第十三話 疲れたので終わりにしたい
『ばーか、何を言っているんだお前』
「!?」
直の顔には半分笑みが漏れていた。
『お前らはここで死なない。そもそもその弾に当たっても死なないんだよ』
「何で!?」
驚きのあまり敬語を忘れる和平。
『分からないのなら見せてやる。おーい一関、もっと寄れ』
画面は合宿所の入り口にあるホワイトボードに変わった。そこに書かれていたのは……。
和平はそれを見て馬鹿馬鹿しくなり、杏子を離すと相手に聞かれているのも気にせず大声で笑い出した。
「あははははっ、そういうことか、そうだよな、そうだよなぁ!」
「も、森君……」
今まで和平に抑えられていたので、電話の画面を見ていない杏子には和平が気が狂ったとしか見えない。
「やっぱりここは平和なんだよあん子。相手は魔王でも猪でも異世界の軍隊でも無い……、ただの呆れた勘違い野郎だ」
和平は落ちていた銃弾を手にした。いや、もはやこれは銃弾ではない。ただの丸い玉だ。
(さて、この事態をどう収拾するか)
和平は杏子を見て、一気に解決できる方法を思いついた。
「あん子、生徒手帳持っているか」
「ううん……、合宿所に置いて来たけど……」
「そうか、じゃあ俺のでも何とかなるか」
和平はポケットから生徒手帳を取り出して、立ち上がる。
「ち、ちょっと! 森君!!」
杏子の制止も聞かず、和平は生徒手帳を右手に掲げると周囲に叫んだ。
「ええい、静まれ静まれぃ! この生徒手帳が目に入らんか! ここにいるお方をどなたと心得る? 恐れ多くも『葵塚学園の姫様』、三石杏子様だぞ! お前ら頭が高いんだよ、控えおろう!」
昔見た時代劇の名台詞を真似ては見たものの、これで合っているかは自信がない。
「森……君?」
杏子は呆れた目を向けている。
次の瞬間、周囲の茂みからいっせいに和平たちを襲った相手が立ち上がる。
「きゃっ……」
その素早さに小さな悲鳴をあげる杏子。
彼らは全身を迷彩服で身を包み、顔面は闇夜でも見えるようにスコープらしきものをつけている。
(これはまあ……、本格的だこと)
和平は彼らの装備を見て、息を呑んだ。突然、迷彩服の者たちが全て
「姫様、すいませんでしたー!!」
と、再び茂みの中に隠れた。恐らく土下座をしたのだろう。
「う、ウソでしょ……!?」
杏子は事態の変化が信じられない。
「私たちは今年できたばかりの『サバイバルゲーム部』です」
部長と思わしき男が杏子の前で正座をしている。
茂みから出てきた彼らは和平と杏子を円で囲むようにしてもう一度土下座したのだ。
「……で、部内で二チームに別れてゲームをしていたところに、現れた俺たちを敵チームと勘違いしたと」
「……簡単に言うとそういうことです」
和平はため息を一つ吐くと
「あのさ、俺たち着てるの体操服なんだよ。どう見ても迷彩服じゃないだろ?」
もちろん葵塚学園の体操服は迷彩柄ではない。学年毎に生地の色が違うだけだ。
「ひょっとしたら敵チームの放った工作・攪乱要員かと……」
「いやいやいや、それならここをたまたま歩いた一般人がみんなそうなっちゃうだろ? サバイバルゲームをよく知らないけど、そんな事ルール上ナシだろ!?」
部長は「確かに……」と腕を組む。本気で悩んでいるようだ。
もはや怒りを通り越して呆れるまである。和平は再びため息を吐くと、杏子を見た。
杏子はただ目の前の男を見ているだけだ。
杏子も和平と同じ憤りを感じているが「姫様」である以上、それを表に出せないのかもしれない。
もしくは恐怖から解放されたばかりで彼らに対して何か感じるどころではないかもしれない。
どちらにせよ、怒る役は和平が担うしかない。
それよりも杏子には気になる事があった。
「あなたたちは……、森の中から変な歌声が聞こえなかった?」
迷彩服の男たちは全員頷いた。
「歌が聞こえた辺りを捜しましたが声の主は見つからず……、そこへ『姫様』たちに遭遇したわけで……」
ゲームの最中に歌声が聞こえたために混乱してしまい、正体が掴めぬまま、たまたま遭った和平たちを怪しんでしまった。
だからと言って「歌声」が諸悪の根源とはならない。悪いのは彼らであり、「歌声」によって情状酌量がつくかどうかだ。
もっとも和平にとって「歌声の正体」は大方予想が付いているのだが。
和平は自分の体を見る。手足には少し擦り傷はできたが、たいした怪我ではない。
続いて杏子を見るが幸いなことに顔には傷一つ無い。
それにこれ以上怒るのも疲れた。そろそろ「姫様」の出番だと和平は考える。
「……あん子どうする? 反省しているようだけど」
「そうね……」
「姫様」が「あん子」と呼ばれたことに迷彩服の男たちは一斉に体を固くした。表情は読み取れないが絶対に驚いている。
「姫様と執事の方にお願いします。どうか大事にはしませんように……」
三度頭を下げる迷彩服一同。それを聞いて苦笑する和平。
(俺が執事ってか)
「うーん……、これからうちの先生が来るからよく話し合って。私からも何でこうなったか説明するから……」
すでに直が助けに動いている以上、この件は無かったことにはできない。そのため杏子は無難に答える。
「あ、ありがとうございます!」
希望が少しでも繋がったと思った部長は顔を上げた。
そこへ何かが直撃した。
「うぎゃっ!」
「なんだ!? 敵チームが襲ってきたのか?」
和平の問いに部長の隣にいる男が首を横に振る。
「そんな……、彼らには無線で停戦命令を伝えたのに……」
和平は自分の前に転がってきた「何か」を手にした。
テニスボールに紙が貼っており、そこに「麻雀プリティ参上!」と書かれている。
自分の頭にボールが当たったわけでも無いのに、和平は頭が痛くなった。




