65.カニ尽くしパーティ
巨大蟹の大量発生が起きた翌日。
二号店の前ではその後片付けで騒然としていた。
討伐された巨大蟹の死体の山と、それをテキパキと解体していく探索者たち。巨大な蟹を解体していく光景は元の世界で言うマグロの解体ショーのような面白さがあってついつい眺めていた。
解体された蟹はその場でクローバー商会が買い取り地上まで運んでいく。
基本的に討伐した探索者にその蟹の所有権があると、立ち会いに来ていたロウシェさんが教えてくれた。パーティならそのパーティに。迷宮騎士団が倒したものなら迷宮騎士団に。
迷宮騎士団が倒したものはほぼ全て買い取りらしい。すっかり顔馴染みになった騎士たちも蟹の解体をしている。
その中で一番解体作業が上手かったのはアイリスさんだった。巨大蟹を持ち上げ、上に投げたかと思えば、剣にて素早く斬り、足と胴体を綺麗に解体したのだ。
「なぜ気付かなかったのだろうな……。今度から豆腐を切る時もこの要領でやればまな板を切ることもないと思うんだ」
と、わりと真面目な表情でアイリスさんが言っていた。……ま、まぁ確かに切るだけならこの手を使えばいけそうか。
「それにしても……これだけ大量の蟹を買い取って大丈夫なんですか?」
倒した数は五百体を超えているという。しかも一体一体が三メートルを超える蟹だ。ロウシェさんがどうやって売り捌くつもりなのか、同じ商売人として気になった。
「この蟹の甲羅や鋏は非常に硬いので武器や防具などの素材として売れそうですね。……ちょっと問題あるのは足の部分ですが」
ロウシェさんが解体された甲羅を叩くといい音が響いた。その隣には身が入った蟹足が積み重なっている。
「食用として売れそうですが、この国は内陸国なので海産物には縁遠いんですよ」
「ああ、なるほど」
このロンダール迷宮はアスメリア王国という国の中にある。アスメリア王国はこの大陸の中でも一、ニを争うほどの大国だけど、内陸国だ。四方を他国に囲まれ、海は遠いという。
そんな内陸国で見たことない海産物が手に入るとは迷宮様々だ。
「調理方法がわからないので売り方をどうしようかと考えています。まぁロンダール産の迷宮素材は質がいいので売れるとは思いますけど。王都でも人気は高いですし……」
売れるとはいいつつ、ロウシェさんの歯切れは悪い。
普段見たことない海産物だし、物珍しさで買う人もいるだろう。ただあまりに馴染みがないと不安から手を出さない人も多いだろう。
例えば、スーパーの鮮魚売り場で普段見慣れない魚が売られていた時のような。食用だと分かっていてもなんとなく手が出しづらかったり。結局普段食べている鮭や鯵を手にとってしまう、そんな心境だろうか。
「……ちなみに、お兄ちゃんならこの蟹どうやって食べる?」
ロウシェさんは白い猫耳をぴこぴこさせながら、ちらっと上目遣いに聞いてくる。そんなに媚びなくてもいいのに。……まぁ売れ残ったりしたら大変なんだろうな。
僕も毎年クリスマスケーキとか節分の恵方巻きを売り捌くのには苦労していたなぁ。
「そのまま身を茹でたり焼いたりしても美味しいですね。蟹鍋にするのもいいですよ」
こんな真夏のビーチで鍋をする気分は起きないけど、ここが迷宮の中で常夏なだけだ。地上は肌寒い風が吹くような寒い冬の季節である。つまり鍋の季節にぴったりなわけだ。
「蟹を分けてもらえるなら、試しに作ってもいいですよ」
「ほんと!? わーい、お兄ちゃんありがとにゃ〜!」
ロウシェさんは尻尾を振りながら喜んでいる。
言っておくけど僕は善意で教えたわけじゃない。なぜならしっかりと対価をもらったのだから。
対価はもちろん……蟹に決まってるでしょ!!
元の世界でも蟹はなかなか食べられなかったんだ。それが目の前に山と積まれているのを見て我慢できると思う?
