第八話 和平の休日です(一)
五月の連休に入った。
葵塚学園は部活動の活性化を図るため、五月の連休には前半も後半も無い。間の平日も含めずっと休みである。
和平たち麻雀部もその恩恵を受け、合宿は六日間と長い。
(今日は合宿前日だから部活は休みだけど……、何もする事ないな)
と、和平は寝返りを打つ。
ひとまず合宿に必要なものは買い揃えた。
合宿の日程になぜか「筑波山へ登る」がある。聞けば筑波山の合宿施設を使う際の必須条件らしい。
千メートル以下の山ではあるが靴はしっかりした物がよかろうと、和平は新しい靴を買った。
(ぶっつけ本番で新靴履くのも危なそうだから、今日はそれを履いて散歩に出るかな)
和平はベッドから起きると今日入る予定が無かった風呂の扉を開ける。
出てはみたが目的地を決めていない。
(うーん、この前のフードパークまで行って、ケーキ屋とは違う店に入るか……)
歩いて十五分の距離は新靴の履きならしにはまずまずであろう。と、和平は歩きだす。
四月も終わりになると太陽の光が暑く感じられる。
もうすぐ「夏も近づく八十八夜」、だんだん昼が長くなり気温も高くなる。
和平が半袖Tシャツを着て出たのは今日の天気にたいして正解であった。
「あ、わへい君だ」
「やあ、森君」
寮と学園との境を成す門で一香と杏子に出会う。
休みなのに二人とも制服だ。
「あれ……、制服なんか着て部活は休みだけど?」
そもそも校則には休日は部活だけなら私服も可のはず。
「そっか、わへい君は知らなかったのか。五月の連休と夏休み中は学年不問・参加自由の授業がほぼ毎日あるのよ」
進学校である葵塚学園には部活動をせずに勉強一本の生徒もいる。
「そういう生徒たちにとってこの自由参加型の授業は合宿のようなものね」
一年二年とこの授業を受け続けた一香が説明する。
「麻雀も休みなら勉強しとこう、って一香と一緒にね」
普段は部室でかなり気ままに過ごしている杏子だが、根は真面目なんだな、と和平は改めて思う。
(まあその真面目さゆえに『姫様』と呼ばれるようになったのだろうけど)
一香・杏子と別れて和平の散歩は続く。
(あ、『みなあや』だ……)
和平もすっかり杏子の影響を受けて一年生二人をこう呼ぶようになった。
彼女らの部長である和平だが、声をかけようかどうか悩んだ。それは二人の格好。
柄は女性モノだが、半袖のTシャツピンクの肩掛けにジーパン姿の三菜に対して、彩は全身茶色のロリータファッション。
しかも彩の持つ水色の日傘で相合傘となっていれば。
(あの二人、傍から見たらカップルと勘違いされるよな……。当人たちにそのつもりは無いだろうけど)
喫茶店のショーウィンドウを覗いている二人に気づかれないように気配を殺して歩くも。
「あー、部長さんじゃないですか」
と、彩に見つかった。
「……わへい部長おはようございます」
三菜は少し敵対心を見せて和平に挨拶をする。
あの日――三菜と彩が初めて麻雀をした日――結局和平は三菜の果敢な攻めを交わし続け、最終的にトバした。凛から
「和君、少しやりすぎじゃないの」
と、たしなめられるほどだった。
「ま、まあ……、その日の流れというか……相性があるからしょうがないよね」
杏子は慰めてくれたが、三菜はものすごく悔しい表情を和平に見せた。
たぶん、それを引きずっている。
(うーん、全力で勝負したとはいえやはりやりすぎたかもな……、ライバル視されているならいいけど、恨まれているならちょっと困る)
和平はそれを確かめてみようと思い
「ここからもうちょっと歩くと食べ物屋がいっぱいある所があるんだけど、行ってみるかい?」
と、二人を誘ってみた。
しかし情け無いことに電車に乗らずして女の子と行けそうなところはそこしか知らない。
「さて、どこに行こうかな……」
フードパークの案内板を見てこれから食べるものを考えている間、後ろでは。
「うわーっ、三菜ちゃん。この動く縄文人よく見たら小さいポニーテールしてるよ!」
「これだけ建物のイメージとギャップがあるのってすごいわね……」
(やっぱりそう思うよな……、あの縄文人案内はギャップを狙っているのか単なるミスなのか……)
和平は苦笑しながら
「二人ともー、甘いものがいい? それともご飯にするかい?」
声をかけると
「はーい、私はシュークリームがいいですー」
「……、彩ちゃんが言うならそれで」
と、即答だった。
(シュークリームならばこの前行った店でいいのかな……)
和平が店を探していると、果たしてシュークリームをウリとしている店があった。
「二人ともー。この『シュークリームのお店・コージートミター』に行くぞー」
「ご予約のお客様ですか?」
出迎えたのは前回と同じ赤い眼鏡の店員。
「……いや、予約なし三人で」
(他にも店員はいるはずなのに、今日もこの人なのはただの偶然だよな)
「……と、思うでしょ?」
「えっ!?」
和平が驚く。後ろの一年生二人は不思議そうな顔をする。
店員はそんな驚くことを言ったにも関わらず、三人の反応を見ないで席の状況を確認し始める。
「……冗談です。三名様『コージートミター』すぐにご案内できます」
(いやいやいや、冗談云々じゃなくてこの人俺の心読んだよな)
そう突っ込む間もなく、店員は和平ら三人を席に案内させ、ポニーテールを揺らしながら奥へと引っ込んだ。




