第二話 名前を間違って覚えられる
「部長、部員探そうぜ、女の子誘おうぜ!」
「おいおい、それじゃあただのナンパじゃん……」
校長から宛がわれた部室には校長の実家から届いた麻雀卓しかない。ロッカーも椅子も無く、床に荷物と腰を降ろすだけだ。もう一つあるものと言えば元は教室だったのであろう、東側の壁にかけられている黒板だがチョークや黒板消しは無いので使えない。
「だって、俺らを除いて最低でも六人は集めないといけないんだぜ!」
「いつまでも男二人というのも嫌だしな」
そう呟きながら和平は立ち上がり、校長より渡された「麻雀部」と書かれた腕章をつけた。これが無いと本当にナンパだと思われるため、この腕章をつけることで学校公認の活動をしています、と宣言しているとのこと。
「それじゃー、声かけに行きましょうか」
「部長、俺女の子に麻雀へ親しみ持ってもらうために麻雀漫画持ってきたんだ」
と、正二が持ってきた漫画の表紙を見て和平は顔を歪めた。
「それって……、借金に負われる男が麻雀で稼ごうとしたらめっちゃ強い男に返り討ちに遭う話だろ?」
「そう、黒服の」
「馬鹿野郎」
和平はその漫画を取り上げると自分のバックの中へと放り込んだ。和平も好きな麻雀漫画であるが、麻雀を知らない女子生徒が最初に見る麻雀としては教育に決して良いわけではない。
(もっと麻雀を知ってから面白くなるものだよ、あれは)
「とにかく行くぞ」
「二手に分かれたほうが効率よくないか部長?」
確かに正二の言うとおりで、この広い学園を一緒に募集するよりは別行動を取ったほうがいい。しかし和平が嫌な予感がした。
「あの漫画見せなければいいぞ」
「じゃ、負け分は服を脱いで支払うゲームを……」
「没収するぞ」
「ウソです。持ってきてません」
そんなゲームを持っているのが学園中に知られたら部員が入らないどころか廃部になってしまう。
「いやぁ! 僕と一緒に麻雀をしないか!」
和平が叫ぶと呼び止められた女子生徒は一瞬目を丸くしたが、「ぷっ!」と噴出すと声を出して笑いながら通り過ぎていった。
(そりゃあいきなり麻雀と言われてもなぁ……)
と、落ち込むものの部員が入らなければ部の行く末も自分の卒業も危うい。
(よーし、次来た人に思い切って勝負をかけるか)
と、気合を入れたところでちょうど一人分の足音が耳に入った。一人なら他から邪魔されず集中ができる。
「す、すいません! 今度新しく麻雀部を作ったんですけど……」
「何……?」
気合の入った和平の訴えは突き刺すような冷たい声に遮られた。
「え、ええと……」
和平は戸惑いながらも続けようとするがなかなか言葉が出ない。それは彼女の冷たさよりも容姿に惹かれてのことだった。
胸の辺りまである亜麻色のストレートへア、背は女子生徒の中でも高いほうに入るであろうから髪がさらに長く感じられる。少しむっとした顔をこちらに向けているが、そこにどことない美しさを覚えて和平は(笑顔だったらもっといいんだろうなぁ)と思った。
「用が無いのならこれで失礼しますけど」
顔を見られていることに騒ぐことなく、女子生徒は冷静に呟く。
「用はあります! 今度麻雀部を作ることになったので、一緒に活動する部員を探しているのです! よかったら一緒に麻雀しませんか!!」
今、自分にある力を全てこの呼びかけに使う勢いで和平が言うと、女子生徒のへの字に曲がっていた口が少し緩んだ。
「ああ……、今朝掲示板に乗っていた……」
「そうです、麻雀部です。僕が部長の森和平です」
「新しく作ったから部員を探しているわけ」
「そうです、貴方が僕が一番最初に声をかけた人です」
そう言うと女子生徒は少し考える素振りを見せたが
「でも……、さっきも廊下で女の子に声をかけていたんじゃなかった?」
と、意地悪そうな眼で和平を見た。
「あ……、それは軽い気持ちというか……」
「軽い気持ちで女の子に声をかけていたの?」
女子生徒の口調が咎めるように強まる。
「軽いってそういう意味じゃなくて! 新しいことをやろうって誘えば、簡単にみんな興味を持ってくれると思っていたんです! でもそれじゃあ上手くいかない……、だからもっと真剣に麻雀の魅力とか伝えて募集しようと思い直した。その思い直しをしてから最初の人が貴方だったんです!」
上手く言えているのか知らないけど思いの丈を女子生徒にぶつけると、彼女はまた考える素振りを見せた。和平はそれを見ながら(考えるときはちょっと斜め前を見るんだな)と思った。
「廊下での立ち話で麻雀の魅力を熱っぽく語られても困るな……」
「そ、そうですか……」
断られた。と和平は気落ちしたが、女子生徒はそのつもりは無かった。
「その、『麻雀』って言うのはルールとかやり方とかインターネットで調べられるの?」
「え、ええ……、やり方やルールはおろかネット上でのゲームもできますけど……」
それを聞くと女子生徒はまた斜め前を見た。
「そう、それじゃあ私なりに麻雀について調べてから決めさせてもらうわ」
「あ、はい……」
「自分で調べる」という言葉に対して和平は反応に困った。これは「検討する」と言って何もしないお役人のような呈のいい断り文句なのだろうか、それとも……。
「ちゃんと調べるから安心して、その証拠として私の名前を教えるわ。私の名前は清水一香、あなたと同じ二年生よ」
「え、あ……、清水さん……。僕は……」
「もう既に聞いたって、私相手に初対面でここまで自分の主張言えたのは男では初めてよ、わへい君」
そう言うと、一香は和平の前を通り過ぎていった。その後姿に和平は見とれていたが、彼女の姿が見えなくなると、あることに気がついた。
「僕は『わへい』じゃなくて、『なごひら』ですってば!!」
もし入部したらちゃんと自分の名前を言おう、と和平は一香が去った廊下を眺めた。