第十九話 旅番組は始まらない
「先輩、私北海道に行きたいです」
部室にて通子がいきなりそんなことを言いだすので和平は思わず
「……行けばいいんじゃないか?」
そっけなく言ってみる。
「じゃあ行ってきまーす! ……ってそうじゃなくって!」
(えっ、これって一緒に行きたい、ということ?)
通子に否定されてとんでもない妄想をした和平だが
「先輩たちが来年私たちの修学旅行の行き先を決めるんです」
「ええっ!なぜ!?」
と驚く。
「毎年修学旅行の行き先は前の三年生が投票して決めるんだよ」
杏子が麻雀漫画雑誌を読みながら通子の代わりに答える。
「これで通子ちゃんたちに不満持たれたら『ご無礼しました』って謝らないとね」
不幸にも和平は黒いシャツは持っていない。
「それじゃああん子、俺たちの修学旅行先は凛の学年が決めたってこと?」
和平の脳内には細い目でニッコリと笑う凛が描かれている。
「そうだよ、私たちは京都」
(ああ、京都か)
和平が座る席が太陽の移動により暖かくなってきた。
「部長さん、修学旅行は京都行くんですよね? 私八つ橋だーい好きなんです!」
部室に入ってきた彩が早くもお土産をねだる。
「八つ橋って日持ちしないんじゃなかったっけ……?」
せっかく渡しても期限切れで食べられませんでは買った意味が無い。
「郵送すれば大丈夫だよ、レシート取っておけば郵送代は後で学校が出してくれるし」
「『麻雀部宛て』にすれば八つ橋ごと部費にしてくれるかもしれませんね、あん子さん」
「いいね、つこちゃん。私自身のお土産もその方法でいこうかな!」
通子と杏子の座る席も日が差してきた。
昔、書かれた小説に「長いトンネルを列車で抜けたら外は雪国になっていたよ」という文があった。
今、和平たちが乗った新幹線は長いトンネルを抜け車窓に多くの寺と緑の山を映している。
(この都は何度来ても飽きないよな……)
小学校も中学校も和平の修学旅行は京都だった。しかし何度来ても歩きつくすことは無い。
それほど京都に和平の行きたい名所が多いということである。
ホームに降りるとなんとなく空気が違うと、和平は感じた。修学旅行という行事のためか、それとも和平の京都好きがそうさせるのか。
葵塚学園の修学旅行に団体行動は無い。最初に泊まるホテルに着いて荷物を置き、先生の注意事項さえ聞けばあとの三日間は門限があるとはいえ自由行動だ。
「えーっと、以上の点を守って各自行動するように。後、バナナはおやつに入らないからな!」
直の言葉に笑ったり、無視か苦笑したりと様々な反応を見せる生徒たち。和平は「苦笑」だったが、直はそれを見つけると
「それと森! お前麻雀部だけど雀荘には絶対に行くなよ! 負けて金払えなくても学園は責任取らないからな!!」
と、身内ゆえのとんでもないことを言い出す。
「せ、先生! 俺は十八歳未満だから入れませんよ!」
「馬鹿野郎! まともに返してどうするんだ!」
慌てて立ち上がる和平に大声で突っ込む直。
そんな漫才のような掛け合いに再び生徒たちの反応は分かれる。一香と杏子の反応はどうだったか、和平は知らない。
諸注意も終わり、自由時間となった和平が最初に向かったのは自分の部屋。これから時間をかけて行き先を決めるのだ。
(事前に決めるのもいいけど、現地で決めるのもいいよね)
京都の観光案内雑誌を持ってベッドの上に寝そべる。
(一乗寺行って宮本武蔵の気分に浸るもよし、壬生に行って新撰組に入った気になるもよし、嵯峨野で湯豆腐を食べるも……)
その三つを一日ずつ行っても他に行けるところがあるのではないか? と考えて楽しくなる和平。
不意に部屋の扉がノックされて、和平の思考が現実に戻る。
「うん、誰だろう。立花先生がからかいに来たのか?」
直に何かされても即座に対応しようと少しだけドアを開けるが、廊下に立つ人物を見るや、すぐに全開に。
「し、清水さんとあん子じゃないか!?」
立っていたのは観光案内を持った一香と杏子。
「わへい君と一緒に京都回ろうかと思って」
「森君っていつも麻雀部にいるじゃん。だからクラスに知り合いがいないのかな、と思って誘ってみたよ」
二人が現れて大変嬉しいのだが少し複雑な気持ちになる和平。
杏子の言うとおりで昼食や放課後はいつも部室にいる。だからクラスに一緒に京都を回る友達はいないのだ。
「私たちも同じだよ、わへい君。一年のときからずっとあん子とのコンビ」
一香が和平を気遣う。
「そう、それと私たち京都は慣れていないからボディーガードと案内役代わりに森君入れたら面白いかなって」
彼女たちから頼りにされていると思えば悪い気はしない。
「二人はどこか行きたいところあるの?」
和平は身を乗り出して尋ねた。
「いやー、本当にあん子の言うとおりでその点わへい君にお任せしたいんだよね……」
「とりあえずもうすぐお昼だから美味しいもの食べたい。場所と何食べるかは森君、任せた」
二人とも和平に委任。
「それじゃあ初夏だけど嵯峨野に湯豆腐食べに行く?」
こうして三人の修学旅行が始まった。




