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70.ロンダール迷宮伯

「……わぁ」


 ロンダール迷宮伯の邸館を前に僕は驚き過ぎて言葉を失った。想像していたよりも立派な屋敷に、綺麗に整えられた庭園。絵に描いたような貴族の屋敷がそこに広がっていたのだ。


 そんなお伽話に出てきそうな景色に似合うのは馬車だろうが、生憎と僕が乗ってきたのは移動販売車だ。

 この景観に不釣り合いな黄色い軽トラを進ませ、屋敷の玄関前で止まった。


「やぁ、よく来てくれたね!」


 柔和な笑みを浮かべた金髪の男性が僕たちを出迎えた。

 紳士然としたナイスミドルなその人は車を降りた僕の方にやってくる。

 側にいた騎士たちが一斉に騎士の敬礼をした。あのアイリスさんやヨスさんまでしていた。

 ヨスさんは敬礼を済ませるとその人の隣に立った。


「ハジメ、この方がロンダール迷宮伯だ」


「初めましてだね。君とはずっと会ってみたいと思っていたよ」


「は、初めまして! お噂はかねがね伺っておりました! スマイルストア、ロンダール迷宮店のオーナー兼店長をしております。春夏冬(あきない) (はじめ)と申します……!」


「アキナイ君、そんなに畏まらない大丈夫だよ。ほら、普段通りでいいから。そこの騎士たちも」


 側に立っていたヨスさんが、ほら言った通りだろうと言わんばかりの顔していた。

 確かに、毒気が抜けたというかなんというか。想像していたよりも親しみやすい人みたいだ。


「さぁさぁ、庭園でお茶を飲みながら語ろうじゃないか!」


「でしたらこちらを……つまらないものですが」


 ちゃんと菓子折りを用意してきた。コンビニでも挨拶用に丁度いい、ちょっとお高い箱詰めのお菓子。今回はクッキーの詰め合わせにしておいた。


「全然つまらない物じゃないじゃないか! あぁ、嬉しいね! 君の店のものはどれもおいしいから、私もすっかりハマってしまってね」


「ロンダール迷宮伯様もうちの商品を食べたことがあるんですね」


「もちろん。執事に頼んで買ってきてもらうくらいにはね」


 執事の方を見れば、確かに店舗で見たことがある人だった。あの人、迷宮伯の執事だったんだ……。


 ロンダール迷宮伯はクッキーを受け取って上機嫌なまま、僕たちを庭園まで案内した。庭園にはすでにテーブルや椅子がセットされていた。

 僕が移動販売車の近くにいないと翻訳魔法を受け取れないため、こうして屋外での歓談となったのだ。


「さて、まずはロンダールの領主として、君と君の店に感謝を述べよう。君たちの存在がなければ迷宮の攻略は進まず、停滞していた。この半年もの間に第八層が攻略され、すでに第十二層まで到達した。これはロンダール迷宮の歴史の中でも驚異的な攻略速度だ。いや、もしかしたら他の迷宮と比べても早いかもしれない」


「そ、そうなんですか?」


「そうなのだよ! 君と君の店である【スマイルストア】のおかげだ。本当にありがとう」


「いえ……むしろ突然現れた僕と店舗に営業許可を下さったのは迷宮伯様です。それだけでなく、警備として迷宮騎士団の方々を派遣してくださったり……僕がこうしていられるのは迷宮伯様のおかげですよ」


「ははは……君はこの世界にとって神が呼んだ大事な賓客だからね。話には聞いていたけど……君は突然こちらの世界に転移してやって来たんだろう?」


「ええ……」


「我が世界の神が迷惑をかけてしまったね。それについては申し訳ない」


「……驚きました。神の代わりに謝るんですね」


「私自身はそこまで信心深くないものでね」


 あまり大っぴらには言えないけど、と茶目っけたっぷりにロンダール迷宮伯が言った。

 正直、本当に驚いた。この世界の人々は神の存在を信じ、信心深い者が多い。この迷宮だって神の奇跡がもたらしたもので、神からの贈り物だと言われていたはずだ。それなのに、その迷宮の領主は信心深くはない様子。


「君だってそうは思ってないだろう?」


「ええ、まぁ……元々僕の国では信心深い人ばかりとは言えなかったですし、僕もそうです。この世界に来てからはさすがに神様の存在は信じるようにはなりましたけど」


「私もそんな感じさ。確かに神の存在は信じている。もたらす奇跡に感謝することもある。ただ神の全てを妄信的には信じていないのさ。――だって、異世界から君を拉致してくるような神だからね?」


「……ご主人様、さすがにそれは言葉が過ぎます」


「ああ、すまない。今のは忘れてくれ」


 ロンダール迷宮伯は執事に注意されていたけど……。

 ……やっぱりこれ立派な拉致だよね? 僕もちょっと思ってた! ロンダール迷宮伯とは話が合いそうだ!


