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逢魔時の邂逅  作者: もちまる
第一章 突然の旅立ち
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化け物



 相手がなんであれ、心臓を射抜かれて生きていられるわけがない。


 目の前の小さな的に向けて放った矢は狙い通り、真っ直ぐに彼女の心臓目掛けて飛んでいった。


 この距離で避けられるわけがない。


 避けられないはずだったのに……。


「な、んで…」


 女の子は満面の笑みを浮かべ、何もなかったように平然と立っている。


 彼女はなぜ生きているの?

 この距離で避けられるはずが……。


 だが一瞬の出来事ではあるが、確かに見た。

 彼女は矢が彼女を射抜く直前に身体を捻り、確実だと思われた一撃をあっさりとかわしていた。


「すごいでしょ?」


 彼女の声にビクッと身体が跳ね上がり、心臓が殴られたように痛くなる。


 たった今、矢を放たれ命を狙われていたというのに、彼女は全く気にしていない様子で自慢げな笑みを浮かべている。


「死を感じた時に時間が止まって見えるって話、聞いたことある?ミーちゃんね、見えるんだよ。だから避けられるの」


 俄かに信じがたい話だが、現に彼女はこの距離で私の一撃を簡単に避けてみせた。

 いや、たまたまの可能性だってある。落ち着いてもう一度狙えば……。


「あーその顔、おねえちゃん信じてくれないんだ!ひどいなぁ、本当のことなのにー。ねえねえ、もう一度やってみたら?ほら、狙いはここでしょ?」


 ミーちゃんは楽しそうに小さな手で、トントンと自分の心臓辺りを指差した。


 完全に私を舐めたその仕草を見て恐怖にのまれそうになるが、それと同時に怒りも湧いてきた。だがそのおかげだろうか?逆に冷静になり、少し頭が冴えてきたようだ。



 このままだと完全に彼女のペースだ。

 こちらに少しでも有利な状況に持ち込まないと。



 彼女が言うことが事実なら、真正面から撃っても矢を無駄にするだけだ。矢は残り5本。


 この状況で私にできる最善の策は一つ。


 あと少し、ほんの少し、時間が稼げれば……。


「目的は何?私をどうするつもりなの?」


 彼女を見据えながら淡々とたずねると、彼女は少し面食らったような顔をした。


「あれ、撃たないの?つまんないなぁ。目的は何かって、そんなの決まってるでしょ?ミーちゃんね、おねえちゃんが欲しいの」


 彼女は小さい子供がおもちゃをねだる時のように、無邪気にキラキラと目を輝かせている。


「私が、欲しい……?」

「うん!!だからね、おねえちゃんを……」


 嬉しそうに私を見上げるミーちゃんの顔に、濃くなった森の影が重なっていく。


「ミーちゃんにたべさせて?」


 そう言ってミーちゃんが私に近づこうとしたその時、私達を僅かに照らしていた夕暮れの光が消えた。



 いまだ!!


 

 お互いの姿が闇にのまれた瞬間、恐怖で絡れる足を懸命に動かし深い暗闇へと飛び込む。そのままの勢いで、複雑に重なる木々の合間を必死に駆け抜ける。

 

 今日は雲が多いおかげか月明かりが仄かに木々を照らす程度で、よほど近づかない限り互いの姿は見えない。


 私ほどの夜目が利かないかぎりは……。


 一歩先の互いの顔すら確認できない深い暗闇を、これほど心強く感じる日が来るとは思わなかった。


 振り返ればすぐ後ろに彼女がいるのではないか、という嫌な想像でこのまま振り返らず遠くへ逃げ出してしまいたい。だがそうはいかない…彼女をここで仕留めなければお母さんの元に帰ることはできないだろう。


 ある程度離れたところで、彼女が追ってきていないことを願いながら素早く茂みに身を隠す。おそるおそる周囲を伺うが、彼女の姿はない。


 彼女が真後ろにいる、という最悪の事態が避けられたことに安堵しながら先程私達がいた辺りを注意深く確認すると彼女の姿はまだそこにあった。


 彼女は何やら目を凝らすように細めながら、周囲をキョロキョロと見渡している。


「おねーちゃーん、どこなのー?」



 よかった、あの優れた能力に加えて夜目まで利いたらうつ手がなかった。この状況なら、飛んでくる矢が見えない暗闇の中なら、今度は当てられる!!



 念には念を、と少し涼しくなった夜風に木々がざわめく音に乗じて彼女の死角に移動する。

 上体を低くし、片膝立ちになり、静かに狙いを定めようと弓を構えた、その時だった。



 ミーちゃんの身体がぐにゃりと曲がったように見えたかと思った次の瞬間、輪郭が変化していく。


 何が起きているのかと脳が理解できていない中、ミーちゃんだったものは瞬く間に180センチはありそうな男の姿へと変化した。


 思わず悲鳴をあげそうになるのを唇を噛み締めグッと堪えたところで、目を疑う事態が起きた。



 男と、目が合ったのだ。



 そんなばかな……この暗闇の中、目が合うはずが……。



 永遠のように感じる静寂の後、男は一番聞きたくなかった言葉を口にした。


「みーつけた」


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