57.その病にはかかったことがある
「おはようございます」
「店長、おはようございます!」
朝ご飯を食べ、制服に着替えてから一号店の店舗に出るとすでにバイトの人たちが開店準備を始めていた。
最近は僕がいなくても店舗のほとんどはバイトに任せても大丈夫になってきた。
おかげで僕も重役出勤が出来るようになったわけだ。
まぁ僕は僕で、現在の最深層にある二号店を一人で回しているから、一号店の様子を見終わったら二号店に飛ぶつもりだ。
そう思っていたのだけど……。
「店長、大変です!」
「どうしたんですか?」
外掃除をしていたバイトが慌てて店内に入ってきた。開いた自動ドアの先では何人かの集団が来て騒いでおり、アイリスさんや迷宮騎士に止められていた。
「彼らがいきなりやってきて、店長を出せと言ってまして……」
「……僕?」
一体、どういうことだろう?
とりあえず僕は事態の把握の為にも表に出た。
「あのー、僕に何かようでしょうか?」
「あいつだ! あいつがここの店主だ!」
「貴様が諸悪の根源か!」
「この盗人が! 恥を知れ!」
僕が現れた途端に表にいた集団から殺意と罵声を浴びせられた。いきなり何!? 何なの!?
「なんで騎士団はこいつを捕まえないんだ!」
「だから、犯罪ではないと言っているだろう」
「だとしても、こんな横暴許される訳ないだろ!」
「技術泥棒! 地獄に堕ちろ!」
集団は怒り心頭といった様子で、アイリスさんたちも抑えるのが精一杯のようだった。
「すみません、アキナイ様!」
集団の近くにはロウシェさんもいた。
ロウシェさんもこの状況には戸惑っている様子だった。
「あの、説明をお願いします……」
「――貴様は本当に何も分かっていないようだな」
すると集団の中から一人が前に出てきた。魔術師のローブを着た褐色肌の青年だった。
……いや、というかこの集団自体が魔術師の格好をしている人が多かった。
その中でも、この青年は特に目立っていた。首や手首に金や宝石の付いたアクセサリーをたくさん付けていたから。でも、成金のようには見えず、不思議と似合っていた。
「何も知らぬ罪人よ、よく聞くがいい! 我らには叡智を記した巻物、幾重の歳月をかけて磨き上げた宝があった。しかして、我らの手に在らず。流るる黄金は途絶え、我らの身は痛みに苦しみ出した! 異界の彼方より来たりし稀人がこの災禍を齎したのだ……! 稀人よ、貴様が我らの叡智を盗んだことによって!」
すみません、ちょっと何言ってるか分からないです。おかしいな、翻訳魔法は正常に動いているはずなのに……。
何なんだこの人、すごく厨二病みたいな話し方してる……。いや、待てよ? 厨二病ってことなら――。
「もしかして、スクロールのことですか?」
僕は厨二言語で話す青年の言葉と状況から、答えをなんとか導き出した。
「ハジメ殿、彼の言っていることが分かるのか!?」
どうやらその場にいる全員、彼の言っていることがよく分からなかったらしい。翻訳魔法がおかしくなったわけではなかったみたいだね。
「え、ええ……たぶん? この人たちが長い年月をかけて作ったスクロールを僕が奪っていたらしいです。そのせいで彼らが得るはずだった利益が無くなった……で、合っていますか?」
僕は確認をするように青年のほうを見た。
「ふっ……ふはははははは! 然り! 稀人よ、貴様は我と同じ運命を歩みし者だったようだな!」
「いえ、違いますけど!」
厨二病の同族認定しないでください! 僕も厨二病はかかったことがあるけど、もう卒業したんだって!!
やばい、この人見てると黒歴史が掘り起こされる!
うっ、古傷が疼く! いやそういう意味で疼いているんじゃないから!!
「……しかし、残念だ。貴様が罪人であることに変わりない」
「そうだそうだ! この方の言う通り、俺たちはあんたのせいで商売出来なくなったんだよ!」
「どうしてくれるんだよ!」
「お、落ち着いてください! とりあえず話を――」
再び魔術師の集団が騒ぎ始めた。どうしよう、まともに話を聞いてくれない!
だけどその時――集団の怒鳴り声をかき消すほどの雷鳴が落ちた。
「まったく騒がしいったらありゃしないわ。落ち着いて本も買えないじゃない」
「ココさん!」
静かになった魔術師の集団の向こう側に、ココさんが立っていた。
「これも運命の導きか。血よりも濃い縁で繋がれし我が同胞――」
「相変わらず煩わしい話し方してるわね。そういうのを異世界だと『厨二病』って言うらしいわよ?」
「……チュウニビョウ?」
「そう、あんなみたいな痛い奴のことよ」
「……痛い奴……だと……!!」
やめてあげて! そんなグサグサと言わないであげて! あと僕にもちょっとダメージくるからやめてください!
「あの……ココさんの知り合いですか?」
「ええ、弟弟子よ」
ココさんは確か偉大な魔法使いジョナスという人の弟子という話は聞いたことがある。弟弟子ということは……。
「違う。兄弟子だ!」
「違わない! あたしが姉弟子でしょ! あたしの方がお父様の養子になるのが一日早かったもの!」
「刹那の差ではないか!! さらに言わせれば我のほうが長き時を生きし者であり――」
「弟 弟 子 で しょ ?」
「…………はい」
バチバチと鳴った音と威圧感に弟弟子さんは負けていた……。
それから弟弟子さんは僕たちのほうを見ると、慌てて咳払いをした。
「名を告げていなかったな。我が名はエイブラハム・ファースト・エイシェ――」
「略してエイブラハム・ファミリアよ」
「……姉上ェ!」
「うるさいわね。その長ったらしい名前はあんたが勝手に名乗ってるだけで、特に意味なんてないでしょ!」
なんというか……すでに力関係が分かった気がする。




