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1.16


「ふふ……ふはははは」

 笑った。

「はははははははは」

 笑っている。

「はははははははは」

 涙を浮かべながら、笑っている。

「はは……ひぃ、ひぃ、ひぃ」

 腹を抱えて、呼吸困難になっている

 ……いくらなんでも、笑いすぎだ。

 ――ってのも、昨日見た気がする。

 ただ、これは俺の回想ではない。

 走馬灯タイムでもない。

 一生で一度のチャンスを、俺はもう使い切っている。

 だから、これは俺の回想ではない。

「いやぁ、笑った笑った。こんなに笑ったのは、生まれて初めてだ」

 涙を拭いながら、人観はようやく落ち着きを取り戻す。

 周りの鬼も全員、お面を取っていた。

 ただ、行動はそれぞれ。

 笑う者。微笑む者。あきれる者。拍手する者。感心する者。無関心な者。

 影虎さんは、謝ってくれた。

「すみません、葛平さん。あなたを試させてもらいました」

 こちらをお使いください、とタオルを渡してくれた。

「な、何があったの?」

 二階の通路で佐々良の隣にいる雛村は、大広間の光景を混乱と驚きの表情で見ている。

 思い思いの行動を取る佐々良の家族と、顔が思いっきり濡れている俺を。

「沙雪!」

 人観が親指を立てた右の拳を、佐々良の方へ向ける。

 右に持っていた黒いおもちゃは、笑い倒した際に床に落としていた。

 対する佐々良も、人観と同様の行動を取っていた。

 意地悪な笑顔の、人観と佐々良。

「……てめぇら、グルで騙してたのか」

 濡れた顔を軽く拭い、俺は人観を睨みつけた。

「言っただろう。家族全員の意思だ、と」

 人観が笑う。

 意地悪く、楽しげな、笑顔で。

「それに、さっきまでのやりとりで私は嘘を一言も言っていない。君の解釈の問題だ」

 ――気になるなら、読み返してみるといい。それが小説の良さだ。

 と言って、笑い続ける。

「……断る。ひどく恥ずかしい台詞を吐いていた気がする」

 今の俺の顔は、前世のスイカよろしくのカラーリングだろう。それも中身の方の。

「何も恥ずかしがることはない。自身の危機的状況にて、君は他者の心配をした。私は君の将来が楽しみになってきたよ」

 そんなことを、楽しみ、ではない笑顔で言った――いや、これが彼女の、楽しみ、な笑顔だ。

「葛平七生。私は君を、十二分に信用できる人間と判断する」

 まっすぐと俺の目を見て、人観が宣言する。

「知らなければ良かっただけの話を知って、君も、元通りの生活には戻れないが、それでも君は、普通の人間、としてい続けてくれるだろう」

 彼女が、そのペシャンコな胸を張って、言った。

 ……………。

「……ああ。俺はこれから先もずっと、普通の人間、だよ」

 そうか、と嬉しそうに頷く人観。

「私は、君のことが好きになれそうだよ」

 ……………。

 ……何気に、告白された。

 自分より年上の、少女らしからぬ少女に、告白された。

 ――何故か、悪い気は、しなかった。



 それから俺と雛村は、影虎さんに帰り道を案内してもらった。

 ただ、昨日歩いたり走ったりした通路ではない。

 いわゆる隠し通路。ダンジョンではお馴染みのやつだ。

 あっという間に、地上だ。

「これからも是非、遊びにきてください」

 最後の階段の前で、影虎さんが、雛村に言った。

「沙雪さんが喜びます」

 相変わらずの無表情の影虎さんに対し、

「はい。またすぐに遊びに来ます」

 満面の笑みで返す雛村。

 そして、雛村は階段を上り始めた。

 俺も一礼してから、階段を上った――いや、上ろうとした。

「あの。葛平さん」

 影虎さんが、呼び止めた。

 一段目に足を置いた状態で俺は立ち止まる。

 それに気付かない雛村は、どんどんと上っていた。

「葛平さんも、また来てください」

「俺も、ですか?」

 もうすぐ地上に出る雛村には、親友のいるここに来る理由がある。

 だけど、俺には、

「ヨウコさんが喜びます」

 ……弄ばれ倒される理由があった。

「それに」

