手紙①
『 レイラへ
レイラ、16歳の誕生日おめでとう。
レイラと過ごしてもうそろそろ14年、ここまであっという間の日々でした。
私とあなたが初めて会ったのは、あなたが2歳になったばかりの頃、あなたの本当のお母さんが亡くなった日です。
あなたの本当のお母さんのこと、そして私自身のことをひとつひとつ話していきます。
まずは私自身のことです。私はここから遠く離れた場所で同胞達と共に森の奥深くにひっそりと暮らす、名もない生き物でした。
どうやって生まれたのか、いつ生まれたのかもわかりませんが、気がついた時には暗く冷たい世界にいました。そんな世界で微かに見えた光が、私達の新しい世界になりました。
私達は力が弱く、単体では兎はおろか鼠1匹捕まえることもできないためみんなで協力して狩りをしていました。常に空腹は満たされず、ずっと満たすものを探し続ける日々でした。
狩りをする中で怪我を負うこともありましたが、すぐに治ってしまうので怪我は怖くはありませんでした。以前あなたの前で包丁で指を切った時がありましたね。あの時あなたは慌てて処置をしようとして、切ったはずの私の指から血が出ていないことに「よかった、そんなに深くなかったんだね」と安心したように言ってくれたけれど、それが私達の特徴でもありました。どんな深い怪我を負っても血が出たこともありません。
毎日、身を寄せ合って生きる日々に変化が起きたのは、暑さが和らぎ木々が鮮やかに色づき出した頃でした。
あの日も私達は身を寄せ合い、夜空に輝く星を眺めていました。聞こえてくるのは虫たちの鳴き声と木々のざわめきだけ。
ところが、その日は違う声が聞こえてきたのです。聞いたことのない声でした。どんな獣の声なのかと、同胞と身をこわばらせながら声のする方向を見つめていると何か大きなものが私達の目の前に倒れ込んできたのです。
見たことのない生き物でした。いつも兎や鼠を食べていましたが、その生き物は兎や鼠とは比べ物にならないくらい大きく、毛は頭部にしかないようでした。何に襲われたのか、身体中傷だらけで、血を流していていました。
初めて見る生き物を注意深く観察しようとしていたところ、ある同胞がその生き物に近づいていき、あっという間に食べてしまいました。
知らない生き物を食べて大丈夫なのかと不安に思いながら様子を伺っていると、同胞の姿がうねうねと変化していき、先程同胞が食べた生き物と同じ姿になりました。
それを見た私が感じたのは、言いようのない恐怖です。同胞が、見たことのない生き物に乗っ取られてしまったように感じたのです。でも、他の同胞達は違った。興奮した様子で姿の変わった同胞に近づいて行き、自分もそうなりたいと言わんばかりに鳴き始めました。
その瞬間、私はその場から逃げ出しました。あの状況がとにかく恐ろしかった。自分が何者かはわからない、それでも自分が変わってしまうのが怖くて仕方がなかった。それを受け入れた同胞達のことも怖くて怖くて、その場から、同胞達から離れたい思いで夜の森をずっと移動し続けました。
それからは私だけで生きていくことになりました。自分だけで生きていける場所を求めて、色んな場所へ行きました。本当に色んな場所に。もちろん私だけで狩りはできなかったので、木の実や果物、花や草も食べながら必死に飢えと闘いました。
どれほどの月日が流れたのかわかりませんが、季節は何度も巡りました。孤独と闘いながら、飢えと闘いながら、同胞達と離れたことを後悔することもありました。
そんなある日のことです。凄い音が森に響き、何事かと音がした場所へ向かった先で、私はまた、あの生き物と出逢いました。頭部しか毛がなく、兎や鼠よりも大きい生き物です。でもその時の生き物は、あの時見た生き物よりも長い毛が生えていました。
どうやら崖から落ちたようで、手足が折れ曲がり、大量の血が地面に流れていました。その生き物はかすかな鳴き声を出しながら、折れた手足を必死に動かし、ずりずりと地面をしばらく這っていたかと思うと、やがて動かなくなりました。
私はしばらくその生き物の死体を眺めていました。その時の私はもう限界でした。兎や鼠を食べていた時ですら飢えが満たされることがなかったのです。木の実や果物、草花だけでは当然満たされず、飢えに苦しみ続けていました。
きっとこの生き物を食べればお腹が満たされる、でも自分が自分ではなくなってしまう。
悩みに悩んだ私は結局、飢えの苦しみに負けました。自分が変わってしまう恐怖よりも飢えを満たすことを選んだのです。
そしてその生き物を一飲みにした瞬間、私は今の私の姿になっていました。そうです、あの時私の目の前で亡くなったのが、レイラ、あなたのお母さんでした。