 まぁ、完全に拉致とは言い難いけど。一応僕もオーナー希望はしてたし……。それがまさか事前相談もなしの、異世界の店舗オーナーとは思わなかったけど。やっぱりこれは拉致では?


「アキナイ君、君は元の世界に帰りたいかい?」


 ロンダール迷宮伯の表情が真面目になった。柔和な笑みは変わらないのに。思わず僕も居住まいを正した。


「……そうですね。いつかは帰りたいとは思います」


「いつか?」


「はい。確かに突然飛ばされてきましたが、やるべきことがあるから、ここに来たのだと思っています。それが終わるまでは帰るつもりはないですね」


 僕はコンビニ【スマイルストア】のオーナーとしてやってきた。ココさんの言葉を借りるなら運命に選ばれてやって来たわけで。


 それに迷宮攻略の大変さを直に見て来た。今コンビニがなくなれば、探索者たちは苦労するのが目に見えている。……最悪、命を落とすことだってあるだろう。中途半端にこの仕事を投げ出すつもりはない。


「そうか……」


 迷宮伯は目を細めながら、カップに一口付けた。この世界の茶葉で淹れた紅茶を飲んでから、再び口を開いた。


「もし、君が今すぐにでも帰りたいと言っていたなら、私はコンビニの営業許可を取り下げ、以降この迷宮においてコンビニ商品の使用禁止を言い渡していたところだよ」


「な、なぜですか……?」


「そもそもの原因は我々が不甲斐ないからだろう。我々は迷宮の攻略に時間がかかり過ぎていた。探索者の誰かが神に祈ったか、もしくは神が不甲斐ない我らに痺れを切らしたか……その両方かもしれない。とにかく理由はなんであれ、迷宮の攻略を楽にする為の手段として、君と君の店がこの世界に呼ばれたのだと、私は思うよ」


「それは……僕も薄々と感じていましたが」


「だからこそ、君と君の店の存在を"必要ない"と我々が拒否すれば、君を元の世界に帰すことができるかもしれない……と思ったのだよ」


 た、確かそうなのか? 必要とされて呼び出されたのなら、それは必要がないと断ればいい。


「でも、それは今しなくてよさそうだね。君はその使命を受け入れたわけだ。この世界でやるべきことが終わるまで帰るつもりはないと言ってくれた。いやー、良かった!」


「はは……そうですね」


 ……あれ? もしかして意外とすんなり帰れたかもしれないの!?

 いやでも、まだ帰るつもりないからいいんだけど。うん、本当本当。

 まぁ、手段が全くない訳じゃなさそうだし、そこはちょっと安心したかな? この手段で本当に帰れるかどうかの保証はないけど。


 迷宮伯は拒否すればいいとは言ったけど、たぶん全員が全員その意見に賛同するとは限らないだろうから。……賛同しなくても、迷宮伯ならねじ伏せそうだと思ったけど。


「このクッキーおいしいねー。ヨス君とアイリス君も食べるかい?」


「お、もらっていいのか?」


「良いのですか?」


「ダメに決まってます!」


「トラヴィス君は相変わらず真面目だねぇ」


 今もニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべながらクッキーを頬張っているおじさんだけど……この人やっぱり油断ならない人だ。でも良い人ではあるんだ。僕のことを最大限気遣ってくれているから。

 そうじゃなきゃ、僕を元の世界に返そうだなんて言わないはず。異世界技術が盛り沢山な便利なコンビニを手放すことにもなるんだから。


「君の意思を確認できてよかったよ。……これで心置きなく頼み事ができる」


「頼み事ですか?」


 だからこそ、僕はこの人の頼み事を聞いてみようと思った。


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