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逢魔時の邂逅  作者: もちまる
第一章 突然の旅立ち
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脱獄


 深夜。

 カマラさんの話を聞いた私は現在、領主の城塞内への侵入に成功し、城塞奥にひっそりと佇む目的の建物へどうやって忍び込むか思案していた。


 明日処刑が決まっている罪人を脱獄させようとしている私がここまで侵入できたことに安堵すると共に不安を覚える。果たして上手く脱獄させることができるのだろうか。


 身を潜めながら警備に当たる人達の話を盗み聞きし、跡をつけて見つけたのがこの建物。

 この中に、エヴァちゃんのお父さんがいるはずだ。


 建物の入り口を睨むようにじっと見つめる。

 当たり前だが見張りがいる。

 まずはあの入り口の見張りをなんとかしなければ……。


 私は覚悟を決め、そっと矢を構えた。



※※※



 壁に設置された蝋燭に火が灯され、ぼんやりとその周囲を照らしている。

 罪人を刑の執行まで拘留する建物の内部は想像していたより狭く、じめじめと嫌な湿気を肌に感じ、なんとも不快だ。


 足音を立てないように、慎重に廊下を進んでいく。現在ここに収監されているのはエヴァちゃんのお父さんだけ、という情報は間違っていなかったようだ。


 罪人を長く留めず刑を執行するまでの期間を極力短くする、というここの領主の考えに則り、処刑以外は即日執行されることもあるというのも本当らしい。

 いくつかの空の牢獄を通り過ぎたところで、ふと人の気配を感じ足を止める。


 数メートル先の檻の中に人がいる。

 情報が間違っていなければ、エヴァちゃんのお父さんのはずだ。


 檻の中を伺うために壁に背をつけると思いの外ひんやりした壁の冷たさを肌に感じて鳥肌が立った。

 鳥肌が立つ腕を静かに摩りながら檻の中をそっと覗くと、大きな人物が座っているのが確認できた。

 


『エヴァちゃんのお父さんの特徴?身長は190を超える大男だよ。縦にもでかいが筋肉もついてるからとにかくこう、でかいんだ』



 探していた人物を目にし、思わずごくりと唾を飲み込んだ。


 上手く説得できるだろうか…もし失敗したら…?

 いや、躊躇している暇はない。先程気絶させた見張りがいつ目を覚ますかもわからないのだ。

 

 私は一度深呼吸をしてから意を決して声を掛けた。


「アイザックさん、あなたを助けにきました。どうか静かに聞いてください」

「……助けだと?誰だ?」


 私は顔を上げたアイザックさんの前に姿を見せた。


「私はレイラといいます。アイザックさん、カマラさんをご存知ですよね?カマラさんから、アイザックさん達に起きた出来事を聞きました」

「……」


 乱れたダークブラウンの髪の隙間から、こちらを見定めようとする鋭い目線を向けられて身がすくむ。

 両腕を後ろで縛られている様子だが、それでもなお全身の毛が逆立ち痛みを覚えるほどの威圧を感じる。


「何を聞いたってんだ」

「エヴァちゃんが行方不明になったこと、その後にエヴァちゃんが戻ってきたこと、そして、その日にサーシャさんが殺されたことです」


 私がそこまで言うと、アイザックさんはギリギリと、こちらに聞こえて来そうなほど歯を食い縛り、憎々しげな表情で睨みつけてくる。


「続きはこうだろ?警察は妻を殺した夫を捕まえた、その夫は明日処刑される」

「はい、でもあなたはサーシャさんを殺していない、そうでしょう?」

「ああ、そうだ。俺じゃない、あいつが、俺の、俺の娘の姿をした化け物がやったのに!!あいつらは信じちゃくれなかった!!サーシャの仇をとらねえといけねえのに、エヴァを探さねえといけねえのに……エヴァ、本物のエヴァはどこにいっちまったんだ」


 厳つい顔をした大男が泣き崩れる姿に胸が締め付けられる。

 だが、私はエヴァちゃんに起きたであろう事実を伝えなければならない。


「エヴァちゃんがどうなったのか、知っています」

「……なんだと?なんでお前が知ってんだ!!」


 アイザックさんは両腕を縛られたままガバっと立ち上がると、その勢いのままこちらに近づいてきた。


「エヴァは、エヴァはどうなったんだ?!無事なのか?!」

「アイザックさん、エヴァちゃんは……エヴァちゃんは亡くなっています。いつ亡くなったのかはわかりません。でも行方不明になって戻って来た時には、すでにエヴァちゃんは亡くなっています」

