「人の質が落ちていく街で拾った光」
この物語は、「弱者だから守られるべき」という話ではない。雄介が目にしたのは、障害者や高齢者ではなく、“人間そのものの質が劣化していく光景”だった。思いやりが欠け、余裕がなく、自分中心になっていく社会――誰もが気づかぬうちに加害者になりうる時代が始まっている。だが同時に、ほんのひと言の優しさが、凍りついた空気を溶かす瞬間も確かにある。これは、そんな小さな光がまだ消えていないことを信じたい人へ向けた物語である。
「障害者の居場所」
第一篇「ひとの質が落ちていく街で」
【冒頭:気づいてしまった“違和感”】
人はいつから、こんなふうに冷たくなったのだろう。
脳梗塞を患い、歩幅が揃わなくなってから、雄介は街の景色の“音色”が変わったことに気づいた。
足の遅さではなく、人の心のほうが重たく、鈍く感じるのだ。
道端で転ぶ老人を見て笑う若者。
ベビーカーを押す母親に舌打ちするサラリーマン。
白杖を揺らし、立ち止まった視覚障害者に向かって
「避けて行けよ」と吐き捨てる男。
――弱者をいじめるのは、障害者だからではない。
――助けないのは、見えないからでも忙しいからでもない。
ただ単に、“人間としての質が落ちているから”そうとしか思えなかった。
雄介は、そんな光景を見るたびに胸がざわつく。
怒りというよりも、深い哀しみ。
「こんな国だったか?」
そんな問いが胸の奥に沈殿していった。
【事件:SNSで広がる“劣化の象徴”】
ある晩、雄介はSNSで偶然一本の動画を見た。
視覚障害の青年が、通路に置かれたバックに行く手を阻まれ、立ち止まっている。
周囲の人は避けていく。
そのうちの一人が、冷え切った声で言う。
「は?避けて行けよ。邪魔なんだよ」
画面越しとはいえ、雄介の胃がキリキリと痛んだ。
それは単なる“冷たい言葉”ではなく、
この社会に蔓延する「自分さえ良ければいい」「困ってる奴は自己責任」
という薄ら寒い価値観そのものだった。
動画の最後に、ようやく誰かが青年に声をかける。
しかし雄介は、それすら素直に喜べなかった。
――本来、誰でもできるはずの行動が、“奇跡”のように描かれるほど、
人間の質は落ちてしまったのか。
胸が苦しくなった。
【街角:同じ光景を“生で”見る】
数日後、雄介は偶然、その動画と同じような場面に遭遇した。
白杖の青年が人混みの中で立ち止まっている。
横では男が眉をひそめ、わざとらしくため息をついた。
「どいてくんね?見えねぇなら見えるように努力しろよ」
その言葉に空気が凍った。
周囲の誰もが、見ないふりをした。
スマホを見て、耳を塞ぎ、足を止めようとしない。
――弱い者をいじめるのは、“性格が歪んでいる”のではない。
――周囲が注意しないから、“エスカレートするだけ”なんだ。
雄介は、ゆっくり歩いた。
右足が思うように動かない。
それでも、前に出た。
「道、作るよ。大丈夫、俺がここにいるから」
青年の肩にそっと手を置き、荷物の山をどけ、彼を導いた。
男は舌打ちした。
だが雄介は気にしなかった。
そんな人間に、もう心を削りたくなかった。
【青年の言葉:最後に残るもの】
バス停まで歩いたあと、青年が言った。
「ありがとうございました……
でも、ほんとはこんなことで感謝なんてしたくないんです。
当たり前のことですよね?」
雄介は、しばらく何も言えなかった。
当たり前のこと。
なのに、それが“特別な良い行い”として扱われる時代。
ようやく雄介は言った。
「そうだな。
本当は、誰でもできることなんだ。
でも……できる人が少なくなってる。
だから、俺たちがやるしかないんだろうな」
青年は静かにうなずいた。
その表情は、絶望ではなく、どこか希望に近いものだった。
【ラスト:雄介の気づき】
青年がバスに乗って去ったあと、雄介は空を見上げた。
人の質は落ちている。
思いやりより、効率や自分の都合が優先される街。
弱い者ほど、置いてけぼりになる世界。
だけど――。
ひとつの優しさは、
千の冷たさに消されない。
人の劣化が進んでも、心ある人が一人でもいれば、その街はまだ“救える”。
雄介はゆっくり歩き出した。
右足は遅い。
でも、その歩みは確かだった。
“今日、自分が守れたものがある。
それだけで、この街は少し良くなったはずだ。”
そう信じながら。
(第一篇 終わり)
弱者への暴言や無関心は、障害や事情の問題ではなく、人としての品位が問われる行為だ。街で起こる冷たい一言は、心ない人間性が露わになる瞬間でもある。だが、絶望ばかりではない。誰かが差し伸べる手や声かけは、周囲の空気さえ変える力を持つ。私たちは皆、弱さを抱えながら生きている。その弱さを踏みにじるのではなく、支え合うことで初めて“街”は機能する。小さな優しさを積み重ねる人が一人でも増えることを願って、この物語を締めくくりたい。




