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逢魔時の邂逅  作者: もちまる
第一章 突然の旅立ち
7/10

手紙②


 お母さんの姿になった私は、お母さんの記憶も受け継ぎました。そこで初めて、あの生き物は人間という生き物だったということを知ったのです。


 ここからはあなたの本当のお母さんが大きくなったあなたに伝えようとしていたことを話していきます。


 お母さんは裕福な家に生まれ、幸せな日々を過ごされました。でもある日、お母さんが14歳になった頃、ご両親が不慮の事故で亡くなりました。そしてお母さんの叔父夫婦が家業を継ぐことになってから少しずつ生活が変わっていきました。


 叔父夫婦に気をつかいながら常に気を張って自分を殺すように暮らしていたお母さんが18歳の時に出逢われたのが、あなたのお父さん、ルイスさんです。


 お父さんはお母さんの暮らしていた街にやってきた旅人でした。お母さんが自由気ままなお父さんに惹かれたのは必然だったのかもしれません。


 いつしか惹かれ合うようになった2人は遂に結婚を約束します。


 幸せな2人の日々が突如終わったのは、お父さんが叔父夫婦に結婚の挨拶をしに来る、と約束した日のことです。お母さんは綺麗なワンピースを着て化粧もほどこし、お父さんから貰ったネックレスを胸にお父さんが来るのを待ち続けました。


 でも約束の時間になっても、1時間、2時間と時間が過ぎてもお父さんは現れず、とうとうお父さんはその日現れませんでした。


 珍しく優しく慰めてくれた叔父夫婦に促され寝室に戻ったお母さんは、違和感を抱いてこっそり叔父夫婦の部屋に様子を伺いに行きました。


 すると叔父夫婦は2人で祝杯をあげているかのように楽しげな笑い声が響いていたそうです。漏れ聞こえてくる話から、これでお母さんを有力者に嫁がせられると喜んでいたようでした。


 お母さんは街でも有名な美人で、そんなお母さんを気に入って求婚をしてくる男性は少なくありませんでした。その街の有力者も例外ではなく、何年もしつこくお母さんに言い寄ってきたようです。しかし両親が仕事の伝手を使って有力者を拒否しつつ、もしものためにと遺言を残してくれていたおかげでお母さんは守られていました。


 遺言にはお母さんの望む相手と結婚をさせること、お母さんが望む相手と結婚した時にお母さんに相続財産が渡ることなどが書かれていました。


 叔父夫婦が無理矢理お母さんの意に沿わない相手と結婚させようとすると、遺言執行人によって叔父夫婦から経営権をお母さんに移すことも記されていたことで、苦々しく思ってはいたようですが、叔父夫婦も表立って自分達の利になる相手と結婚させようとはしていませんでした。


 でも叔父夫婦は諦めていなかった。お父さんが現れなかったことで、捨てられて傷心のお母さんを上手く言いくるめれば有力者に嫁がせられる、と喜んでいたようです。


 実は、お母さんはこの日の少し前にレイラを身籠もっていることがわかったばかりでした。叔父夫婦もそのことに勘づいていたようです。叔父夫婦のその後も続く会話を聞いたお母さんはその日のうちに荷物を纏め、プロポーズの時にお父さんが渡してくれたネックレスを身につけ、旅に邪魔になると考えて自慢の髪を自ら切り落とし、家を出ました。


 それからの苦労は語りません。身重な女の1人旅、無事でいられたのは奇跡というしかないでしょう。トムお爺ちゃんとノーラお婆ちゃんに出会えたのも、お母さんにとってこの上ない幸運でした。そのことはよくあなたに伝えていたから、これ以上言う必要はありませんね。


 あなたが生まれて慌ただしくも幸せな日々を送っていたお母さんは、これからの暮らしやあなたの将来を不安に思うと同時に、お父さんのことを気にかけていました。あの日お父さんが現れなかったのは何か事情があるのではないか、街から急に姿を消した自分を探しているのかもしれない、と考えていたようです。


 叔父夫婦からの追手を警戒してお母さんは自分の痕跡が残らないように細心の注意を払いながらここまで辿り着いたため、お父さんは追いたくても追えなかったのかもしれません。


 お父さんにレイラを会わせたい、レイラには広い世界を知ってもらいたい、レイラが大きくなったらレイラを連れてお父さんを探しに行きたい、そう考えていた矢先にあの日の事故が起きてしまいました。


 不運としか言いようのない事故でした。

 美しく色づき出した森を眺めていたところで突然足場が崩れたのです。


 私があの時目撃したお母さんの最期の言葉、全身に酷い痛みを感じながらお母さんが呟いていた言葉は、あなたを心配する言葉でした。


 死ねない、死にたくない、レイラ、レイラを残して死ぬわけにはいかない、帰らなきゃ、絶対に帰らなきゃ


 お母さんは全身の痛みよりも、まだ2歳になったばかりのレイラを残して死ぬこと、レイラの成長を見守れなくなること、レイラの元へ帰れないことに酷く苦しみながら亡くなりました。


