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1.02


「ああ、これでやっと僕も大人の仲間入りだ。これまで、本当に長かった」

 少し瞳を潤ませながら、明日木翔太(あすきしょうた)はそんなことを俺に言った。

「そんなに感動することか?」

「何を言ってるんだ君は! 事の重大さがまるで分かってない!」

 まったく、と続けた。

「もしも僕の両親が生きていたら、僕が初めて立ち上がったときみたいに喜んでくれるはずさ」

「自分の両親を勝手に殺すなよ」

「……そういえば確かに、今日も元気に仕事に行ったね」

 今まさに思い出したかのように言って、さらに、

「可愛い息子のために働き蟻の如く」

 と付け足した。

「……養ってもらっている人間とは思えない発言だな。しかもその給料がこんな風に使われるとは――」

 心中お察しします。

 お悔やみ申し上げます、でもいいかも知れない。

「心外だな。僕は男として、いや、人として、いや、僕自身としてレベルアップするために大切なお小遣いを有意義に使うんだ!」

「……………」

 ……一体どれだけレベル上がるんだ? このイベント。

 しかもストーリーには全く影響のないサブイベントだ、間違いなく。

 多分『迷子の子犬を探せ』的な、クリアしなくても全然問題ない、むしろ途中で忘れてしまうようなイベントだ。

「期末テストさえなければ、もっと早く来られたのに――悔やまれるばかりだ」

 ……ああ、そうかよ。

 お前はその程度のことを悔やんでいるのか。

 俺は今日の最後の英語の四択問題が、悔やんでも悔やみきれないよ。

 何故、『A』と書かなかった。

 何故、深読みをした。

 何故、裏をかいた。

 何故、相原(今回のテスト作成担当の英語教師)の意地悪な引っ掛け問題だと思った。

 何故、素直に育たなかった、俺!

 かに座のA型、葛平七生!

 ……確か、今日のかに座は1位のはず。

 今朝、家を出る前にテレビで『今日の星占い』を確認したはず。

 アユミン(巷では人気女子アナと呼ばれているらしい)が言っていたはず。

 アユミン(世間には実は妖精だという説もある)が可愛らしい笑顔で「おめでとうございます。今日の1位はかに座」と言っていたはず。

 アユミン(どこかの誰かは女神だと噂している)の癒し系ヴォイスの「今日も元気に行ってらっしゃい!」を聞いて家を出たはず。

 そうさ。占いの内容だって一字一句間違いなく思い出せる。


「今日一日ハッピーに過ごせそう。もしかしたら運命の出会いがあるかも。だけど思わぬ落とし穴にご注意」


 ほら。

 俺には今朝見た、その笑顔も、その声も、脳内再生できるじゃないか。

 ……………。

 ……………。

 ……落とし穴?

 ……落とし穴、って言いました?

 ……まさか、あの問題が?

 ははは。アユミン(もしや俺の夢じゃないかとも思える)が言っていたんじゃないか。

 ならば、占い通りじゃないか。

 もはや、予言通りじゃないか。

「――って、聞いて……ないよね? 僕の話」

 突然、明日木の声が耳に届いた。俺を現実に引き戻すように。

 くそっ。せっかくのアユミン(もはや俺の夢)とのランデブーを邪魔しやがって。

 しかし、そんなことは俺は口にしない。

「悪い。全く聞いてなかった。何の話だった?」

 まったくもう、と嘆息してから、

「期末テストの話から、夏休みの予定の話になって、燃えると萌えるの違いの話を経由して、そこから君の妹君がこないだ男の子と手をつないで歩いていた話になって、そのついでに相対性理論にも少し触れて、最後に僕の新奥義の話になったんだよ」

 さらりと、まるで枕草子でも詠むかのように言い切った。

「……よし。色々と突っ込みたい気持ちをここは堪えよう。俺も、もう大人だ……」

 そうだ。もうすぐ十八だ。

 そして、一度呼吸を整えて。

 吐き出すのに必要なだけの空気を取り込んで。

「妹が男と手ぇつないでただと! どこのどいつだ? どこの馬のどこの骨だ!?」

 怒鳴った。

 大いに、人目をはばからずに怒鳴った。

 一瞬だけ周囲の注目を浴びた。

「うーん。オグリキャップの大腿骨って感じかな」

 とりあえず至極冷静に言い間違いにも乗っかって、

「僕も遠くから見かけただけだから、顔は見えてないけど、背が高くてシュッとした――いわゆるモデル体型な子だったよ」

 それこそオグリキャップの大腿骨みたいな、と再度乗っかってきた。

 ……いや、俺にはオグリキャップの大腿骨がシュッとしているのか、分かりかねるのだが。

「もしかしたら、オグリキャップみたいな顔かもね」

 ……………。

 ……頼むから、それだけは勘弁してくれ。

「下手をしたら、オグリキャップみたいな体かもよ」

「妹はサジタリウスと付き合うような馬鹿じゃねぇ!」

「別に手をつないでいただけで、サジタリウスと付き合っているとは限らないだろう」

「サジタリウスと仲良く手をつないでいる時点で百点満点の馬鹿だ!」

 ――付き合っていたら二百点満点だ。

「誰も『仲良く』なんて言ってないじゃないか。あれはそうだな……『仲睦まじく』って雰囲気だったね」

 ……………。

 ……はい。三百点突破。

 というか、元より相手はサジタリウスではないけど。

 だけど、いっそサジタリウスの方が良かったかもしれない。人間よりは。

 もしかして娘が結婚するときの父親の気持ちって、こんな感じなんだろうか。

 いや、娘じゃなくて妹だが。

「妹君も高校生なんだし、彼氏の一人や二人や三人や四人くらい、いても不思議じゃないじゃないか」

 それは不思議どころか、摩訶不思議だ。

 摩訶不思議アドベンチャーだ。

 集めた球の数だけ彼氏ができるのか?

 それなら、頼むから四星球だけにしといてくれ。

「それとも君はアレかい? 妹独占主義かい? 君にそんな属性があったとは気付かなかったけど」

「気付かなかったも何も、俺にそんな属性はない」

「ああ。義理の妹専門だったね」

「義理だろうが本物だろうが、妹自体に興味はねぇ!」

 ――サジタリウスのことは気になるけど。

「確かに……君の妹君は胸とかばっかり成長しちゃって、色気には欠けるかもね」

「よし! 今から俺は二つの理由でお前を殴る!」

 妹の色気を否定した罪と、妹をそういう目で見ていた罪(矛盾しているのは重々承知だ)。

 どちらも極刑だ。

「待ってくれ。何かの誤解だ。僕は小娘に興味はない。大人の女性専門だ。君みたいにロリコンじゃないんだ。だから、命だけは。命だけは!」

 ……………。

 ……刑罰さらに二つ追加。

 来世でも極刑だ。



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