62.お湯のスクロール
久々の更新で申し訳ないです。
あれから、一週間ほど深夜営業をしてみた。
探索者たちの中で深夜に営業していることが広まり始めたからか、深夜に来るお客様も少し増えた。
深夜営業は需要がありそうだったので、正式に継続することにした。
ダイエスさんもあれから再び来店して、煙草を買っていってくれるようになった。何故か深夜にしか現れないけどね。
さて、深夜営業が一段落したあたりで、スクロールの件も片付いた。著作権に纏わる迷宮条約が新たに制定され、登録作業も終わったんだ。
それに伴い、マルチコピー機も稼働を再開した。これからは探索者たちが魔法陣をコピーするたびに、製作者に利益が正しく入るようになったわけだ。
マルチコピー機が再開した日には探索者たちが押しかけて来て、コピー機の前で並んでいたよ。
今日もそこそこにコピー機を利用する探索者の姿がある。夕方、深夜営業前に店舗の確認がてらそれを見ていたら、来店を知らせる入店音が響いた。
「異世界から来たりし稀人よ。交わした約束は果たされた。この世に生み出されし奇跡を見るがよい!」
「お湯のスクロールの件ですね。ありがとうございます!」
やってきたのはエイブラハムさんだった。
相変わらず厨二病な言葉使いだけど、最近はもう慣れてきた気がする。
「にしても早いですね。僕はもっと掛かると思ってましたよ」
「少し調整するだけだったからな」
そう言いながら、エイブラハムさんがコピー用紙に書いた魔法陣を出して見せてくれた。
これがお湯を沸かすためのスクロールらしい。
さっそく店舗の裏手に場所を移して、このスクロールの性能を確かめることにした。
「水持ってきますね」
「必要ない」
そういうなり、エイブラハムさんはマジックスクロールを起動した。
紙に描かれた魔法陣が光り輝くと……魔法陣から浮き出るように水が出てきた!
いや、よく見れば湯気が出ている。これは、お湯だ!!
「えっ、すごい! 直接お湯を出せるようにしたんですか!?」
「水の魔法と火の魔法を複合させればこれくらいは簡単だ。少しばかり製作時の魔力量が高くなったがな」
そっか、水も魔法で生み出せるんだったね。でもこれなら、水を用意しなくても、すぐにお湯を作り出せて便利だ!
魔力量は高くなったと言っていたけど、初級に収まる程度らしい。
「初級魔法のウォーターボールの術式を基礎にした。これを熱湯にして相手に撃つこともあるから、術式構築はそこまで高くなかった」
「なるほど……」
熱湯のウォーターボールとか、受けたらやけど待ったなしだろうなぁ……。
スクロールから出来たお湯は水球となって僕たちの前に浮いていた。水の量は五十リットルくらいだ。
「体を洗い流すお湯として水量も十分ですね。お湯の温度も問題ないです」
事前に色々と要望を伝えていたので、調整はなくても大丈夫そうだ。
ちなみに魔法陣の描かれた紙は効果時間が過ぎると自壊して塵となって消える。
魔法発動の際に発生する力に耐えられないから自壊するんだってさ。これは羊皮紙も同じで、マジックスクロールが消耗品である理由だ。
この力に耐えられるようにしたものが、魔石などを使った魔導具なんだって。そっちはスクロールの比じゃないほどにバカ高い物らしい。
エイブラハムさんが身に付けている宝飾の類は全部その魔導具なんだってさ。
「ありがとうございます。これ、印刷して商品として並べていいですよね?」
「構わない。そもそも、それを前提とした依頼だっただろう?」
もちろん印刷したお湯のスクロールの売り上げの殆どはエイブラハムさんに行くことになる。
温めのスクロールの売り上げも、きちんとエイブラハムさんに渡した。
これでやっと体臭問題がなんとか出来そうだ。お湯のスクロールはこのために用意していたものだ。
最近は少しずつだけど、汗を拭いたり制汗スプレーを使う探索者が増えたからか少しはマシになってきているけど……やっぱり洗い流すのが一番だ。
川で洗い流したり、魔法で洗ったりとしているみたいだけど手軽ではないから体を洗う頻度も少ない。
だけど、このお湯のスクロールならいつでも、手軽に、温かなお湯で体を洗い流せる!
これなら毎日洗うということを習慣化させることもできるはずだ。
「契約者よ、ずいぶんと嬉しそうではないか。それほどまでに、それは気に入ったか?」
「ええ――これぞまさに我が世界を救うもの。待ち焦がれた奇跡の力。これを齎した其方こそ救世主だろう!」
なんとなく、エイブラハムさんの言葉を真似て、返してみた。ちょっと封印せし闇の歴史が溢れ出てしまった。
「ふっ……やはり貴様は我と同じ運命を歩みし――」
「あら、ずいぶんと楽しそうねぇ、弟弟子?」
そう言いながら、エイブラハムさんの背後から現れたのは、ココさんだった。……ちょっと不機嫌そうなのですが、何かありましたか!?
