調査報告書:ロンダール迷宮を取り巻く現状について
「おかえり。待ってたぜ、ジャスパー」
「待たせてすまないね、ヨス」
ロンダール迷宮伯の執務室にて。部屋の主よりも室内でくつろぐ迷宮騎士団長の姿があった。先程王都より戻ったばかりの迷宮伯はそんな彼の姿を咎めることもなく、向かいのソファに座った。
迷宮伯である彼を"ジャスパー"とファーストネームで呼ぶことを許す間柄だ。
元々ヨスとジャスパーは王国騎士団時代からの付き合いだ。三十年以上もの付き合いのある彼とは互いに剣の腕を磨いた戦友であり、数少ない親友である。故にこの程度では咎めることはないが、トラヴィスがいたら小言の一つは言っただろう。
「昼間はご苦労様。おかげでアキナイ君とは有意義な話ができたよ」
「これくらい騎士の仕事として当然のことさ」
ワインを注いで渡せば、ヨスはそれを受け取る。
窓の外はすでに陽が落ち真っ暗だ。晩酌に付き合いながら、ヨスは護衛中のことを報告した。
「帰り際も何事もなく終わったぜ」
「それは良かった」
ワインはコンビニ【スマイルストア】から仕入れたものだ。先程の会談中に、他の品々も見せてもらい、迷宮伯が個人的に買ったものだ。
自分の目で見て買い物をしてみたいと願っていた迷宮伯にとって、先程の時間は実に待ち焦がれたものであった。
「先日、うちの飼い猫が捕まえてきたネズミ二匹はどうした?」
「全然、尋問しても大したことは分からなかったよ。オルウェイから追放処分にして外に放り出した。泳がせてはみるが……」
「ま、何もないだろうね。どうせ金で雇われた探索者だろうから」
迷宮伯はワインを一口飲んだ。この世界の物とも引けを取らない赤ワインの芳醇な香りと味が口に広がった。
「どこの連中だと思う?」
「さぁね。候補が多すぎて分からないや。……今やロンダールは……あのコンビニは世界の注目の的だからね」
疲れたように嘆息しながら迷宮伯はワイングラスを机に戻した。
「王都の貴族たちは相変わらずだったか?」
「ああ、相変わらず二分していたよ。コンビニの商品の規制をなくし、国中に流通させるべきだ! と主張する規制廃止派と、それに反対する保守派に別れてるね」
現在コンビニの商品はロンダール以外には出回っていない。何故ならロンダールからの持ち出しが禁止されている。迷宮街オルウェイから出る時に厳しい荷物チェックをされ、持ち出そうとした者には罰則が与えられている。
それを指示したのは当然、ロンダールの領主たる迷宮伯であるジャスパーだ。彼は当然保守派である。
そんな迷宮伯に対して規制廃止派は説得を試みたり、根回しをしたりと動いている。迷宮伯は規制廃止派の貴族たちからの説得を避けつつも、彼らの行動には注意深く目を光らせたりしなければならなかった。
迷宮伯は日々忙しいのはこの対応のためであった。
「今のところは保守派が優勢で現状維持だ。国王が慎重な方で良かったよ。あのアーヴィング侯爵家もこちら側だしね。それに君の実家も」
「ヨーク辺境伯か? 兄貴たちは単純に内側で混乱が起きてほしくないだけだろうよ」
「ふーん。……何か連絡あった?」
「……ちょっとばかし。何か軍部で使えそうなものがあるか? とは聞かれた」
「ああ……」
探索者たちの戦力を増強・補助したコンビニの品々は軍だって欲しい物だろう。
実際のところ……保守派の貴族の中でもコンビニへの興味は尽きていない。誰だって喉から手が出るほどに欲しがっている。異世界からの物を狙っている。虎視眈々と機会を伺っているのだ。
「あーもう、面倒くさいねぇ……!」
「大丈夫か?」
「大丈夫に見えるかい? 出来るなら代わって欲しいくらいだよ」
「悪いがそりゃ無理だな」
これからのことを考えると胃がキリキリとしてきた。せっかくのワインも一口飲んだだけでそれ以上は飲める気がしなくて、迷宮伯はヨスにグラスを渡した。
「あのコンビニが現れたのがまだ我が国のロンダール迷宮でよかったと言うべきかな。これが小国や国境近くの迷宮に現れていたら、隣国から攻められていたところだよ」
国内の貴族も面倒だが、もっとも注意すべきは周辺諸国だ。
アスメリア王国は大国だ。その中でロンダール迷宮は国内の中央近くに位置している。現在まで大きな争いもなかったのは大国の中にあったからに過ぎない。
これがもし小国や国境にあれば、隣国から攻められていた。ただでさえ迷宮の存在はその迷宮資源を巡って火種になる。それに異世界からの店まで加わるのだから。
もうすでに周辺諸国もコンビニの存在を知り得ているはずだ。人の口に戸は立てられない。ロンダールを出た探索者などが噂を広めている。
「まぁ迷宮の外に関しては引き続き私たちがなんとかするから、君らは内側のことを頼んだよ」
「承知しました」
酒に酔いながらも、しっかりとした騎士の礼をして返したヨスに、迷宮伯は疲れた顔をしながらも微笑んだ。




