第一話 気づけば辞令が出されている
校長の前で「麻雀部を作る」と言ってから五日が経つが和平は麻雀部に関しては何もしていなかった。入寮のための引越しや、学校の案内などとにかく学校生活に慣れることを優先させた。「麻雀部」を作るにしても部員は自分しかいない。新たに募集するにしてもこれから知り合いを増やさなければならない。女子生徒が圧倒的に多いこの学園で――。
しかし校長にとって「まずは慣れてから」という和平の作戦は温く感じられたようだ。
六日目の朝――、和平は校門をくぐると普段は(慣れるまでの現時点では)背景としか捉えていない生徒たちの中から自分の名前が出てきたのだ。
「あの人が和平って人?」
「校長の前で偉い大見得を切ったそうだよ」
「麻雀なんて一体何をするスポーツなの?」
「なんか美味しいもの作るんじゃないの?」
(えっ、何? 俺のこと話しているの?)
慌てて辺りを見回す和平はいきなり後から激しく抱きつかれた。
「部長ー!!」
途端に周囲にいる一部の女子生徒から嬌声が上がる。
「えっ、何? 一体どういうこと!?」
和平は今度は声に出して叫んだ。
「俺を副部長にしてください!」
(はぁ!?)
振り向くと抱きついていたのは男。
やけにというか無駄に髪をツンツンさせている自分よりもちょっと背の高そうな男。(和平は百六十五センチ)
「副部長になれば、俺も部の創設メンバーに認められるんですよ!」
「いや、まだ部の創設届けは……」
「何言ってるんですか、もう辞令が出ているじゃないすか!」
「えーっ!」
髪ツンツン男(和平が心の中でそう呼んでいる)に腕を掴まれて連れられた(もちろんその間も一部女子の嬌声はやまない)先は学園の掲示板――。
辞令 本日二月二十日付で左記の生徒を麻雀部部長に任命し、ここに麻雀部の創設を宣言する。
葵塚学園 二年生 森和平
「麻雀部創設の辞令!?」
和平が驚きの声を上げると髪ツンツン男も驚いた。
「えっ、知らないの? じゃああんた、部長の偽者かそっくりさん?」
「そんな者が出るほど、大物じゃないって言うの」
和平は呆れた声で髪ツンツン男を見た。
「よろしい葵塚学園一年生、九断正二君を麻雀部副部長に任命し、彼も部の創設メンバーとすることを認めましょう」
「ありがとうございます!」
副部長に任命されたことにより校長の前にも関わらず嬉しさを全身に現して頭を下げる。髪ツンツン男――もとい九断正二――。彼がいるせいかはたまた教頭がいないせいかそれとも灯りがついているせいか、校長室には以前感じられた重苦しさはなかった。
(というか、麻雀の話になった途端、空気変わったよなー)
そんな和平の視線に気づいているのかいないのか、校長はカラーコピーされたA三サイズの用紙を
二人に見えるように持った。教頭がいないから手渡す人がいないのだ。
と、ここで和平は校長の顔を初めて近くで見る事になる。
女子高の校長という仕事柄あまり男性の前に出る機会がないのか、異性を誘惑させるような派手な化粧をしていない。薄く申し訳程度にファンデーションを塗っています、というのが男の和平にも感じられた。
(まあ、学生だから化粧に気合を入れる必要ないしな……)
顔立ちはのっぺりとしておらず、少し鼻が高いなど凹凸がしっかりしている。肩までの黒髪も色艶が出て、そこは灯りに映えるように見せているようだ。
校長の顔に気を取られて和平は用紙を見ていなかった。
「これが麻雀部で使う全自動麻雀卓です。すでにこれを一台発注しています」
「ええっ、もうですか!?」
校長の仕事の速さに驚く二人、更に彼女は驚きの速さを見せ付ける
「……と言っても学園に来るにはまだ時間がかかるので、もう一台は私の実家にあった少し古いタイプの全自動麻雀卓を使用してください」
(え……、この人の家に麻雀卓があると……!?)
仕事が速いというか校長の趣味じゃないのか?
「私の実家にあって家族が使用していたのを買い替えを期に譲ってもらいました。私が使っていたわけではありません」
校長は先回りして和平の想像を砕く。
「その一台と注文した一台で合計二台でしょ? ということは……」
正二が指で数えるのを見るかいなや
「同時に八人麻雀ができるということです」
校長が答えた。
(おいおい、人数知っているのか、やっぱり校長は昔……)
「家族が四人でやっているの見ていたので麻雀は四人。それが二台で八人。計算できてもおかしくは無いでしょう?」
(……、この人は俺の心が読めているのか?)
脇下から汗が流れたのは冬なのに暑いからだと和平は思うことにした。
「よって、あなたたちの卒業までに部員が八人いないと『麻雀部』は部活動として定着したとは認められないですね」
(あ……)
今度の脇下からの汗は暑いせいではないと和平は思った。
「分かりました、八人ですね! ぱぱーっと集めて見せますよ!」
そんな和平とは全く異なるテンションで答える正二。
「別に麻雀ができる生徒を最初から探す必要はありません。できなくてもちゃんと貴方たちが教えてくれればそれで結構です」
「分かりました。できない部員でも僕たちが責任を持って教えます」
部長としてできるだけ丁寧な言葉を使い頭を下げる和平。
(まあ元女子高に麻雀のできる生徒がそれほどいるとは思っていなかったからなー、四人揃えばオッケーでいたからこういう校長の言葉はある意味ありがたいし、ある意味プレッシャーではあるな)
こうして麻雀を打つには半分の二人で麻雀部はスタートした。