66.そこまで優しい世界じゃないけど
「アキく〜ん、君ばっかりいい空気吸ってないでこっちこい〜」
「なんですかベルナールさん……てか酒くさっ! どんだけ飲んだんですか!?」
アイリスさんとロウシェさんと話していたら酔っ払ったベルナールさんに肩を組まれ、そのまま引きずられるように、ジャックライダーの皆さんがいるところまで連れて行かれた。
「あら、ベルちゃん。邪魔しちゃダメじゃないの〜」
「うるせぇ! なんか許せなかったんだよ! 女の子に囲まれてるのがよぉ!!」
完全に酔っ払ってるし、だいぶ面倒な絡まれ方されてる……。
「前にもいいましたけどそういうのはないですって」
アイリスさんと一緒にいるのは護衛として世話になってるだけだし、ロウシェさんとは仕事の取引先だし……。前よりは仲良くはなったけど、友人としての範囲内だ。それ以上はない。
「本当かよ〜?」
「そうですよ。大体僕には彼女の一人も出来たことないですし」
高校時代も大学時代もバイトに明け暮れてしまったからそういった出会いとは無縁だった。まぁあの当時は自分のことで精一杯で余裕がなかったのもあるけど。
「えっ、マジか……オレと同じかよ」
「えっ、同じってベルナールさんも……」
ベルナールさんって見た目がチャラいから彼女の一人や二人いるものだと思ってだけど、まさかの年齢=彼女なしの人だった!
ちなみにチャラいのはモテるためだったらしい。それ逆効果じゃないですかね……?
「いやいや昔がどうあれ、今は違うだろが!」
「……あの、もしかしてベルナールさん、あの二人のどちらかが好きなんですか?」
「それはない!」
……すごい速さで即答された。
「いいか! オレの好みは清楚で可愛らしくて、守ってやりたくなるようなか弱い女性なんだよ! しっかり自立してるような子とか、気が強い子とか好みじゃないし、ましてやアイリスさんに至ってはクソ強いし、何よりあの鬼のヨス団長がいるからそんな考えにも至らねーよ……!!」
「そ、そうなんですか……」
真っ赤にしていた顔を青くさせながらベルナールさんが言う。どんだけヨスさんのこと怖がってるんだ……。
「昔からヨス団長には世話になっていたんだ。探索で無茶するたびに怒られたりしたものだよ」
補足するようにデイヴィッドさんが教えてくれた。デイヴィッドさんたちが探索者として活動してから十年以上経つそうだけど、ヨスさんとはその頃からの付き合いらしい。
「アイリスさんのことも昔から知ってるけど、俺たちにとっては親戚の子みたいな感じだな」
「アタシたちが初めて会った時はアイちゃんが二歳くらいの時かしら? 今でも覚えてるわ、とっても可愛かったわ〜」
デリカさんがうっとりした様子で語れば、隣でカイオスさんが静かに頷いていた。
「そんな昔からの知り合いだったんですね……全然知らなかったです……」
「ああ。アイリスさんが迷宮騎士になる前は剣の稽古もしたりしていたな」
「えっ、じゃあ、アイリスさんの剣の師匠ってデイヴィッドさんだったんですか?」
「師匠って程でもないさ。ヨス団長が教えてくれないと言うから、俺たちの方に頼み込んで来たんだ」
あとでヨス団長にバレて怒られたけど、と昔を懐かしむように語ってくれた。何でも当時はヨスさんはアイリスさんが剣を持つことには反対していたらしい。
娘を持つ親として危険なことはさせたくなかったみたいだ。
最終的にはヨスさんのほうが折れて、アイリスさんの剣の稽古を見ることになったという。どんどんと実力を上げていく彼女を前に、ヨスさんはもう何も言えなくなったみたいだ。
「最初に手合わせした時からアイリスさんには剣の才能があると思っていたが、まさかここまで成長するとは。先日も手合わせをしたんだが、俺は吹き飛ばされてしまったよ」
自分が負けたにも関わらず爽やかに笑いながら、デイヴィッドさんはそう言った。
「よく言う。致命の一撃はきっちりと防御していただろうに」
アイリスさんがかにめしおにぎりを片手にこちらまでやってきた。ロウシェさんは商会の人に呼ばれて別れてきたらしい。
「今日の共闘でも思ったけど、君が探索者じゃないのが惜しいよ」
「何度も言わせないでくれ。私は迷宮攻略より迷宮騎士として治安を守ることを優先したいんだ」
デイヴィッドさんが残念そうに肩をすくませた。答えは分かりきっていたみたいだけど。
「あのー、すみません」
そんな風に彼らと話していたら五人組の探索者がやってきた。面々を見るに昨日アイリスさんたちに助けられたパーティの人たちだ。
「昨日はありがとうございました! おかげさまでこの通り、仲間も生き返りました!」
昨日は背負われていた人が前に出て頭を下げた。本当に生き返っている……。こうして元気な姿を見られて安心したけど、若干驚きのほうもあった。
人生の中で死体を見る機会なんてそうそう無いだろう。これに関しては人によるかもしれないが、少なくとも僕の場合はこの世界に来るまでに見たのは婆ちゃんの最後の姿くらいだ。次に見たのは深夜営業の時で、その次が昨日である。
その中で死体だった人が生き返った姿を見たのは今回が初めてだ。この世界には蘇生魔法があると聞いていたけどいまいちピンと来てはいなかった。しかし、実際に実例を見せられると、納得するほかない。
「それは良かった。記憶の方は大丈夫だったか?」
「はい! 記憶は数時間しか飛ばなかったです。救助が早かったおかげですね、本当にありがとうございました!」
……うん? 記憶が飛ぶ?
