第十三話 青天の霹靂ってこういうことかと思う
直と正二と新入部員の子は後で来るということで、先発としてケーキ屋に向かう和平・一香・杏子・通子の四人。
「そのケーキ屋さんに一気に七人も食べに行って大丈夫なんですか?」
一番後ろを歩く通子が心配そうに前に声をかける。
「大丈夫だよー、ちゃんと席数調べたし、さっき直先生がお店に予約取って大丈夫だって言ってたし」
すぐ前の杏子が笑顔で答える。
「わへい君。そこを右に曲がって」
杏子の前を歩く一香がスマートフォンで地図を見ながら先頭の和平を誘導する。
「お、おう」
今回のイベントの財源に悲しくも任命された和平は後ろに女の子を三人連れていることもあってか、いつもよりも慎重に、前後左右をよく確認して角を曲がる。
曲がると目的地のケーキ屋を発見。一度に七人来ても広いから何も不安も無い、と言いそうなほどの店舗と駐車場がある。
「ケーキ屋というより……、ちょっとしたフードパークですね……」
通子の少し驚いた声に頷く和平。杏子の言うケーキ屋はその一部だろう。
その広い駐車場にどこかで見たことのある車と人物を発見。
「ずいぶんと遅いじゃないか」
直が短くなったタバコを携帯灰皿に押し込む。
「せ、先生……」
先発として歩いた自分達は何だっのだろう、と和平はため息をついた。
直の右隣には正二。さらに右隣にいる眼鏡を掛けた女子生徒が新入部員であろう。
眼鏡に三つ網のお下げ。和平の勝手なイメージではいかにも勉強ができる優等生。きっと彼女のノートの恩恵を享けたのは正二だけではないだろう。
「純ちゃんだ!」
眼鏡っ娘を見た通子が声と右手を大きく上げる。同学年だから知り合いでもおかしくない。
「純ちゃん」と呼ばれた眼鏡っ娘の方も右手を上げる。最初は少しオドオドしていた表情が同性の知り合いに会えて安堵したようだ。
三月なので外で長話しをするにはまだ肌寒い。そもそも彼女を交えてケーキを食べる会なので、挨拶もせぬまま店に入る。
中に入るとフードパークであることに疑問を抱かせる視界が展開する。
入り口中央には満々に水を湛えた池。その向うには熱帯魚だろうか色とりどりの魚が泳ぐ水槽。
幻想的な世界ではあるが右側には全く異なるものが。
「葵塚に住む縄文人の暮らし」と書かれた看板の下にこの街で発掘されたはるかなる昔の品々が展示されている。その中央には物を食べる仕草を延々と繰り返す縄文人のマネキン。
(……なんだこれは? 観光客目当てか!?)
それにしてはもう少し地元の観光スポットとか特産品の紹介をするべきではないのだろうか。と和平は理解に苦しむ。
「予約していた立花です」
それらに目を向けることなく直が入り口より左の唯一店らしい世界--ただのレジカウンターだが--にいる店員に声をかける。
「立花様七名、『ケーキファイター』のお客様ですね、ご案内しまーす」
赤い眼鏡を掛けている店員は満面の笑みで、「お洒落なケーキ屋」とは程遠い店名を言って案内する。
「なかなかシュールな名前ですね……、先輩」
通子が一香や杏子に聞こえないように和平の袖を引く。
「六十分無制限の食い放題コースとかありそうだな……」
仮にあっても今回はそのコースでは無いし、そうであっては財布役の和平にはたまったものではない。
予約していた席に着くと既に七人分の皿にクッキーが置かれていた。
「ご予約のメニューはこれよりお作り致しますので、その間こちらをお召し上がりください」
店員はそういうと奥えと消えていった。
「これで一人八百円は安いんじゃない?」
直がクッキーを眺めながら奥へと進む。 入り口は置いといて、サービスとしてはかなり心遣いができていると思う。
(これで味も確かならね……)
言葉にしてはこの店に来たがっていた杏子に悪い、と和平は心の中で呟いた。
「先生、そろそろ純ちゃんの紹介をー」
クッキーをしっかり味わった後で通子は自分の向かい側・一番窓側にいる直に声をかける。
「ああ、そうだ。今のうちに紹介をしておこう。あたしの向かいにいる眼鏡を掛けた娘は、九断が必死に口説き落とした……」
「先生、それは誤解を与える表現っすよ!」
直の紹介に慌てて正二が訂正を求める。直は怯むことなく右隣の正二を一度見ると。
「そんなの誤解する方が悪いんだよ。というわけで、九断が今日口説き落とした……」
「はっ、はい黄忠純です! 葵塚学園の二年生です。みんなからは、『純ちゃん』とよばれています!」
誤解されてたまらないのは彼女も同じだったのだろう。眼鏡っ娘こと純が立ち上がって自らを話すことにより、直の話を遮った。
「遮るなよー、麻雀は一応ネットでやったことはあるらしいぞ」
「はっはい。役とかは多少分かるんですけど……、実際に牌に触ったりするのは無いので、扱い方とか……、あっ、あと点数とか分からないのもあります」
恐らくケーキ屋でみんなに会う、と聞かされてからずっと考えていたのだろう。一気に必要なことを話していく。そんな真面目で一生懸命なところが元々可愛く思える彼女をさらに可愛く見せる。
(通子の「元気で可愛い」とは違い、純ちゃんは「健気で可愛い」だな)
和平は純の話を聞きながら頷いた。
純の事を一通り聞いてから部員たちも一人ずつ純に自己紹介をする。全員が終わったところでそれを待っていたのかタイミングの良さか注文のケーキが運ばれてきた。
ケーキを食べながらみんなで和気藹々のムードの隙を突いて、和平は一人トイレに向かった。情けない事に財布の中身を確認していなかったのだ。トイレに入り、辺りに誰もいないのを確認して財布を開ける。
(よかったー、諭吉さんがいるから全然足りる)
これで最悪の事態は回避できた、と安堵した表情で和平はトイレを出ると
「わへい君」
と、声をかけられた。
和平が向いた先には一香が。壁に寄り掛かって腕組みをしながらツンとした表情でこちらを見ている。
「ど、どうしたの? 清水さん?」
心の中で出したはずの声が聞かれていたのか、と和平の声が上ずる。
「あの『1』の事なんだけどね」
「!!」
一香の問いかけは和平の想像をさらに上回るものだった。