 いつでも無機質、無表情の影虎さんしか見たことなかった俺は、その変化にすぐには気付けなかった。

「それに、私も嬉しいです」

 笑った。

 美しい、笑顔だった。

 気持ちの良い、笑顔だった。

 それをもう一度見られるなら来てもいい、と思った。


「遅かったね。何か話してたの?」

 地上に出ると、雛村が待っていてくれた。

「いや。別に……」

 まだ高い太陽を眩しがるように、片手を顔にかざす――いや、実際には緩んだ表情を隠すための行動だが。

 自分のことを僕と呼ぶ女の子には会ったことはないが、さえない男の子が突然モテモテになる展開は、案外あるのかもしれない。

 立て続けに、二人に告白された。

 人観と、影虎さんに。

 よくよく考えればあれは告白ではない、という発想は今の俺にはない。

 浮きに浮いて、浮かれている。

「そういえば、さ」

 雛村が話しかけてきて、俺は表情を引き締める。

 浮かれていても顔に出さないのが、紳士だ。

「鬼の人に追われて逃げたときのこと、覚えてる?」

 ……………。

「……ああ。覚えてる」

 鬼に追われて逃げたときのことを。

 雛村の手を握って逃げたときのことを。

 恐怖の対象の男の手で、彼女に触れたときのことを。

 あまりにも自己中心な自分のことを。

 俺は、覚えている。

 忘れては、ならない。

「そのとき、さ」

 雛村が、再び口を開く。

 俺は、覚悟を決める。

 知らなかった、なんて言い訳にはならないから。

 知っている、から言い訳にはならないから。

「私のおっぱい、背中で感じてたでしょ?」

 ……………。

 ……………。

 ……そっちかい!

「……必死だったから、よく覚えてねぇな」

「はい、嘘。それ、嘘。その顔はしっかり覚えてる顔」

「とんだ言いがかりだ。俺は今まで一度も嘘なんてついたことがない」

「はい、それも嘘。そんな台詞は嘘つきしか言わないんだよ」

「それも言いがかりだ。正直者だって同じ台詞を言える」

「だけど、葛平君は嘘つき。男はみんな、狼少年なのよ。いえ、男はみんな、狼なのよ」

「……なんか、話の趣旨が変わってきてないか?」

「いいの。私は作者に愛されてるから。お話を突然、バトルアクションものに変えても、問題ないの」

「すごい権力を持っているんだな」

「ちなみに、葛平くんは作者に嫌われてるよ。すぐ言い訳するし、へタレチキンだし、さらに作者を非難するから」

「ち、違う。あれは、その、言葉のあやで……」

「ほら、すぐ言い訳。そんなんじゃ、次から主人公交代の強制退場だね」

 ……ごめんなさい、雛村さん。そして、作者さん。

「まぁ、その話は置いといて」

 置いとくなよ。取りに戻れよ。俺のHP――存在そのものに大きく関わるわ。

「とにかく、責任、取ってもらうからね」

 ……………。

 責任、に対する、覚悟、は決めている。

 ……………。

「それじゃあ、俺は何をすればいいんだ?」

「私に一生服従」

「重っ! 責任、重っ!」

「それなら、一生隷属」

「内容変わってないし! むしろ悪化してる感があるし!」

「そうだなぁ。最初の命令は、何にしようかなぁ」

「聞いてる? 俺の話、聞いてる? 雛村さん」

「そうだ!」

 ポン、と手を叩く雛村。

 まるで何かのキャラのように。

「今度、私をデートに連れていきなさい」

 何人も彼氏がいる私とデートできるなんて光栄だぞ、とウィンクする雛村。

 ……………。

 ……………。

 男がみんな、狼少年なら。

 お前は、狼少女だ。

「ただし」

 そんなことを考えている俺など気にせず、雛村は続ける。


「デート中は手をつないで歩くこと!」


 多分これは、この上ないハッピーエンドなんかじゃない。

 だけどきっと、この上ないバッドエンドでもない。

 この上なく普通な、この上ないノーマルエンドだ。

 だから俺は、普通な台詞で。

 小説の主人公としては、実に格好のつかない台詞で。

 このお話を、終わらせようと思う。


「了解。ご主人様」



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