63.焼きおにぎり
「……ハジメ殿、私はあることに気付いてしまった」
「一体なんですか、アイリスさん?」
今日も今日とていつも通りにコンビニを営業し、お昼休憩を頂いた時だった。
同じようにお昼休憩中のアイリスさんがすごく真面目な表情をしながらそう言った。
「……あの焼きのスクロールなのだが」
焼きのスクロールとは前にエイブラハムさんがあんぱんを焼く時にトースター代わりに作り出したスクロールのことだ。
あの後、冒険者たちからの要望もあり印刷して商品化したのだ。もちろん、この店でも取り扱っている。温めのスクロールやお湯のスクロールと共に。
これらのちょっとしたマジックスクロールは生活用スクロールと呼ばれるようになった。ちなみに売り上げは結構いい。
……もしかして何か問題があったんだろうか?
少し心配になりながら、アイリスさんの言葉を待った。
「――あれでおにぎりを焼いたら、おいしくなるのではないか?」
「アイリスさん……良いところに気付きましたね」
一瞬にして心配事はなくなった。そうだった、この人はおにぎりの騎士だ……!
「やはり、おいしいのだな? 今まで焼いたらおいしいだろうとは思っていたんだが、なかなかする機会がなくてな……」
そのまま手軽に食べられるのがコンビニおにぎりの売りだからね。わざわざ焼こうとするのは少し手間がかかるからあまりやる人はいないかもしれない。
一応商品の中には焼きおにぎり自体がある。あれもおいしいけど、焼きたてのうまさはその時にしか味わえないものだ。
というわけで、僕らはさっそく焼きのスクロールを使って、コンビニおにぎりを焼いてみた。
アイリスさん、おにぎりからフィルムを剥がすのがすっかり上手くなった。もう最初の頃みたいにグシャッと潰したりしないだろう。
海苔は外してから、焼きのスクロールの上でおにぎりを焼いていく。……相変わらず、コピー用紙に描かれた魔法陣の上で焼いている光景はちょっとシュールだけど。
実は以前あんぱんを焼いた時の焼きのスクロールとはちょっと仕様が違う。
製品化するにあたって、火加減に関してはエイブラハムさんに色々と聞かれたんだ。
そこでトースターについて教えたら、トースターに似た機能をスクロールに実装したんだ。最初に火加減の調整と時間を設定できるようになった。
もちろん、スクロールに込められた魔力の範囲になるから、パンやおにぎりとかをちょっと焼く程度のものだけど。
「もういいだろうか?」
「まだですよ」
香ばしい匂いに待ちきれない様子のアイリスさんを宥めながら、ひっくり返して両面を焼いていく。
「はい、焼き上がりましたよ」
こんがりと狐色になれば焼きおにぎりの出来上がりだ。
役目を終えたマジックスクロールは塵も残さずに消えていくので、おにぎりはすぐに皿に移した。
「おお! ではさっそく!」
「まだ熱いのでダメですよ。また火傷しますよ?」
「むぅ……」
以前アイリスさんに炊き立てのおにぎりを出した時、注意したにも関わらず、食べて火傷をしていたのを僕は忘れていない。
今回も同じ事をするかもとしれないと思っていた。
「なぁ、まだか? 少し熱いくらいはいいだろう?」
「もうちょっと待ってください」
焼きおにぎりに手を伸ばそうとするアイリスさんから、皿を遠ざける。
……餌を前に待てをしきれない犬みたいに見えてしまった。
「はい、もういいですよ」
許可を出した瞬間、素早く皿から焼きおにぎりを掴んだかと思えば、もう口に運んでいた……。相変わらず一口が大きい。
「やはりうまいな! 外側がすごくパリパリしていてこれがたまらない!」
「コンビニのおにぎりには炊飯油が使われていますからね。油が米粒にコーティングされているからパリッと焼き上がるんですよ」
この炊飯油は冷めてもおいしいおにぎりにするための乾燥対策でもあり、さらには製造過程で機械に米粒が付かないようにするためでもある。見た目に艶も出るから良いこと尽くめだ。
僕も自分の分を食べる。アイリスさんはツナマヨのおにぎりを焼いていたけど、こちらは昆布のおにぎりを焼いたんだよね。
そのままでもおいしいけど、海苔を少し炙ってから巻き直して食べるのもいい。炙った海苔の香りに、パリパリとした食感。文句なしにうまい。
「この焼きのスクロールは火加減が絶妙だな……。実は以前、おにぎりを剣で焼いたことがあったんだが、その時は消し炭にしてしまってな……」
「剣で焼くって……何やってるんですか……」
そういえば、アイリスさんの剣は魔剣なんだっけ。確か神器の〈七彩の剣〉で風や水はもちろん、炎だって操ることができる。
以前、軽トラで迷宮をドライブした時に、その力を少しだけ見たことがある。
基本的にこの魔剣はあまり使わないらしい……というのも、アイリスさん自体が強いので割となくてもなんとかなるという。
神器に頼りすぎる探索者は二流だとデイヴィッドさんたちが言っていた。……そんなデイヴィッドさんたちは運が悪いのか、今まで武器になり得る神器とはまだ出会えていないみたいだっだけど。
そんなあまり使わないはずの貴重な神器である魔剣で焼きおにぎりを作ろうとするとは……実にアイリスさんらしい。
「それにしても、お前は本当によかったのか?」