 お母さんを飲み込み、お母さんの姿になり、お母さんの記憶を受け継いだ私はお母さんに代わってあなたの成長を見守りたいと思いました。なぜか、と聞かれると上手く答えられません。なぜそうしようと思ったのか、人間とは違う生き物である私が、人間の気持ちを正確に理解できているのかというと今も自信がありません。


 でも、私は孤独の寂しさや虚しさを知っていました。

 家族、という感覚が私にはわかりませんでしたが、あれ程の全身の痛みを感じながら、自分のことよりも残される家族を思って苦しむ、その感覚を私も知りたいと思いました。それを知ることで孤独から解放されると思ったのです。


 だから、お母さんとしてあなたと生きてみようと思いました。本物のお母さんじゃないとばれたり、一緒に生きてみて嫌になったりすれば逃げればいい、と思っていました。


 そうして、誰にも正体がばれることのないまま、もうすぐ14年の月日が経とうとしています。


 まさかここまで一緒に生きることになるとは思ってもいませんでした。でも14年の間であなたへ抱いていた気持ちが変化していきました。最初は単なる興味のようなものだったと思います。


 嫌になれば「私はあなたの本当のお母さんじゃない」と正体をばらしていなくなればいい、そう思っていたのに、だんだんあなたと過ごす日々の中で正体をばれたくないと思うようになりました。


 あなたの笑顔を見ると心が温かくなり、つられるように私も笑顔になっていました。私が笑うとあなたも笑顔になることが嬉しいと感じるようにもなりました。


 私を探して泣くあなたの姿がなんとも可愛らしく、愛おしいと感じるようになりました。


 あなたが少し怪我を負っただけで胸が苦しくなり、痛みを代わってあげたいと思うようになりました。


 あなたの成長を見る度に嬉しい気持ちと寂しい気持ちが湧き上がるようになりました。


 あなたとこれから先ももっと一緒にいたいと願うようになりました。


 そうした日々の中で段々と、あの時のお母さんの苦しみが理解できるような気がしてきたのです。


 そうなると今度は、楽しい、嬉しい、と感じる度に、本物のお母さんがこの場にいないことを辛く感じるようになりました。


 私はレイラの本当のお母さんじゃない、そのことが悲しくなりました。


 あなたと過ごす日々はそれだけ幸せに溢れていました。


 だから、願うならずっと一緒にいたい。

 これからもずっとあなたの姿を見守りたい。

 嬉しい事があった時には一緒に喜びたいし、悲しい事があった時には一緒に悲しみたい。


 だからこの手紙が読まれないことを心から願っていますが、生きている上で絶対ということはありません。


 私の寿命というものがどういうものかもわからないのです。そうなると心配なのは1人になってしまうあなたのことです。


 1人で生きるのは寂しく、虚しいです。14年というあっという間の年月は、あなたがいなければ永遠に続く苦行のように感じていたでしょう。そもそも生きていられたのかもわかりません。


 そんな孤独を抱えながら1人で生きていくあなたの姿を想像すると、胸が張り裂けそうになります。


 だからこそレイラ、あなたには色んな人と出会ってほしい。


 どうか、あなたが助けたいと思える人と出会ってほしい。あなたを助けたいと思ってくれる人と出会ってほしい。あなたが悲しい時に側にそっと寄り添ってくれるような人と出会ってほしい。人生を一緒に過ごしていける人と出会ってほしい。


 その1人が、あなたのお父さんであることを願っています。お父さんを探すための手掛かりを、この手紙と共に箱に入れておきます。アクセサリーケースの中に入れたネックレスです。


 お父さんがお母さんにプロポーズする時に渡したもので、お父さんの故郷では生涯の伴侶にプロポーズの際に渡す特別なものだそうです。


 この手紙の内容を、レイラの16歳の誕生日に伝えるつもりです。これを聞いた時のあなたの反応が怖くて仕方がありません。


 それでもあなたには知る権利があり、私には伝える義務があります。それがあなたのお母さんの人生をお借りした私にできることなのだと思っています。


 レイラ、あなたのお母さんと偽ってごめんなさい。

 こんなにもあなたのことを大切に思うようになるとは思いませんでした。

 

 この手紙を書いている今の私の気持ちは、あの時のあなたの本当のお母さんと同じ気持ちです。


 レイラ、私の孤独を癒してくれてありがとう。あなたのこれからの選択があなたを幸せにするものであることを祈っています。


 今まで本当にありがとう。

 そしてごめんなさい。

 どうか幸せになってね。』

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