異世界のモンスターの蟹は美味しいかどうかは分からないけど、それは食べてみれば分かることだ。
そんなわけで、僕が蟹料理を振る舞うことになったわけだけど。
「その試食会、私も参加していいだろうか?」
「俺たちもいいか? アキの作る異世界料理には興味があるんだ!」
どこから聞きつけたのか、アイリスさんとデイヴィッドさんたちも参加することになって、さらに他の探索者たちや騎士たちも参加したいという声も上がり、最終的に今回の蟹騒動における慰労会パーティを開くことになったのだった。
なんだか大事になっちゃったけど、やることは変わらないしいいか。
ただ、人数が増えたので料理を作るのに、何人かと協力して作ることになった。
一部食材や道具に関しては用意してもらうことになったんだけど、まさか蟹の甲羅をそのまま鍋にするとは思わなかった。それもあの一際大きかった黒い蟹の甲羅だ。
「大人数用の鍋としてぴったりだろ?」
デイヴィッドさんが抱えるようにして持ってきてくれた。ちなみに黒い蟹の権利はジャックライダーがもらったという。アイリスさんも討伐を手伝ったけどこういう場合は探索者のほうに優先的に権利が移るらしい。
「これ使い終わったらどうするんですか、やっぱり売るんです?」
「売るのは勿体無い。この強度なら盾に最適だから後で盾にして、ハートンにやろうって話になったんだ」
その方が迷宮騎士団の為にもなるだろ? とデイヴィッドさんは爽やかにウインクしながら話してくれた。
権利は彼らのほうにいったとはいえ、討伐には迷宮騎士団のアイリスさんの力もあった。
ハートンさんは盾役として彼らのパーティメンバーでもあり、迷宮騎士だ。少しでも迷宮騎士団の利になるようにしたみたいだね。
盾になるくらいに強度も申し分なく、まるで中華鍋のようなデカい甲羅にまずは白だしと水を入れていく。百人分は作れそうな鍋なので、白だしのボトルが次々と空になっていく。こんなに白だしを使ったのは初めてかもしれない。
火に関しては魔法使いが魔法でやってくれることになった。流石にトースター代わりの焼きのスクロールでは火力不足は否めない。今度コンロ代わりになりそうなスクロールの提案をエイブラハムさんにしてみようかな。あったら便利そうだし。
次に蟹の足と野菜を入れていく。白菜や長ネギ、しいたけはこちらの異世界のものだ。この世界では名前は違ってサイズもでかかったりしたけど味は同じだから安心して欲しい。もちろんこれらもモンスター食材だけど。
それから豆腐も欠かせないので入れておく。
ちなみに豆腐はアイリスさんが空中斬りしてくれた。見事な包丁捌きだった……!
これらの材料費はクローバー商会から出ている。発端だからという理由もあるし、探索者たちに対する日々の感謝も込めてだそうだ。
野菜や蟹身に火が通れば……蟹鍋の完成だ!
「おおー! おいしそうですにゃ!」
あたりはすっかりと暗くなり、意外と少し肌寒い海風が吹いている。夏のビーチとはいえ、今なら熱い鍋料理でもおいしく食べられるだろう。
味見がてら、さっそく食べてみる。真っ赤に茹で上がった蟹の足は自分の腕の長さと太さくらいある。……これ、身を取り出せるかな?
「ぐぐぐっ……殻が硬すぎる!!」
「ハジメ殿、私が代わりにやろうか?」
「……お願いします」
殻が硬すぎたので、結局アイリスさんに剥いてもらうことに。これは異世界蟹を食べる時の難点だなぁ。
――と、思ったけど、苦労していたのは僕だけのようで、ロウシェさんもあっさりと殻を剥いていた。くっ、異世界人が馬鹿力すぎる!