デイヴィッドさんと探索者たちの会話に僕は首を傾げた。まさかと思いつつ、僕は恐る恐る聞いてみた。
「あのー……記憶が飛ぶってどういうことですか?」
「ああ、アキは知らないのか。一度死んでから生き返るまでに時間が掛かると記憶障害を起こしてしまうんだ」
「そんなデメリットがあったんですか!?」
いやでも、生き返るんだからそれくらいのデメリットがあって当然か……。
さらに詳しく教えてくれたけど、死んですぐに蘇生された場合はないらしい。だけど死んでから三十分を過ぎたあたりから記憶障害を起こすという。
死んでから数時間以内であれば死ぬ直前の記憶が数時間分消えていき、二十四時間を超えると一日分、人によっては数日分消えてしまう。ゲームに例えるなら経験値を失うようなものだろうか?
原因は遺体の損傷具合だとか、脳に血が巡らなくなったことによるものだとか、遺体から魂が離れてしまったことによるものだとか色々と説があるらしいけど、とにかく蘇生に時間が掛かれば記憶はどんどん抜け落ちていくそうだ。一部の記憶のみが欠落する場合もあり、これは人にもよるという。
中には完全に記憶喪失になってしまうケースもあるようだけど、このケースは稀だと言う。何故ならその頃にはもう遺体の腐敗などで損傷しすぎて、蘇生できない場合が多いからだ。
「そんな青い顔をするな、記憶を失っても命は助かるんだから」
「いやまぁ、そうかもしれませんけど!」
デイヴィッドさん、そんな笑顔で言わないでくださいよ。他の探索者たちにとっても日常茶飯事なのか、特に気にした様子はない。嫌な日常茶飯事だな。
「そんなリスク負ってまでよく探索者続けていますね……」
「ハジメ殿、こいつらの説得は諦めた方がいい。そういうことは散々と言われてきたような奴らだ。大体、過去に一度全滅しているにも関わらずな」
「ぜ、全滅!?」
「あの時はヨス団長とアイリスさんたちに大変世話になったよ」
「あの時はマジで終わったかと思ったなー」
そんな昔のちょっとした失敗について笑い話のように話さないでください……。アイリスさんもこれにはやれやれと苦笑していた。全滅した彼らを助けたのはアイリスさんたち迷宮騎士団だったという。
最近はコンビニのお陰で全体の死亡率は下がっているとはいえ……今日のようなことはある。
命が大事であればリスクの少ない上層で迷宮素材となるモンスターを狩れば生活には困らない。
現在の最下層まで到達している攻略組の探索者たちは、そんなものは百も承知で来ている。すでに覚悟が決まった者達ばかりだということを今更ながらに思い出した。
「ま、そういうことだ。アイリスさんが迷宮騎士であることを辞めないように、俺たちも探索者を辞めることはないな」
探索者と迷宮騎士。迷宮を攻略する者と迷宮内の安全を守る者。デイヴィッドさんたちは迷宮を攻略し、新たな資源を発見していくのを目標にしている。この生まれ育った街の発展の為に。
そしてアイリスさんはそんな彼らの安全を守る役目である。いくら強者であっても、倒れることはある。最下層までくる探索者たちが倒れた時、それを助けられるのは同じ実力者か、場合によってはそれ以上の強者でなければ救出は難しいかもしれない。
実力がありながら探索者をしないアイリスさんは、そういうもしもの時の切り札としての役目もあるのだろう。
そんな人たちに囲まれている僕は……彼らを支える商売人といったところか。立ち位置としてはロウシェさんと同じだ。道中の食料から生活用品、攻略に必要な小道具まで。彼らの生存に繋がるものを提供している重要な役目だ。
今後とも彼らの為にも、コンビニ【スマイルストア】を営業しなければいけないな、とそんな思いが強まった。




