58.著作権は大事
一先ず、場所をバックヤードに移して話し合いをすることになった。
さすがにあの集団を全員入れるわけにはいかないので、代表者三人を選び、それ以外の人たちは店外で待ってもらうことになった。
その代表者の中にはもちろんエイブラハムさんもいた。
部屋にはエイブラハムさんたちの他に、アイリスさんとロウシェさん。そしてココさんが立ち会うことになった。
さて……事の問題はスクロールだ。
あの魔術師の集団は全員スクロール職人だという。
正確には魔導具士というらしい。その中でもスクロールを専門に作っているのが彼らというわけだ。
「最近、探索者からのスクロールの製作依頼が減ったんだ。このコンビニという店が現れてから!」
「原因を調べたら、あの『まるちこぴーき』とかいう魔導具のせいだった!」
本来、スクロールとは彼ら職人が一つ一つ作り出すものだったという。
それがコンビニのマルチコピー機が現れてからは、探索者たちはそれを使い出したんだ。
値段は相場と変わらない。だけど元となるスクロールが一枚あれば、すぐに印刷して複製できてしまう。
これが一番の問題だった。
職人たちが一枚のスクロールを作り出すのに、数日は掛かるという。ストックがあれば問題ないかもしれないけど、ないものに関してはそれだけ待たないといけない。
同じ値段でどちらを利用するかと言われたら……すぐに入手できるマルチコピー機を選択するだろう。
最近はコピーのために原本となるスクロールを一枚確保している探索者も多くなったし、中にはコピーしたスクロールをもらって、そこからコピーするような探索者もいた。
探索者たちは段々とスクロールを職人から買うことがなくなり、コピーするのが当たり前になってしまったわけだ。
「彼らの要求としては、マルチコピー機の稼働停止。及び今まで複製されたスクロールの売り上げと賠償金を要求したいとのことです……」
ロウシェさんがすごく申し訳なさそうに彼らの要求を代弁した。……僕にスクロール職人を紹介しようと話をしに行ったら、こうなったらしい。
ロウシェさんは何も悪くないから、そんな顔しないでよ……。
「……分かりました。では今まで印刷されたスクロール代と賠償金は払いましょう。機械の停止もしてもいいですよ」
「な、なに?」
「本当か……?」
僕があっさりと要求を飲んだから、代表者の二人は拍子抜けしたように驚いていた。
「待て、ハジメ殿。正直、これは犯罪ではない。迷宮条約にも反していない。だから、ハジメ殿は賠償金など払う必要はないんだぞ?」
「確かに、この都市の法律ではこれは犯罪ではないんでしょうね。でも、僕の世界ではこれは犯罪にあたりますから……」
「そうなのか?」
「著作権の侵害……違法コピーにあたると思うんですよね」
僕はテーブルに置かれた羊皮紙に描かれたスクロールと、コピー用紙に印刷されたスクロールを見た。
コピーされたスクロールは実に綺麗に、そっくりそのまま複製されていた。
「でも、一つ言わせてもらいます。確かにお金を払えば解決する問題ですよ。でも、今解決出来ても、その後はどうするんですか?」
「……その後?」
職人の代表者二人は困惑しながら首を傾げた。
「スクロールに描かれている魔法陣のデザインは職人独自のものですよね?」
僕は確認するように、エイブラハムさんのほうを見た。彼はさっきから僕の方を観察するかのように見ていた。
「この世に散らばりし魔法を記した巻物の中で――」
「真面目に普通に話しなさい。まどろっこしい!」
「……汎用性の高いスクロールを除き、上級のスクロールに関してはそうだ。基本的に職人たちが独自で描き起こしたものが多く、同じ魔法でも魔法陣の描き方が違うことがよくある。中には一子相伝の物もある」
……エイブラハムさん、普通に話せたんだ。本人すごく不服そうだけど。いや、今は真面目な話をしていたね。
「なら、今までも問題になったことはあったんじゃないですか? 誰かの魔法陣のパターンをそのまま真似て問題になったりとか」
「あったが……そこまで大きな問題にはならなかった。一つ一つを真似て作っても限界があるし、少しの書き損じで不良品になる。真似るのが難しいのだ。……だが、貴様のところはそれがない」
「……ええ、そうですね」
人力だと確かに模写の限界があるだろう。だけど、機械にはそれがない。完璧に寸分狂わず複製が可能だ。人件費も時間もそうかからない。
「僕が言っているその後とは、この問題のことです。マルチコピー機は稼働停止にしてもいいんですよ。でも、同じような魔導具が今後現れないとは限りません。実際、この世界にも〈複製機〉という似た物があるそうじゃないですか。……もし、そういうものが現れた場合、また同じ問題が起きますよ」
「……ふむ。確かに貴様の言う通りだな、稀人よ」
