第十八話 たぶん一度目もない
「ぬああああっ!」
正二の悲鳴が聞こえる。
また負けたのであろう。操る女性キャラの父親への謝罪が和平の耳に入る。
コンピュータ相手かと思えば誰かとの対戦プレイであった。
相手の男はサバイバルゲーム部か詠唱魔術研究会かは知らないが、彼の扱うキャラはセリフで分かる。
きっと正二は月を見るたびに、この敗戦を思い出すだろう。
(……ってそんなことを考えている場合ではない!)
和平は意識を卓上に戻した。和平の上家に当たる凛が、実は前局テンパイをしていたのではないかということだ。
(テンパイではなく、清一・混一を狙っていると見せかけたと思わせるためか……)
毎回ではないが、状況によって自分が何を待っていたか、最終的にどういう手牌になっていたかを相手に見せたくないためにテンパイをしていてもあえてノーテン宣言する人もいる。凛はわざとノーテンにしたのではないか。
和平が点差を見てその考えを持ったのは、和平と凛の差が3200点だったことにある。
(仮に俺がテンパイでも二人テンパイ1500点のやり取りではまだ凛が200点差でトップだ。三菜もテンパイならば俺がトップになるがその差は僅か800点……)
凛が元から和了って終わりにするつもりなら、一時の800点差二着など不問であろう。
もちろん、親の一香がノーテンならば、彼女はテンパイをしてトップで逃げ切ったはずだ。
(その場合、『34』を抱えて降りたのは正解だったな)
もっとも和平にそう思わせることが凛の作戦なのかもしれない。
(いずれにせよ凛に和了られたら負けだ。俺は俺の和了りを目指さないと……)
オーラス一本場 親・一香 ドラ(2)
「次こそは和了るからね」
一香が気合を入れて「南」を切る。
(うーん……、さっきより3900を作るのは苦労しそうだ)
和平は自分の配牌を見て苦しい表情を浮かべる。
一二五七九(468)359西北 ツモ白
(『リーチ・平和・(表OR赤)ドラ1』の3900点を狙うか……)
和平は白をツモ切りする。
一香はなんとかテンパイを取ろうと必死だ。
しかしそこが凛の狙い。またまた
「チー!」
「ポン!」
「チー!」
と、鳴き続ける。
十二順目にして
チー(123)
上ポン(888)
チー(456)
今度は筒子の清一・混一が見える。
(くそっ、完全に置いて行かれた……)
この時の和平の手牌
一二三五七(23489)345 ツモ(3)
(もうこれ以上筒子と字牌は切れないよな……)
和平は一香と三菜の河を見ながら、慎重に捨てる牌を探し河に置いたのは「一」
続いて三菜が牌をツモると、凛の河と自分の手牌を見比べてしばらく唸ったが
「ここで引いては勝てない、凛先輩はまだノーテン、だからリーチです!」
と、「(5)」を曲げた。
(三菜にも勝てる条件があるからな……)
三菜の条件とは
1.3000・6000以上のツモ
2.凛より12000以上のロン(12000点以上無いと、和平がトップ)
3.和平もしくは一香より16000以上のロン
(だから、三菜が『(5)』でリーチをかけるのはしょうがない……)
勝ち条件が見えたのなら危険な牌を切るのは仕方がないことだ。しかし非情にも凛は見逃さなかった。
「ロン」
対(5)ロン→(1134) チー(123) 上ポン(888) チー(456) ロン(5)
「清一・表ドラ1 で12300点」
「はい……、一度あることは二度ありませんでした……」
三菜は悲しい顔を浮かべながら点棒を支払う。
(三菜、『一度もなかった』かもしれないぞ……)
その様子を凛の手牌と交互に見る和平。
「私が三着ね……」
一香が力尽きたかのように呟く。
最終結果
一着 凛 47500
二着 和平 32000
三着 一香 12000
四着 三菜 8500
「またラスになってしまいました……」
「でも三菜としては勝負に出ての負けだから悔いはないよな?」
落ち込む三菜を慰める和平。
「三菜ちゃんはどういう手牌でリーチをかけたのかしら」
一香が尋ねると
「ちゃんと倍満つくってみたんです……」
と、手牌を倒した
三菜の手牌
一二三七八(12399)123 →六九待ち
「『九』だったら『リーチ・平和・純チャン・三色・表ドラ1』でこれだけで16000点です。『六』でも凛先輩から一発でロンするか、一発じゃない代わりに裏ドラが乗れば12300点直撃でトップでした」
(麻雀初めて半月でここまで考えて手が作れるか……)
麻雀始めたばかりの者が何も考えずに偶然こういう手牌になることはあるだろう。しかし、自分になりに条件を考えて作るであろうか。
「三菜の負けん気はいい具合に麻雀の役に立っているようだな」
「そういうものなのでしょうか、先生」
「ああ、森も言っているけど自分で必要だと思った勝負に出て刺さったのだから本望だろ? それに前局は必要ないと思ったから引いたんだし……」
「はい、でも凛先輩がノーテンだったので、勝手にテンパイだと思い込んだ自分が悔しかったのです」
直と三菜のやりとりを笑顔で眺める凛。
(ううむ……、俺の考えが合っているのなら、凛はなかなかの策士だよな……)
三菜の負けん気を利用して逃げ切ったのだから。
一香はそこまで気がついていないのか、考える和平を見て首を傾げる。
(清水さんには後で話して彼女の考えを聞いてみよう)
「よーし、次は俺の番だ! 部長、二着だから二抜けで部長がこっちの対戦やって!」
正二がゲームから離れてこっちへやってくる。
「あれー、麻雀やっていたの? 次私もやるー」
朝ごはんを食べ終えた杏子が嬉しそうに部屋に入ってきた。
「あれ? いつの間に麻雀卓が……」
詠子と行動していた彩が一人で部屋の前を通りかかって麻雀卓を発見。
「あーっ、麻雀卓だー! 先輩やりましょう!」
「やっと麻雀ができますね。立花先生」
通子も純も麻雀卓を見つけて嬉しそうだ。
「一卓しかないからみんなで話し合ってやる順番決めろよ」
そう言いながら、直は凛に席を立つよう肩を叩く。
「なーんだ、立花先生が一番やりたいんじゃないですか……」
少し呆れながら、そして笑いながら席を立つ凛。
「それじゃあ私もあん子と代わるか。三菜ちゃんは?」
「えーと、私は……通子先輩と純先輩と、彩ちゃんとの三人でじゃんけんして勝った人が……」
(一卓しかないけど、あと五日間も合宿所で麻雀できるなんて贅沢だよな……)
そんなことを考えながら、和平は自分が使う格闘ゲームのキャラを選んでいた。




