エピローグ
眩しい光が降り注ぐ。
目をつぶっていても、朝が来たのだと分かる。
でも瞼が重くて、目が開けられない。よく眠ったのに、心なしか体も重い。
そこまで考えて、ハッとする。
手術……
なんとか目を開けるが、眩しくて目を細める。
「ローズ!」
ディート様の声で一気に覚醒した。
白い壁と天井。独特な薬の匂い。指に刺さったままの管。
私、助かったんだ……
「……ディート様」
「よ……良かった……医師が峠は越えたって言ったけど、麻酔のせいで全然起きないし……ずっと不安で……」
その時、ディート様の目から涙が零れ落ちた。
ディート様の泣いているのは、初めて見る。
心配をかけてしまった……
こんな場面なのにキュンとしてしまい、思わずニヤけそうになり、口元を引き締めた。
「良かっ……た。ローズ……」
肩を震わせながら涙する姿を見て、じわりと胸が温かくなる。その時に、ディート様の目元の隈に気付いた。手術の前より更に酷い色に目が行く。
もしかしたら心配して寝ていなかったのかもしれない。
「ディート様……」
手を伸ばそうとしたら、その手を優しく握られた。
「痛い場所や苦しいとかはない?」
「ないです」
「ありがとう。頑張ってくれて。ありがとう……俺の所へ戻ってきてくれて……ローズも怖かっただろ……本当に……本当に良かった……」
泣きながら手を握られて、ようやく実感する。
こんなに喜んでくれるなんて……
心から私の事を大切に思ってくれていた……
言葉でたくさん伝えてくれて、分かっていたつもりが、ディート様の涙で胸がいっぱいになる。
つられて泣いてしまうと、ディート様が指で涙を拭ってくれた。
ディート様の手、温かい……
「いいえ。ディート様が……一生懸命探してくださったお医者……様だったので、安心して、いました。きっと……手術前のおまじない、のキスが良かった……んですね」
嗚咽を堪えながらそう話すと、ディート様は涙を拭い、笑い出した。安堵の表情を見て、私までほっとしてしまう。
「そうか。じゃあ、恥ずかしかったけど、頑張った甲斐があった。もう一回しても?」
ダークブラウンの瞳が涙でキラキラしている……
見惚れていたら、答える前に唇が重なった。
角度を変えて、何度もされるキスにうっとりする。
「大好きです、ディート様」
「うん。俺も……」
心を通わせるキスは幸せで、涙が止めどなく流れた。
✳✳
あれから、ゆっくりと時間が流れた。
──ディート様はずっと優しい。
『世界一の優しい旦那になる』
私を迎えに来てくれたあの日から、その誓いはずっと守られている。
通院や検査入院はいつも付き添ってくれるし、私より医師の話を熱心に聞き、毎回メモまで取っている。
食事療法も自ら調べ、薄味で質素な食事を少しでも楽しめるようにと、わざわざ厨房に入り、料理経験のないディート様が料理長に習いながら、野菜を星やハートに切ってくれたと聞いた時は、大泣きをした。
適度な運動が体に良いと言われれば、忙しい時間を縫って、毎日、朝夕の散歩に付き合ってくれ、夫婦の時間も増えている。体力が戻ってからは、ピクニックやショッピング、観劇、夜会も連れて行ってくれた。
畑の収穫や料理もやってみた。ディート様は意外と不器用で一緒に笑いながら──
優しい旦那様が尽くしてくれたお陰か、術後の回復も目覚ましく、半年が経つ頃には、以前と変わらない生活が遅れるようになった。
好きな物を食べたり、カフェでデートしたり、毎日が楽しくて仕方ない。生まれて初めて山登りにも挑戦し、星を見に行ったりもした。前よりずっとアクティブに体を動かしている気がする。
「今日、仕事で街へ行ったら、花屋を見つけたんだ。君に……」