「ハジメが店内にいないと思って探したら、なんであんたが一緒にいるのよ」
「我は――いや、俺はハジメからの依頼の報告をしていただけだが……」
ココさんに睨まれてか、エイブラハムさんはすぐに普通の話し方に切り替えていた。……弟弟子の立場ぁ。
「……あたしがスクロール作製が得意だったら良かったのに」
「そう言うが姉上の作製の腕は壊滅的ではないか……。何故今になってそれを求める? 昔は興味もなかったはずだが」
「そ、それはその……ハジメの役に立ちたかっただけで」
ココさんがこちらを横目で見ながら小声で何かを呟いていた。一体どうしたんだろう?
「姉上、もしかしてハジメの事が――」
そこから先のエイブラハムさんの言葉が途切れた。何故ならバチッとした音がして、続いてパリンというガラスが割れるような音がしたからだ。
よく見れば、エイブラハムさんが身に付けている宝石の一つが割れていた。
「……姉上、いきなり攻撃魔法を人に向けないでほしい。今ので守護の魔導具が一つ壊れたのだが」
「あ、ああああんたが今馬鹿げたこと言おうとしたからよ!! あんたのせいよ!!!」
「あの、一体どうしたんですか……?」
「何でもない、何でもないから!! ハジメは気にしなくていいから!」
ココさんは慌てた様子で顔を真っ赤にしながら、すごい剣幕で言われた……。ま、まぁ気にしなくていいって言うならそうしよう……。
「とにかく、これでスクロールの仕事は終わったな。我はこの地に広がりし迷宮に足を運ぶとするか」
「……えっ、あんた、迷宮攻略とかできたの?」
「ふっ……三年前、父上の元を離れた時と同じと思ってもらっては困る。これでも我は西のジャラハ迷宮を完全踏破したのだぞ」
まさか、別の迷宮を完全踏破していたなんて!
探索者にとっての実力の測り方は、踏破した迷宮の階層がそのまま使われるけど……完全踏破となるとかなりすごいんじゃ……。
「ジャラハ迷宮ですって? ハッ、すでに最深部まで攻略された迷宮じゃない。他人の足跡辿っただけじゃないの」
「三十層はある迷宮をソロ踏破だ」
「……は、はは。でも三年も掛かったんでしょ? 攻略が分かっててその程度なの?」
「ならば聞くが、姉上はこの三年でロンダール迷宮の階層はどれほど進んだ?」
「……十一層かしら?」
「ふっ……どちらが探索者として優れているかは明白ではないか?」
確かに三十層と十一層を比べるとそう思えてしまう……。
弟弟子扱いされていたエイブラハムさんのほうが今は優勢だ……!
「あんたはこの迷宮の恐ろしさを知らないからそう言えるのよ。ここの迷宮は世界最難関と言われるほどよ、その辺の迷宮と一緒にしないことね!」
ロンダール迷宮は八層がクリアされるまで丸三年と経っている。むしろ最近の攻略ペースの方が異常なほどだ。その異常を起こしているのがうちの店の影響なのは……否定できないな。
「ならば我がこのロンダールも攻略してみせよう! 完全踏破した暁には我が兄弟子であると認めることだな!」
「上等じゃない。今から上層で泣き喚くあんたの姿が楽しみよ! あっ、もちろんコンビニの商品は使わないことね」
「無論だ。確かにこの店の商品は実に優秀だろう。しかし! 我の魔導具さえあれば事足りる! そう、我が名はエイブラハム・ファースト・エイシェント――」
「その長い名前は言わなくていいから!」
……またパリンッと宝石が割れた音がした。
エイブラハムさん、なんというかすごく個性的な人だけど、魔導具士としては実に優秀だ。
もしかしたら、本当にコンビニの商品に頼らずに攻略できる人かもしれない。
そう思いながら彼を見送ったんだけど……。
「……万物の宝物庫の主よ、殺虫スプレーとやらはどこだ?」
――数週間後。やつれてボロボロになったエイブラハムさんが来店した。
「……それならそこの棚にありますよ」
「これであの羽虫どもを駆逐できる……あ、あの羽虫どもが! まさか魔導具の魔力まで吸い尽くすとは!!!!」
……どうやら八層の洗礼を食らってきたらしい。
このロンダール迷宮は、他の迷宮をソロ踏破できる人でもやっぱり難しいようだ。




