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64.カニカニパニック

 それは第十一層にある二号店で勤務している時に起こった。

 真夏のビーチのような環境に立つ二号店。昼のピークが過ぎた午後の昼下がりだった。


「た、大変だー!!」


 慌てたような叫び声が店の外から聞こえてきた。

 外を見れば砂浜の向こうからコンビニに向かって走ってくる二人の探索者。


 ……顔に覚えがあった。あの二人は確かつい先日、この第十一層に到着したパーティの人たちだ。今日も昼食を買って行ったから覚えている。……でも、僕の記憶だと、五人パーティだったはずだけど。

 よく見れば二人とも怪我を負っていた。只事ではない雰囲気だ。

 アイリスさんも異変を感じたのか、険しい表情を浮かべていた。


「一体、どうした?」


「魔物の、魔物の大量発生が起きてます!」


「うわ、もう来てるぞ!」


 探索者が砂浜の向こうを指差す。

 海から砂浜に向けて、こちらに向かってくる群勢が見えていた。


 ――そこにいたのは大量のカニだった。


 カニと言っても普通のサイズじゃない。体長三メートルはありそうな大きなカニだ。鋏も大きく人を掴めそうだ。

 綺麗だった砂浜を埋め尽くす量の巨大カニの群勢は、まるで蠢く壁のように見えた。


「すぐにコンビニの中に入れ!!」


 アイリスさんの大きな声に、逃げてきた探索者二人と入口で警備をしていた騎士二人がコンビニの中に駆け入る。


 彼らが入ってすぐに、コンビニの前はカニの群勢に埋め尽くされた。


「な、なんですかこれ!?」


 ガキン、ガキンとコンビニを守る結界を破ろうとするカニの鋏の音が店内に響いた。

 コンビニの中にいれば安全なのはこの二号店でも変わらない。だからカニたちが店内に入ってくる心配はないけど……ガラスの向こうでひしめき合う巨大なカニたちを見るのは恐ろしかった。


「こういう魔物の大量発生は迷宮ではよくあるんだ。普段はそうならないように我々が見回りをし、予兆があれば対策している」


 どうやらこれも迷宮騎士団の仕事の一つらしい。

 迷宮にいる魔物は狩り尽くしたとして居なくなる訳じゃない。一定の期間が経つと迷宮から産まれるという。それがたまに狂ってとんでもない量の魔物を産み出すことがあるそうだ。

 小さな迷宮から大量の魔物が溢れ出て、近くの村を滅ぼしたという事件も過去にはあったという。


「だが、見回りではそんな報告はなかった。……突発的な発生か?」


「それより、これどうするんですか?」


「無論、駆除するとも。このままでは他の探索者が巻き込まれる」


 アイリスさんは迷宮騎士の一人を地上に向かわせ、応援を呼ばせた。今は店から出られないとはいえ、店内には一号店に繋がる転移ポータルがある。そのポータルを使ってすぐに上に戻ることができる。


 ここからの脱出は容易のためそこまで危機感はないけど……。


「あの、俺たちの仲間がまだ外にいるんだ! 俺たちを逃すために残って……」


 ……やっぱり、彼らはあの五人パーティのようだ。ということは外にまだ三人も残っていることになる。それだけじゃない、第十一層には他の探索者パーティだっているはずだ。


「安心しろ、すぐに助けてくる。お前たちはここで治療を受けておけ」


 アイリスさんはそう言って入口の方に向かう。


「……まさか、一人で行くんですか」


「ああ。応援を待っていては手遅れになりそうだからな。私なら大丈夫だ」


 心配する僕にアイリスさんは頼もしい笑顔を返してくれた。


「分かりました。店にある商品で必要なものがあれば使ってください。あと、外にいる探索者は彼らの仲間三人以外だと朝から昼にかけて来たパーティが二十組。大体百人くらいが巻き込まれていそうです」


 中には現在の最下層である第十二層を攻略するパーティも入っているが、下層に向かう道中や帰り道で巻き込まれる恐れもある。


「ありがたい情報だ。……しかし、よくそんなことを覚えているな」


「店舗別、時間帯別で来客数を記録することは大事ですからね」


 ちなみに第一層店の一日の来客数は約2000人である。通常の店舗だと800人から多くて1000人だ。迷宮の中でも辺鄙なところにあって、探索者相手のみの商売とはいえ、かなり繁盛している。