ディート様からバラの花束を受け取った。ピンクと赤のバラを白のかすみ草が引き立てている。
「素敵……」
何でもない日の贈り物が嬉しい。
誕生日や記念日も毎回、素敵なサプライズを準備してくれ、一緒の時間を大切にしてくれた。
あの日、ディート様が迎えに来てくれなければ、運命は違ったかもしれない。
もし一人で手術の約束ができなかったら──
手術を受けたとしても、違う医師だったら──
考えると今でも怖くなる。
ほんの少し、何かが欠けていたら、私は今、ここにいなかっただろう。
だから私は忘れない。
命の尊さを──
ディート様のくれた『奇跡』を──
✳✳
「ローズ。疲れたから、膝枕して」
執務室で仕事中のディート様にお茶を届けようとしたら、前触れもなく、そう言われた。
まだ返事もしていないのに、ソファへ移動してしまい、笑ってしまう。
ディート様は意外と甘え上手である。
でも、そういうところも好き……
いつも格好良くて、頼り甲斐があって、しっかりしているディート様が私にだけ見せる姿。
嬉しさが隠せずに笑ってしまうと、ディート様も目を細めている。
「もー。うちの旦那様は甘えん坊ですね」
「俺は普段、外で頑張ってるから、いいんだ」
「ふふ、どうぞ」
隣に座り、ポンポンとスカートを叩くと、ディート様が体を傾けてきた。
膝に重みがかかるけれど、それすらも愛しい。艷やかな栗色の髪を撫でるのも私だけの特権。
「ローズからキスしてくれたら、この後の仕事も頑張れそう」
ちらりと上目遣いで見られ、心の中で悶える。
格好良いのに、なんだか最近、可愛い……!
ディート様はキスが好きみたい。私も大好きだけれど。
「膝枕をしているから届かないです」
澄ました振りで告げれば、笑顔が返ってきた。
「頑張れ」
「頑張っても届きません」
きっぱりと告げると、ディート様が少し体を起こしてきた。
「ローズ」
甘く囁かれてしまえば、もう私の負けである。おまけに手まで握られて、陥落寸前。
ディート様は二人きりの時だけ、声が甘くなる。
私しか知らない旦那様の甘い声……
急に恥ずかしくなって目を伏せると、頬を撫でられた。
「……」
「そんな可愛い顔、しないでくれる?」
今、私はどんな顔をしているのだろう。
弄ぶように、髪を弄られ、口を開く。
「大好きです……」
触れるだけのキスをしたら、ディート様の目が甘く蕩けている。
そっと抱きしめられ、ディート様の背中に手を回した。
髪を撫でられるのも抱きしめられるのも、幸せ……
「愛してるよ、ローズ」
幸福の中で目を閉じる。優しいキスに身を任せた。
『好き』
『愛してる』
その言葉が私を幸せにしてくれる。
幸せ過ぎて、目眩がしそう……
これからも毎日を大事に過ごしたい。
明日、伝えればいいなんて、後回しにしないで、自分の気持ちを言葉で態度で伝えよう。
言い合いになっても喧嘩をしても、迎えに来てくれた、あの日をずっと忘れない。
「私も愛してます、ディート様」
私の心に永遠を誓う。
溢れる愛を言葉にしながら──
【END】
ブックマークや星の評価、ありがとうございました!
日間、現実世界、恋愛、完結済で2位を頂きました♡
とても励みになりますし、嬉しいです。
ジャンルは異世界と迷ったのですが、転移や魔法、特殊能力等もないので、現実世界にしました。
手術、病院のワードが多く、ファンタジーとも言い難く…
少しでもお楽しみ頂けましたら、幸いです。
【追記】
日間週間1位、月間6位を頂きました!
感謝を忘れず、精進して参ります。
ありがとうございました。
ムーンライトノベルの方では色々な小説を書いています。
商業でBLも小説やコミカライズを出して頂いたので、ご興味のある方は、是非ご覧ください。




