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7.神様転移ものだったらしい

 アイリスさんが地上に向かって二日が経った。

 その間、やっぱり他のお客様は来なかったから、僕は暇を持て余していた。

 まぁ、お客様が来たところで営業許可がないから商品は売れないのだけど。


「ハジメ殿、いるだろうか?」


 入店音と共にアイリスさんの声がした。

 また来てくれたことにホッとしながら、僕は新刊の漫画を閉じた。


「いらっしゃいませ、アイリスさん」


 バックヤードから店内に出る。レジの前には鮮やかな赤髪を持った女騎士のアイリスさんがいた。


「……すごいですね、団長。アイリスが言っていたことは本当でしたよ」


「だなぁ。というか、この音楽はなんなんだ?」


「ドアベルの役割なのでは? それより自動で動くドアとはすごいですね……魔導式のようですが」


 わっ、新しいお客様が来てる!?

 どうやらアイリスさんだけじゃなかったらしい。

 自動ドアの間、外と中を行ったり来たりしているおじさんたちがいた。二人共アイリスさんと同じ騎士の格好をしているから、迷宮騎士団の人なんだろう。


「えっと、いらっしゃいませ。ようこそ、スマイルストアへ」


「おお、お前が店主か?」


 髭面の五十代くらいのおじさんが、僕に話しかけてきた。

 鍛え抜かれた肉体と貫禄の迫力がすごい。この人を目の前にしただけで僕は萎縮してしまった。さっきまで子供のように自動ドアで遊んでいたとは思えないほどだ。


「はい。オーナー兼店長の春夏冬 始です」


「俺は迷宮騎士団の団長、ヨス・ナイトホークだ」


 やっぱり騎士団の人だった。それもまさか団長さんだとは。僕はヨスさんと握手を交わした。……握る力が力強くてちょっと痛かった。

 それにしても、ナイトホークって……。僕は思わずアイリスさんのほうを見た。


「ああ。団長は私の父でもあるんだ」


「うちの娘が世話になったな」


「いえ、とんでもない! こちらもアイリスさんには色々と便宜を図っていただきましたから!」


 まさかの父親だった。……それにしては、ずいぶんと二人は似ていないと思うけど……まぁ今は深くは聞かないでおこう。


「んでこっちが」


「副団長のトラヴィス・オールソンです。どうぞよろしくお願いします、アキナイさん」


「こちらこそよろしくお願いします」


 細身で神経質そうな四十代くらいの眼鏡を掛けたおじさんが、副団長のトラヴィスさんだった。

 ヨスさんと違って、荒々しさがなくて礼儀正しい。本当に騎士なのだろうか? スーツでも着たらその辺で見かけるようなサラリーマンと変わらない人に見える。


「アイリスから大体の事情を聞いています。アキナイさんはこの迷宮の中で、このコンビニという店を開くために営業許可が欲しいということでよろしいでしょうか?」


「はい、そうです」


 役所の職員みたいに話すトラヴィスさん(実際迷宮騎士団は公務員だろうけど)に僕は頷く。


 唐突だったとはいえ、僕はこの店舗のオーナーとしてこの世界に飛ばされてきた。

 異世界への事業拡大、その責務を果たすべきだと思った。

 ……クビになってしまえば元の世界に戻れるのではないか? という考えも浮かんだけど、それでもしオーナーという役職が奪われただけで終わり、この異世界に放り出されたりするほうがまずい。


 だって僕はこの世界の言葉を話せないし、生きていく術を知らない。この店舗のチートの恩恵を受けられるのだって、僕が店舗のオーナーだからだろう。

 無職で知らない世界に放り出されるより、まだ慣れているコンビニのオーナーとして、この世界で働いたほうが絶対いい。

 そして僕がオーナーとしてまずすべきことは……営業許可を取ることだ!

 これを取らなければ、何も始まらない……。


「今回私たちはロンダール迷宮伯に代わり、このコンビニという店の調査に参りました」


「本当は迷宮伯自ら見に行きたいと申していたが、公務もあるし迷宮内だからってことで、俺たちに任されたんだ」


 実態の分からない店だったのもあるがな。とヨスさんが付け足した。

 まさかロンダール迷宮伯自ら来ようとしていたとは……。案外、ロンダール迷宮伯にはすぐに会えたかもしれないんだ。


「だが、伯爵が興味を持ったのも分かる。……こんな不思議な店は見たことないからな」


「本当ですね……これらは全て異世界から持ち込まれた商品でしょうか?」


 ヨスさんとトラヴィスさんが興味深そうに、店内の商品を見始めた。入口に近い棚なのでノートとか筆記用具など日用品が置かれたコーナーを見ている。

 ちなみにアイリスさんはまたおにぎりコーナーを見ていた。……お腹空いているの?