「よかったって何がですか?」
「このスクロールだ。このスクロールのアイデアはお前のものだろう。なのに利益を貰わなくていいのか?」
アイリスさんは焼きのスクロールをトントンと指した。
「このスクロールだけじゃない、温めのスクロールやお湯のスクロールもそうだ」
「僕の世界に普通にあるものをエイブラハムさんに教えただけですよ。僕が一から考えたわけではありません」
電子レンジ、トースター、給湯器。僕らの世界にある日常的な物であり、僕はそれらの発明者ではない。ただ日常的に使っていただけで、詳しい仕組みまで理解しているわけでもない。
「あとまったく利益をもらっていない訳じゃないですよ。最初にアドバイス料としてもらってますから」
僕は少し苦笑しながら言う。
本当はこれも断りたかった。むしろこちらがお願いして製作してもらったというのに。
だけどエイブラハムさんがどうしてもというので、これだけはもらうことにした。
「スクロールの魔法陣の作画をしたのはエイブラハムさんです。僕はそこには関わっていませんし」
「……ハジメ殿、お前は商売人にしては些か謙虚すぎないか?」
「そうですかね?」
僕の苦笑にアイリスさんはまだ理解ができないというように眉を寄せた。
「著作権についてもそうだ。あの仕組みを話さなければ、お前の店はあのコピー機によって利益を独占できただろうに」
確かに僕が何も言わなければ、スクロールのコピー代によって荒稼ぎできたことだろう。この世界には印刷技術は普及していないから。
だけど、それが正しいとは思えなかった。
「……うちはあくまでコンビニですよ。あのコピー機は人々の生活をちょっと豊かにする為のものであって、けして人々の生活を脅かしてはいけないと思います」
例えば、ちょっと小腹が空いた時に。
例えば、牛乳が切れてしまった時に。
例えば、出先でスマホの充電器を忘れてしまった時に。
そこにコンビニがあれば、解決する。
日々の生活のちょっとした事に寄り添う存在がコンビニのあり方だと思う。
「このコンビニ【スマイルストア】と僕は異世界からやってきました。……余所者の僕たちが、この世界の人々が作り上げてきた物まで、取り上げるべきじゃない。この世界の人々が生み出した物は彼らに還元されるべきですよ」
ほぼ拉致されて連れて来られた異世界だけど、そこで何をしてもいいとは思えなかった。
コンビニの競合店がいなくて、シェアを独占しているけど、それでもやってはダメなラインはある。
「……聖人すぎないか?」
「さて、どうでしょうかね」
お昼休憩も終わり、僕ら再び店内に戻った。
すると入店音が鳴り響いた。入ってきたのはローブを着込んだ魔導具士らしい人たち。顔ぶれには覚えがあった。前回エイブラハムさんと共にこの店に抗議しにきた人たちだ。
「先日は大変失礼いたしましたぁぁぁぁ!!」
身構えていた僕たちに向かって、なんと彼らは土下座をした。流れるように綺麗にシンクロしていた。
「へっ……?」
「著作権法のおかげで我々は正当な利益を得られることができるようになりました!」
「しかもコピー機のお陰でスクロールを描いてなくても利益が来るようになった! 収入が上がったんだ!」
「全部あんたのおかげだ! ありがとう!」
魔導具士たちは嬉しそうに、口々に語っていた。
どうやら迷宮条約に新たに制定された著作権法は上手く回っているらしい。
手書きによる工程では収入はなかなか伸びず、苦しい生活をするしかなかった魔導具士も、使用料によって収入を得ることができるようになったそうだ。
しかし、それは図案の発案者であればの話だ。
中には他者のスクロールを複製することによって生計を立てていた者もいないわけじゃない。手書きに生産性はないため、ほぼ暗黙の了解として行われていたそれらは、著作権法に違反する為にできなくなってしまった。
全員が全員良くなった訳じゃない。でも、何も悪い話ばかりではない。それこそ著作権法のおかげで新たなビジネスが生まれ始めていた。
――生活用スクロールだ。
今までは高い羊皮紙のせいでそこに込める魔法は上級魔法ぐらいじゃないとコストの面で割りに合わなかった。
しかし、コピー用紙など安価な紙の登場により、それが覆る。
コピー機により手書きの仕事は減ったが、その時間を使って、彼は今生活用の簡単なマジックスクロールの製作に力を入れ始めたのだ。
エイブラハムさんが作り出した温め、お湯、焼きのスクロールが結構売れているから、彼らがその後を追うのは必然だった。
「新作の生活用スクロールを作ったので店に置いてくれませんか! 肩こりを無くすやつなんですけど」
「試作しすぎて紙がもうないんだ、コピー用紙を売ってくれるか?」
「あんぱんはあるか? あれを食べるといいアイデアが思い付く気がしてさ!」
「はいはい、順番に対応しますから!」
僕は新たな取引相手兼お客様の彼らを対応していった。
「……ハジメ殿、まさかこれを見越していたのか?」
「まさか。僕はただのコンビニオーナーですよ」
僕はいつものように、にっこりと営業スマイルを浮かべた。
……ちなみに土下座はココさんに教えてもらったらしい。僕の世界に伝わる必殺の謝罪方法だと。
何を教えているんだ、あのオタク魔女は……。