「嘘だ!!嘘をつくんじゃねえ!!エヴァが、エヴァが死んでるなんてことがあってたまるか!!まだ3歳なんだ…きっとどこかで迷子になってるだけに決まって…」


 アイザックさんの怒りに満ちた表情が、一瞬で毒気を抜かれたような表情に変わった。


「なんでお前が泣いてんだ」

「…す、すみません…泣きたいのはアイザックさんですよね…奥さんが亡くなったばかりなのに……。大切なお子さんが亡くなったなんて、一番聞きたくないことですよね」


 込み上げてくる涙を必死に拭う。アイザックさんはそんな私の様子をしばらく黙って見ていた。


「……エヴァが本当に死んでるなら、なんでお前が知ってるんだ。エヴァが死ぬところを見たのか?それともエヴァの死体を?」


 私は激しく首を横に振った。

 アイザックさんは、ますます訳のわからないといった様子だ。


「アイザックさん、戻って来たエヴァちゃんが奥さんのサーシャさんに馬乗りになっているところを見たんですよね?」

「ああ、そうだ。馬乗りになって、ナイフでサーシャを楽しそうに刺してやがった。あんなの、エヴァじゃねえ、エヴァの姿をした化け物だ」

「その通りです、アイザックさん。サーシャさんを殺したのはエヴァちゃんじゃありません」


 アイザックさんはハッとした顔で私を見つめる。


「信じてくれるのか?」

「はい、信じます。あなたはサーシャさんを殺してないし、エヴァちゃんもサーシャさんを殺していません」


 アイザックさんは力が抜けたようにその場に座り込んだ。

 私もアイザックさんの顔が見えるようにしゃがみ込み、話を続ける。


「アイザックさん、確かにサーシャさんを殺したのはエヴァちゃんじゃありませんが、その子の見た目はエヴァちゃんそっくりだったんですよね?」

「ああ、ああそうだ。見た目はエヴァそっくりだった」


 アイザックさんは自分に言い聞かせるように何度も頷きながら答える。


「それが、私がエヴァちゃんが亡くなったとわかる理由です。信じられないかもしれませんが、この世界には人間を体内に取り込んで、その人間に変身する生き物がいます」

「……」


 そんなの嘘だろ、という言葉を浴びせられるのを覚悟していたが、予想に反しアイザックさんは黙って私に続きを、と促した。


 そこから昨日の悪夢のような出来事を私が話し出すと、驚きながらも最後まで話を聞いてくれたアイザックさんは、顔をくしゃくしゃにして泣き出した。


「なんだよそれ、誕生日にそんなことが……。辛かったな、辛かったな、まだ辛いよな」


 ボロボロ涙を流し声を震わせながら掛けられた優しい言葉に目の奥が熱くなった。


「アイザックさんこそ…まだ娘さんと奥さん、2人も亡くされるなんて、その上冤罪までかけられて……」


 2人で泣きながらお互いを労わっていたところで当初の目的を思い出した。


「アイザックさん、このままだと明日には処刑されてしまいます!」

「ああ、でも警察はこんな話、信じちゃくれねえ。くそっ!!エヴァとサーシャの仇をとらなきゃなんねえのに!!」

「アイザックさん、ここから出られたら仇討ちに協力させてもらえませんか?その代わり、私の仇討ちにも協力して欲しいんです。エヴァちゃんとサーシャさんを殺したヤツと私の母を目の前で殺したヤツが同一個体なのかはわかりませんけど、同じ種族なのは間違いないと思います」


 何となくだが、同一個体ではない気がする。


「取り込んだ人間に変身が出来て、怪我を負ってもすぐに治る、そんな種族を相手に戦うには仲間が必要なんです」

「そりゃここから出られんなら、仇討ちは願ってもねえことだし、お前の仇討ちにもいくらでも協力するけどよ」


 そう言いながらアイザックさんは後ろ手に縛られた腕を私に見せる。


「さすがにこれじゃあな」

「私に任せてください!!ほら!!」


 そう言うと、私は鍵をポケットから取り出した。


「お前それ…」

「見張りから奪っ…お借りしてきました」

「どうやって…」

「詳しくは無事脱獄できてから話しますから、今は急ぎましょう!」



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