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61.深夜営業②

「おい、あれはなんだ?」


「あれは煙草ですね」


 黒マントの獣人さんは僕の背後を指した。

 レジカウンターの後ろには、煙草の箱がずらりと並んでいた。

 銘柄別に番号が振られており、番号を言えば僕たち店員が取り出してくる。


 たまに番号じゃなくて銘柄で言ってくるお客様がいて困ったことがあるなぁ。似た名前があるから分からないんだよ! 僕は吸わないからよく分からないし!


 まぁ、店舗ごとに割り振られている番号が違うせいなのもあるかも? でも常連なら覚えて欲しいよ……。


「異世界の煙草か。……一つ売ってくれ」


 煙草に興味があるらしい。……獣人も煙草って吸うんだ。でも、申し訳ないけど、売ることができなかった。


「すみません、現在煙草は販売制限されてまして……迷宮伯の許可がある探索者にしか販売できないのです……」


 実は書籍以外にも、販売制限がある商品がある。その一つが煙草だ。煙草は依存性が高い嗜好品ということで、この迷宮内では一般的には売らないように言われたんだ。


「……そうか」


 説明を聞いたら諦めるだろうと思っていた。

 でも、少し考えるような素振りをしたかと思えば、懐から迷宮証を取り出し、僕に差し出してきた。

 まさか……僕はそれを受け取って、レジのバーコードリーダーで読み取ってみる。


「……大変失礼しました。確かに許可が出されていますね」


 迷宮証に記載された名前は『ダイエス』。この名前は確かに許可リストの中に入っていた。

 踏破記録はなんと現在の最深層に近い第十一層だった。最深層に到達した探索者ってだけで、このロンダールではかなりの実力者だと分かる。


 しかも所属するパーティ欄は空欄だ。大体どこかのパーティに所属していることが多いけど……まぁココさんみたいな人かも?

 実際、許可レベルもココさんと同じくらいの権限が与えられていた。


 ……この人、一体何者なんだ? あのデイヴィッドさんたちですら、書籍や煙草は買えないのに。


 なんにせよ、きちんと迷宮伯の許可が降りてる人だ。販売しても問題ないだろう。迷宮証も偽造ではないみたいだし。


「煙草の銘柄はどうされますか?」


「どれでもいい」


 どれでもいいと言われたので、とりあえず元の世界の常連が買っていた銘柄の物にしておいた。口に合わなくても、文句は言わないでね?


 僕が銘柄を選んでいる間に、黒マントの獣人さん――ダイエスさんはすっかり充実したペット用品……じゃない獣人向けの商品棚を見てきたようだ。

 いくつかの商品を手にとって、レジカウンターまで戻ってきた。猫缶、猫用の鰹節、猫チュール……。


「あの、良かったらアイスもいかがでしょうか?」


「……アイス?」


「はい、僕の知り合いの獣人が好きなものでして」


 何となく、ロウシェさんのことを思い出したので、アイスを勧めてみた。


「それは……」


 ダイエスさんは何かを言いかけたけど、押し黙ってしまった。沈黙が落ちてきて、少し気まずい雰囲気になってしまった……。


「……アイスはどこだ?」


「そちらの冷凍食品のコーナーに。おすすめはバニラですね」


 気まずい雰囲気にはなったけど、ダイエスさんは僕のおすすめの通りにするみたいだった。バニラのカップアイスを一つ手にして、レジに戻ってきた。

 僕はそれらをレジに通し袋に詰め、代金と引き換えに手渡した。


「ありがとうございました。アイスはそのままだと溶けますので早めにお召し上がりください」


「……問題ない」


 そう言ってダイエスさんは背負っていた棺桶を下ろした。そうだった、そういえば回収屋の棺桶って冷蔵箱だったね。

 そこに入れていればアイスが溶けることもない。――なんて、呑気に考えていた時だ。


 ダイエスさんが棺桶の蓋を開けた瞬間、肌寒い冷気と共に……青白い腕が飛び出してきた。


 そして僕は見てしまった。いや、目が合ってしまったんだ――蓋の隙間から覗く、虚な目と。


「……ひっ!」


「……おっと」


 ダイエスさんは何でもないように飛び出した腕を、アイスが入った袋と共に棺桶の中に仕舞い込んだ。


「あ、ありがとうございましたー…………」


 再び棺桶を背負って、ダイエスさんが店を出て行くのを僕は呆然と見送った。


「……いやいや。いやいやいやいや!」


 あれ絶対、死体だった! 入ってたの? 今までずっと入ってたの!??

 警備の騎士は何をやって……いや回収屋だから死体持ち歩いていてもおかしくないのか!?

 えっ、でもアイスを死体と入れていいの!? 衛生的に大丈夫なの!?


 遅れてやってきた驚きと恐怖に、その場で言えなかった突っ込みをしつつ、僕はしばらくその場で立ち尽くしてしまった……。


 異世界にはもう慣れたと思っていたけど……どうやらまだまだ慣れていないらしい。


 その日、深夜に来たのはダイエスさんだけだった。朝日が登り始めた五時ぐらいから、探索者たちがやってくるまでは。


 それにしても……ダイエスさん、毒を受けたって言っていたけど、どこで受けたんだろ?


 ここは第一層店だ。そんな毒を持つようなモンスターなんていない。


 しかも、上級の解毒薬を必要としていた。上級薬が必要になるほどの猛毒なんて、八層くらいにしかいないはずなのにね。


 それに初めて来店したわりには、営業時間をしっかりと把握していた。


 ……ダイエスさんって本当に何者なんだろう?


 すごく気になるけど……余計な詮索はここまでにしておこう。お客様のことをあれこれと詮索するのは失礼だからね。

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