 クローバー商会を通して販売員にも商品を卸しているから、これでも減ったほうなんだけどね。


 入口に立つアイリスさんは〈七彩の剣〉を手にしていた。白い刀身は光に当たると七色に輝いていた。

 ガラス扉の向こうにはひしめき合う巨大なカニたち。

 それを前にしてもアイリスさんは臆することなく、自動扉が開くと共に飛び出した。


 まず風の力を使い、入口を塞いでいたカニを吹き飛ばした。巨大なカニが数匹、宙を舞った。

 そのままできたスペースからカニを踏み付けるようにして、アイリスさんはコンビニの外へ。

 今度は剣に炎を纏わせると、カニを切り崩しながら、道を切り開いていった。


 すごいなぁ……流石は迷宮騎士団最強と言われるだけある。


 おっと、僕は僕でやることをしないと。怪我をしていた探索者の二人を店にあるポーションを使って回復していく。

 今は緊急事態だからね。使えるものは使っていかないと。


 それからさらに他の探索者たちがコンビニに逃げ込んできた。あのカニの群勢の中を必死ですり抜けながら逃げてきたらしい。


「転移ポータルまで持たなかったから、ここにコンビニがあって助かった……!」


「ご無事で何よりです。店の転移ポータルを使っていいので、地上に戻りたい場合はそちらを使ってください」


 普段は店の転移ポータルはお客様には使わせないんだけど、これも緊急事態だからね。

 この二号店は緊急避難場所としても、脱出手段としても機能していた。

 ちなみに彼らは道中でアイリスさんに助けてもらったそうだ。


「いやいや、ここで逃げる探索者がいるかよ。怪我治したら俺たちも救助と討伐に行ってくるぜ」


 流石は最下層までくる攻略パーティだ。あの群勢のカニたちに立ち向かうらしい。


 最初こそ混乱していた探索者たちも徐々に落ち着き始めていた。


「アイリスさんが帰ってきたぞ!」


「あいつらも一緒だ!」


 外を見ればカニたちの向こう側に、アイリスさんと三人の探索者たちが見えていた。三人ともボロボロだ。一人は仲間に背負われており、もう一人もアイリスさんが肩を貸す形でなんとか向かってきていた。


 だけど、その後ろから……今までよりも大きな黒いカニが迫ってきていた。

 なんだあの怪獣みたいなカニは! 動きも早いし、このままだとアイリスさんたちが危ない……!

 外には他の探索者たちもいたけど、あれじゃ間に合わない。


 僕は咄嗟に腰に付けていた〈魔法鞄(マジックバック)〉に手を突っ込んでいた。

 そこから取り出したマジックスクロールを掴むと、手だけを店の結界の外に出す。


「アイリスさん、伏せてください!!」


 僕はありったけの声を張り上げてからスクロールを開いた。


 瞬間、雷鳴と共に一筋の雷が砂浜を駆けた。


 雷は黒いカニに直撃し、アイリスさんたちに振り下ろそうとしていた鋏は外れた。砂が舞い飛ぶが、誰も巻き込んでいない。


 あ、危なかったぁ……。


 手にしたマジックスクロールが役目を終えて自壊していく。以前ココさんからお詫びとしてもらったあのマジックスクロールだ。


「よくやったアキ! あとは俺たちが引き継ぐよ!」


 この声は……!

 体勢を立て直そうとした黒いカニに、追撃したのはデイヴィッドさんだった。

 デイヴィッドさんがいるってことは……やっぱりそうだ【ジャックライダー】の面々がいた。


「アイリスさん、こいつは俺たちに任せてくれ!」


「助かる!」


 アイリスさんはベルナールさんの手も借りながら、救助者の探索者三人を引き連れてなんとかコンビニまで戻ってきた。


「皆さん、大丈夫でしたか!?」


「ああ、ハジメ殿のおかげでな」


「お礼ならココさんにも言っておいてくださいね」


 アイリスさんはこれといって怪我はしていない様子だ。ここは真夏の階層だからいつもの鎧姿ではなく、水着だったのに。


 対して救助された三人は酷い。腕や足を骨折しているし、背負われている人なんて……。


「アキくん。大丈夫だよ、そんな深刻に捉えないでね? 教会に行けば蘇生して貰えるから」


「いや、でも」


 ……確かにベルナールさんの言う通りだけども。


「そうです、探索者にはよくあることですから! 五体満足ならなんとかなるんで!」


「店長さん、アイリスさん、ありがとうございます! うちのメンバーを助けてくださって!」


 僕の心配を吹き飛ばすように、二人の探索者たちは嬉しそうに頭を下げていた。

 この世界の人たちは寿命でもない限り、生き返ることができるのは知っているけど……。うーん、死生観の違いにまだまだ慣れないなぁ。


 その後、あの黒いカニはアイリスさんと【ジャックライダー】たちによって討伐された。


 それから迷宮騎士団の応援部隊も到着し、本格的に討伐作戦が開始された。


 その最中、このコンビニも彼らのバックアップを務めた。討伐中の休憩地として水や食料を提供し、怪我人がいれば包帯や回復ポーションを提供した。

 地上との中継地としても最適で、一号店と二号店を繋ぐ転移ポータルは上から来る援軍の騎士や探索者たちを迅速に現場に到着させることができた。


 その甲斐あってか、翌日にはこの大量発生の騒動も落ち着いたのだった。


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― 新着の感想 ―
   戦三   為為為三   蟹大発生はわりとRPGの風物詩感ありますよね
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