「はい。と言っても、僕が持ち込んだものではなく、本社のほうから送られてくるのですが……」


「異世界からですか? どうやって?」


「よく分からないのですが、たぶん転移魔法のようなものを使って……」


「転移魔法……ですって?」


「おい、嘘だろ!?」


 ヨスさんとトラヴィスさんが驚いたように顔を見合わせた。


「転移魔法は神の奇跡と呼ばれるものですよ! それを貴方は使えるというのですか!?」


「えっ、そうなんですか!? でもこの迷宮にも転移ポータルがあるって話じゃ……」


「そりゃあ、迷宮は神が創りし造物だからな。迷宮を攻略した時に稀にポータルが解放されるだけで、俺たち人間が作った訳じゃない」


「そ、そうだったんですか……」


 え? じゃあ何? 本社は神の奇跡が使えるって言うの!?


「……アキナイさん。いえ、アキナイ様。貴方はやはり神の使いではないのでしょうか?」


「いや、そのはずはないと思いますけど……」


「異世界から転移してきた時点で、それも神のみが成せる御業ですよ」


 トラヴィスさんが頭を抱えていた。僕だって頭を抱えたい。

 ……もしかして神様による異世界転移だったんですか? いや正確には店舗が異世界『移転』したんだった。

 でも、これが神様による仕業と考えれば色々と納得はできる。本社が突然神の如き力を手に入れたとか、言われるよりも。……でも、やっぱり本社も関わってそうなんだよなぁ。

 だから、神様と本社が結託したんじゃないか? どういう理由でそうなったのかは分からないけど。


「とりあえずアキナイ様、貴方が神の使いであるかは置いておいて、この店を徹底的に調査させて頂きます。ご協力よろしいでしょうか?」


「も、もちろんです……!」


 迷宮内の治安を維持するために、突如として現れた不審な店を調べるのは、迷宮騎士団としては当然だろう。

 僕としても今後の活動で支障がないように、怪しいものではないと証明しなくては。


「なんで魔物が入って来れないんだ?」


「それ、結界のようなものがあるみたいです」


「今どうやって商品を入れ替えたんですか!?」


「ここのパソコンで操作したら一瞬で入れ替えられます。……ああ、これも転移魔法と呼べますか」


「おい、ここのトイレどうなってやがる! 水が流れるんだがこれも神の奇跡か!?」


「いえ、それは普通のトイレです。……流した物の行き先は知らないですけど」


「ハジメ殿、言われた通りおにぎりのゴミをゴミ箱に入れたんだが、一瞬でなくなったぞ?」


「ゴミも全部何処かに送られるようで……たぶん本社がなんとかしてくれているはずです」


「どれもこれも転移魔法じゃないですかぁ!!」


 一通りの調査が終わった後、トラヴィスさんは疲れたようにイートインの机で伸びていた。


「なんなんですか、この店……全部が神の奇跡じゃないですか……」


「わはは! 期待以上に面白い店だな!」


「うむ。それに飯もうまい、良い店だ」


「団長たちはもう少し真面目に捉えてください……!!」


 なんとなく、トラヴィスさんの苦労が窺える。

 深刻に捉えているのはトラヴィスさんだけで、ヨスさんとアイリスさんはあまり気にしていない様子だ。


「アイリスさん、さっきからおにぎりばかり食べてますけど、あとでちゃんと払ってくださいよ?」


「ああ、もちろんだ」


 コンビニにツケ払いはないはずなんだけどなぁ。

 そう思いながらおにぎりの包装フィルムのゴミを片付けていく。ツナマヨと梅干し多め、おかかとシャケも食べていたようだ。ちなみに僕は昆布が好きだ。


「多めに見てやってくれ。こいつは朝から何も食べてなかったからな」


「えっ、そうだったんですか?」


 思わずアイリスさんを見る。だって今もおにぎりを食べまくっているアイリスさんが、ご飯を抜くなんておかしいじゃないか。


「……だ、だって、腹を空かせてないと、ここに辿り着けないと思って……」


「こいつはな、この店までの道を曖昧にしか覚えてなかったんだよ。それで空腹になると本能的に食料がある場所を目指すから、わざと食べてなかったんだ」


 ……道をちゃんと覚えているとはなんだったのか。

 あとなんだか、変わった特技をお持ちですね? でもその特技のおかげでこの店を見つけてもらったのなら、悪くはない。


 ちなみにアイリスさんは恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、ヨスさんの足を蹴っていた。うん、女の子にとってはデリケートな話だったね……。

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