「うわ、すご」
剥いてもらったらものすごくデカい蟹の身が出てきた。でもプルプルと震える白い身は同じで、蟹のいい匂いがする。僕はさっそくかぶりついた。
「……! おいしい!」
プリっとした蟹身から凝縮されたような蟹の旨みが口に広がった。この味は予想以上だ。もちろん一緒に煮込んだ野菜にもしっかり蟹の風味が移っていて、こちらもおいしかった。
「おいしいですにゃー!」
「ああ、こんなにおいしいとはな」
ロウシェさんとアイリスさんも気に入ったようで、次々と口に運んでいく。
「ここにゆずポン酢をかけてもおいしいですよ」
「なんと、さらにおいしくする術が!?」
驚くロウシェさんにゆずポン酢を教える。
さっぱりとしたゆずポン酢の風味は蟹身と相性抜群だ。
「もう、アキちゃんたちだけずるいわ!」
「味見はいいだろ! オレたちにもくれよー!」
「……迅速に、そうすべきだ」
そんな声に振り向けば、デリカさんとベルナールさんとカイオスさんを筆頭に、涎を垂らした探索者の皆様がいた。
「すまない、暴動が起きる前に配膳したいがいいだろうか?」
「あっ、すみません! 今取り分けますね!」
申し訳なさそうなデイヴィッドさんの言葉に僕たちは慌てて動いた。
群がるように集まる探索者たちに蟹鍋を振る舞っていく。アイリスさんやロウシェさん、デイヴィッドさんたちが手伝ってくれたとはいえ、なかなか大変だったよ。
気を急ぐあまり割り込んで喧嘩になった人たちがいたりしたけど、アイリスさんが収めてくれたので、ひとまず問題は起こらなかった。
一通り配り終わったところで僕たちも食事を再開することに。
「鍋もいいですが、こうやって焼くのもおいしいですね」
「おお! オレ、こっちの方が好きかも!」
焼きのスクロールで蟹足を焼く。茹でたものと違って、少し水分が飛んだ身は香ばしかった。
「蟹のおかげで缶ビールがうまいぜ!」
ベルナールさんは気に入った様子で、缶ビールを片手に食べていた。
実は書籍、煙草と同じように酒類に関しても販売制限があるんだよね。安くて美味い酒があるとアルコール依存症になるから、とのことで。
ちなみにデイヴィッドさんはレモンサワー、デリカさんはチューハイ、カイオスさんはハイボールと、手にしていた酒はバラバラだった。
みんなおいしそうに酒と蟹を食べるものだから僕もついつい、酒に手が伸びた。ちなみに日本酒だ。蟹に合うと言ったらやっぱり日本酒だと思うんだよね。飲酒に関しては僕の勤務時間は終わったから何も問題ないよ。
「しかし、蟹鍋はおいしいが物足りないな……」
「そう言うと思って、用意しておきましたよ、かにめし」
「なにっ、本当か!?」
嬉しそうな声と共に、期待のこもったキラキラと輝いた目をアイリスさんが向けてくる。
本当にこの人はご飯が好きなんだなぁ。
僕は炊飯器を持ってくる。すでに中身は炊き上がっており、蓋を開ければ蟹とご飯の匂いが広がった。
醤油、酒、みりんと蟹の殻で煮出した煮汁で炊き込んだご飯に、蟹身を崩して入れかき混ぜれば、かにめしの完成だ。
そしてアイリスさん用におにぎりとして握り、それを差し出した。
「うまい! やはりおにぎりにするのが至高だな!」
今日一番のおいしそうな表情をしながら、アイリスさんはかにめしおにぎりを頬張っていく。喜んでくれたようでよかった。
「ほほー、こういう食べ方もあるんですねー、勉強になります!」
「これはあまり参考にはならないかもしれませんが……」
真面目にメモをするロウシェさんにそう言う。蟹鍋と違って、炊飯器を使ってるしかにめしを再現するのはちょっと難しいだろう。
「というわけでこちらをどうぞ」
ということで比較的作りやすいだろうカニグラタンも紹介してみた。当然こちらも喜ばれたよ。
「いやー、これならなんとか売り捌けそうです! なんなら新しい名産品になりそうですよ!」
ロウシェさんはホクホクと、実に満足そうにしていた。
海産物には縁遠いとはいえ、おいしいものだと分かれば人々は手を出してくれるだろう。少なくともこの迷宮街オルウェイでなら。
迷宮街オルウェイは実質探索者たちの街だ。今回、クローバー商会がこの慰労会の費用を負担したのも、探索者たちに蟹のおいしさを分かってもらう狙いがあったんだろう。
クローバー商会と探索者は取引相手でもあり、顧客でもある。探索者たちが蟹のおいしさに気付けば、自然と街に広がり、誰もが求めるようになる。
やっぱり、ロウシェさんは食えない人だ。
まぁ、こちらとしても悪い話ではない。コンビニで扱っている調味料などが売れるだろうからね。




