1.03
「ま。帰ったら直接訊いてみればいいさ」
結局、今日一番の爽やかな笑顔で明日木はそう結論付けた。
「……………」
俺がその手のことを苦手にしていると知っていて。
「それにいい加減、お話を前に進めないとね」
……………。
何の話だ、と訊いたら、こっちの話さ、と答えた。
「さらに言うなれば、こんなところで雑談に興じている男子高校生も場違いだしね」
猥談ならまだしも、と爽やか笑顔で加えた。
もちろん俺にはそれに参加する義理は、妹以上にない。
しかし俺にはこの話を進める義務は、妹以上にある。
当たり前だ。
それこそ、こっちの話、で、俺の話、だ。
とりあえず舞台設定の説明から、話を進めよう……自分の周りを『舞台』とか『設定』とか言うのも、どうかとも思うが。
家鴨ヶ丘町、というのが俺の住む町の名前。都心部からそこそこ離れた、そこそこの田舎町だ。しかし田舎と言ってもあくまでそこそこだ、それほどの田舎ではない。住人として、そこだけは譲れない。
そしてその家鴨ヶ丘町の端の方にあるのが俺たちの通う、独楽原高校だ。全国模試では常に上位を独占、各種スポーツでも華々しい成績――なんてことは天地逆転しようとありえない。逆に、全国模試なんて受けるわけがない、喧嘩上等日常茶飯事――なんてことも天変地異があってもありえない、普通の高校。ただの普通の高校だ。
そしてそこの制服である、白い半袖シャツに灰色のズボン(冬季はさらに紺のブレザーに赤いネクタイで、むしろ意外とも言えるほど普通)を身に纏っている俺は今、レンタルビデオ店にいる。
――いや、それだけでは正確ではない。
正確には、レンタルビデオ店の一番奥のカーテンの前だ。
……………。
……変な誤解をしてほしくはないので、一応弁明しておこう。
決して取り乱した上での言い訳ではない。至って俺は冷静沈着である。
「今日の帰り、付き合ってくれないかい?」
学校でそう明日木に誘われた。
誘われたから、付いて来ただけだ。
ともすれば浮気の言い訳にも聞こえるが、もちろん浮気でもなければ、言い訳でもない。至って俺はクール&ドライである。
その証拠に、一歩たりとも中には入っていない。
「それじゃあ、大人の階段を三段跳びで駆け上がってくるよ」
と、カーテンをくぐる明日木の背中に、どうか踏み外しますように、と神に祈っただけである。
決してその瞬間、その隙間から中を覗いたわけではない。
ちなみに実にどうでもいいことだが、明日木は少し前に誕生日を迎え、十八になった。ついに彼の変態歴も十九年目に入ったということだ。
実にどうでもいいことだ。
……いや、意外と重要なことなのかもしれない。
自分の友人が変態だということは、もしかしたら自分も同類だと周りに思われている可能性がある。
これは由々しき事態だ。
早めに手を打っておこう。
――葛平七生は、変態ではない。
普通。一般。平凡。
ノーマル。ポピュラー。アベレージ。
そんな男である。俺は。
……………。
……説明すればするほど、言い訳に聞こえるのは―――いや、言い訳にしか聞こえないのは、俺だけだろうか?
そんな感じで紆余曲折、俺はレンタルビデオ店の外にいた。
携帯電話の表示を見る。
――七月五日の金曜日、午後四時六分。
明日木が大人の階段を上り始めて十分程経過していた。
映画は基本的に地上波でしか見ないし(ちなみにこの町に映画館はない)、第一、我が家にはDVDプレイヤーがない。
ブルーレイって何だ?
レンタルビデオ店からいつの間にビデオは迫害されたんだ?
矛盾してないか?
と、いった感じで店内をとりあえず一周して、外に出た。
日毎暑くなる日々だが、まだそこまで暑くはない。むしろ店内の冷房は効き過ぎていて寒いくらいで、だから俺は外で明日木を待つことにした。
……別に置いて帰ってもいいけど。
暇潰しに携帯電話を取り出してみたけど、今ひとつ暇は潰せそうにない。メールする相手もいないし、ゲームとかも出来ない。元より携帯電話自体、使いこなせていない。機械は苦手だ。父も母も機械音痴だ。我が家の家電は全て妹任せだ。
……妹、か。
……サジタリウスのこと、メールでそれとなく訊いてみるか?
そう思い立って、アドレス帳を開いたときだった。
雛村美月を見かけたのは。