これはマルチコピー機を停止したところで、問題の全てが解決するわけではないんだ。
「ならば、如何にしてこの問題を解決する?」
「著作権法を新たに作りませんか? このスクロールの製作者の権利を保護するんです」
僕が知っている限りの著作権法について話した。
この世界ではまだ著作権についてはそこまで認識されていない様子だ。
実際、元の世界でも印刷機が歴史に登場するまで著作権についてはあまり問題視されていなかったはずだ。それだけ複写のコストが高かったから。
「スクロールの図案を製作者と共に登録しておくんです。そうすればもしその図案をコピーされて使用されても使用料を取ることができるでしょう」
「確かに……貴様が話したやり方ならば、図案の製作者の利益は守られるか……」
エイブラハムさんは少し考える仕草をした。
「じょ、冗談じゃない! スクロールの図案を一つに集めて管理するのか!?」
「そんなことしたら、まとめて俺たちの技術が盗られるんじゃないか!?」
対して他の代表者二人はこの提案には否定的だった。
「俺たちの技術を全部盗んで独占するつもりだろ!!」
「いえ、そんなつもりは――」
「……ふっ、はははは!」
「エ、エイブラハム様……?」
「いや、貴様らがあまりに愚かで無礼者で呆れただけだ」
エイブラハムさんは振り返ると二人を睨み付けた。
「このスクロールの基礎を作りしは我が父にして師によるもの。かの偉大なる魔法使い、ジョナス・マギステル・マグス・ファミリアである。貴様らもまた他者の技術の恩恵を受けていることを忘れるな」
「……っ……はい」
ジョナスさんの功績って本当にすごいんだな……。
そしてその弟子であるエイブラハムさんに言われては、二人は返す言葉も出てこなかったようだ。
「稀人よ、謝罪しよう。我は誤解していた。貴様が他者の技術を不当に盗み、私腹を肥やす守銭奴の類であると思っていた」
「いえ、僕も気付かなかったので……こちらこそ申し訳ありません」
ちょっと考えれば分かったことなのに、気付くのが遅れてしまった。これもスクロールという、現実離れした魔法アイテムだったせいもあるかもしれない。
「しかし、著作権法を定めるには我らだけでは不可能だな。この問題は商業ギルド並びに迷宮伯も関わらなければ出来そうにないが」
「仕組みは理解しました。登録の管理などについては商業ギルドがすれば大丈夫そうですね。ギルドにはうちの商会から通せますよ〜」
「迷宮伯についてはあたしから話してもいいわよ。書籍の検閲の関係で関わりがあってね。アイリス、面会の約束取れるかしら?」
「分かった、団長に確認してみる」
とんとん拍子に色々と決まっていく。
法律を新たに定めるとなると、確かに組織やこの地を治める領主の力が必要だった。でも幸いにも、領主に近い人達が集まっていたので、なんとかなりそうだった。
「他の職人たちへの説明は我がしよう」
確かに職人たちに慕われているらしい、エイブラハムさんから説明したほうが、彼らも納得してくれるだろう。
「それにしても、あんたいつロンダールに来たのよ?」
「一月ほど前のことだ。遥かなる旅路の果て、我はこの迷宮の都にたどり着いた。しかして、我が懐にありし黄金の光は消え失せていた。このままでは世界は闇に閉ざされてしまう。黄金の光を求めるため、この迷宮の都で我が持つ偉大なる力、魔導具を生み出す力にて光を求めた。光を集めるうちに、運命は手繰り寄せられる。我が力に感化された魔を司りし者たちが、我が元に集うようになったのだ」
「だから、そのまどろっこしい話し方はやめなさいってば!」
まぁ、要約するとロンダールまでの長旅でお金が尽きたから魔導具士の仕事をしていたらしい。そうしているうちにあの職人たちから慕われるようになったみたいだ。
「最近受けたのは微弱なる熱にて物を温める巻物であったな」
「ああ、温めのスクロールはエイブラハムさんが作ってくれていたんですね」
「やっぱりね。見たことある魔法陣だと思ってたのよ」
ココさんは温めのスクロールを見た時から弟弟子の物だと見抜いていた。さすが姉弟子と言うべきなのかな?
ちなみにジョナスさんの弟子はココさんが知っている中では他に姉弟子が二人、弟弟子がさらに二人いるらしい。
「とりあえず、説明する時にその回りくどい話し方はしないようにね?」
「……分かった」
エイブラハムさんはココさんに釘を刺されていた……。うん……普通の人にはあまり通じないからね。
ちなみにエイブラハムさんのこの話し方は彼らの父であり師であるジョナスさんの影響だそうだ。
ココさん曰く、まだジョナスさんのほうが分かりやすい話し方をすると言っていた。
ちょっとした変更ですがココたちの姓を『ファミリエ』から『ファミリア』に変更しました。




