第十六話 朝から元気なのはいいことだと思う
葵塚学園は全寮性のため、和平は一人暮らしある。
もちろん一香や通子も一人暮らしでしかも同じ建物に住んでいる。
しかし共学にする時にどこをどう改築したのか、男性ブロック・女性ブロックと住む場所を分けられ、間に強固なセキュリティ(女性警備員付)が施されている。
「うーん……」
だから休みは女性の家に遊びに行くわけでもなく一人寂しく寝ているだけ。
今日もそのはずだった……。
和平の好きな時代劇のエンディングテーマが穏やかに部屋を駆け抜ける。麻雀部にいる女の子専用の電話着信メロディ。
和平は部長ということもあり、部員の何人かとは連絡先を交換している。
「誰だ……、通子かぁ?」
勘で相手を特定して携帯電話を手に取る和平。
「あ、本当だ……、通子だ……」
勘がうまく当たった事に驚きながらも、寝起きのためかいつもよりも低い声で出る。
「もしもし……」
電話の向こうは朝でも元気な声の通子。
『もしもーし、先輩ですかー? 今日はお暇ですかー?』
「暇だなぁ、ちょうど今起きた所だし」
通子に気を遣い「起こされた」と言う表現は避ける。
『あっ、暇なんですね。それじゃあ三十分後に寮の前に降りてきて下さーい』
「何か……、持って行ったほうがいいか?」
『特に何もー、あ、でも一日中出かけるので、それなりにお願いしまーす』
電話はそこで切れた。通話の中にあった通子のある一言で和平の目は完全に覚める。
(一日中出かける、ってデートじゃねぇか!)
しかも相手から誘っているのだ。
(麻雀部の部長として特定の部員と仲良くするのは……、とか問題じゃない! 今日はプライベートだっ!!)
そう思い急ぎ支度をする和平に三十分は長すぎたのか約束よりも十分早く寮の前に出る。
(通子……、と純ちゃん!?)
和平を待っていたのは呼び出した通子と先日入部したばかりな純の二人だった。
「先輩ずいぶん早かったですね。待ちくたびれませんでしたよ」
柑橘色の厚いカーディガンに黒のジーンズを履いた通子が手を振る横には
「お、お早うございます。森先輩」
ピンクのワンピースに水色の薄いマフラーを肩にかけた純。
ワンピースの丈は膝までなので、そこから下は白いハイソックス。
さらに下を見ると純はピンクのパンプス、対する通子は青いスニーカーとなっている。
「先輩も黒ジーンズですか、あと上は……、まあ合格って所ですね」
和平の服装を眺める通子。
「出かけるって……、この三人で?」
「そうですよ、この前純ちゃんと話する機会設けるって約束したじゃないですか」
(ええっ!?)
和平は驚きながら純を見る。純も承知しているらしく、コクコクと頷いている。
「私は二人に対する案内役兼見張り役ってことでよろしくお願いします」
「み、見張り役?」
和平が尋ねると通子は純の肩を抱き
「だって、こんなに可愛い純ちゃんですよ、二人きりになったら先輩襲っちゃうんじゃないかと思って」
「いやいやいや、そ……」
「それはない」とはっきり否定したら純に失礼なので、言葉を飲み込む和平。
事実こちらを緊張した表情でじっと見つめる純は可愛いそのものなのだ。ケーキ屋ではあまり話す機会が無かっただけに眼鏡の奥にある純の潤んだ瞳は初めてである。
(通子は元気で純ちゃんは大人しいからすごく対照的だよな……)
「もう先輩、なに純ちゃんばかり見ているんですか。やはり私がついてて正解ですね」
(いや、通子も可愛いし、いてくれて嬉しいよ)
照れるので言葉にできない嬉しさを胸に「そうだね」と和平は微笑む。
「電車で二駅ですから、すぐに着きますよ」
通子に案内されて「葵塚学園駅」の上りホームに立つ和平と純。
学校の最寄り駅と言っても生徒は授業にしろ部活動にしろ学校へは寮から通うので、利用する生徒は皆無だ。
それでも駅の施設が充実して電車の本数が多いのは、学園で働く人や仕事や研究のために訪れる人が多いからである。
「……、ところで二人ともいつまで黙っているのですか?」
「え……」
「あ……」
通子に注意されて互いを見る和平と純。
「せっかくの機会なんですから何か話してくださいよ」
「そ、そうだね……」
そうは言われても和平にとって純は話しかけにくい相手なのだ。
一香は出会ったときはとっつき難い雰囲気を出していたが、麻雀部に誘うために必死に話しかけた。一香が麻雀部員となった今は普通に話せる仲になっている。
通子は最初から和平を先輩と慕ってきているので問題ない。
杏子は向こうから話しかけてくる。
そして純はというと、こちらから話しかけない限り自ら動くことは無い。
どうすればいいのか和平にも話すきっかけをつかめないのだ。
「純ちゃんだって、必要とあらば話してきますし、仲良くなればもっと話せるようになるんです。先輩は部長でもあるんですから、先輩がリードしてくれないと困りますよ」
通子が少し呆れ声で言う。それを聞きながら互いに
(そう言われてもどうしよう……)
という顔をする和平と純であった。




