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逢魔時の邂逅  作者: もちまる
第一章 突然の旅立ち
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私の日常



 フローレア国ブロセアの森。


 強い日差しが森に降り注ぎ、じわりと滲み出た汗がゆっくりと頬を伝う。汗が地面に落ちる前にそっと拭った。

 ほんの僅かな気配すら悟られないように殺気を殺し、心音を鎮め、細く細く息を吐きながら一瞬の隙を窺う。


 ……。

 ……。

 ……。

 今だ。


 グッと息を止め、素早く構えた弓がしなり、矢尻が標的を定めた瞬間、右手を離す。

 矢は風を切りながら、獲物目掛けて真っ直ぐ飛んでいく。


 トスン。


 無事に獲物が倒れたのを確認し、堪えていた息を吐いた。


 よかった、お母さんの好きな兎を狩れた。


 ポケットに入れていた時計を取り出し時間を確認すると、時計の針はもうすぐ14時になるところだった。


「急がなきゃ」


 今日はこれからお母さんと町に買い物に行く予定だ。


 青々とした木々の間を小走りに進み続けると、森の中にひっそりと佇む、蔦で覆われた小さな家が見えてきた。


 そのまま家に駆け込むと、ちょうどお母さんがストールを首に掛けているところだった。


「お母さん、ただいま!!」

「おかえりなさい、レイラ。あら、兎をとってきてくれたの?それじゃあ今日は兎の香草焼きにしましょうか」

「やった!!」

「兎は任せて着替えておいで」

「うん!ありがとう」


 急いで家に入ると身支度を整える。

 汚れてしまったズボンからワンピースに着替えると、お母さんとお揃いの金色の髪をささっと手で整え、お母さんの元へ急ぐ。


 準備を整えた私を見て、お母さんは新緑の瞳を優しく細めた。


「お母さん、お待たせ!」

「早かったわね。行きましょうか」

「うん!籠、私が持つよ」


 そうして、私達は町へ向かって歩き出した。


 私達は町から離れた森の深くに、2人で暮らしている。


 森での生活には不便を感じてはいないが、自分達ではどうにも手に入らない食材もある。

 そのために、時折森で採った果実やきのこを町で売り、そのお金で町に買い物に行くのだ。


 今日は、明日の私の誕生日に使う食材を買いに久しぶりに町へ行く。


「最初にバターを買いに行きましょう。それから牛肉とワインと……」


 お母さんの口から出てくる食材の名前に心が躍る。牛肉なんて久しぶりだ。いつも私達が食べているのは鳥か兎、運が良ければ鹿。


 お母さんの作る牛肉煮込みは、スパイスの良い香りがして、口の中でホロホロとろける。

 誕生日ケーキは毎年ベリーとバタークリームのケーキと決まっている。これはお母さんがノーラお婆ちゃんから教わったケーキで、隠し味に特別なものが入っているそうだ。


 ノーラお婆ちゃんは、訳あって身重の状態で生まれ育った家を出てきたお母さんを助けてくれた恩人の1人だ。もう1人の恩人はトムお爺ちゃん。


 今私達親子が暮らしている森の家で、ノーラお婆ちゃんトムお爺ちゃんはずっと2人で暮らしていたらしい。


『お母さんがレイラを無事に出産できたのは2人のおかげよ。2人がいなかったら、私達親子は今生きていないかもしれないわね』


 私が10歳になる前に立て続けに2人が亡くなってしまった後も、事あるごとにお母さんは2人への感謝を口にする。


 いつも難しい顔をしているけど、物作りが得意で私に木の椅子やおもちゃを作ってくれたり、狩りを教えてくれたトムお爺ちゃん。

 いつもにこにこ穏やかで、私に森の植物について教えてくれた料理上手なノーラお婆ちゃん。



『レイラちゃん、3才おめでとう』

『ノーラおばあちゃん、ありがとう!!………おいしい!』

『美味しいかい?よかった。レイラちゃんにそう言ってもらえるとお婆ちゃん本当に嬉しいよ』

『しあわせだね〜。もう一つくださいな!』

『はいはい、どうぞ』

『ノーラさん!食べさせすぎですよ!』

『いいじゃないか、たまには。ねえ?』

『ねえ?』

『もう、トムさん味方してください!』

『……わしのも食べるか?』

『トムさん!!』



 もっとトムお爺ちゃんノーラお婆ちゃんと一緒にいたかった。


「お母さん、明日の約束覚えてる?」

「約束?ケーキの隠し味でしょう?もちろん覚えてるわよ」

「よかった!ついに長年の謎がわかる時が来るのね!」

「ふふ。結局、当てられなかったわね」

「難しすぎるんだよ」


 明日、私の16歳の誕生日にケーキの隠し味を教えてもらう約束になっている。

 町で同じようなケーキを口にしたことがあるのだが、ノーラお婆ちゃんのケーキとは何かが違うのだ。でもなぜかお母さんは「16歳になるまでは秘密よ」と言って教えてくれなかった。


「何かのハーブとかスパイスだと思うんだけどな〜。シナモンでもなかったし、ナツメグでもなかった。ローズマリーでもラベンダーでもなかったし……」

「さて、何かしらね〜。明日食べたらわかるかもしれないわよ?」

「そんなこと言って、結局去年もわからなかったもん」

「ふふ、そうだったわね。そろそろ街に着くわ。ちょっと待って」


 お母さんはストールを頭に被せ、鼻から下が隠れるように巻く。


「どう?」

「完璧!」

「よかった。じゃあ早く買い物を終わらせちゃいましょう」


 買い物を終わらせて家に帰り着く頃には、陽の光が和らぎ、心地よい風が吹いていた。


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