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55.推しの匂いと足りないツッコミ

「そういうことでしたら、クローバー商会はその辺りの商品をいつもより多めに仕入れて、探索者たちが手に入りやすいようにしておきますね〜」


「ありがとうございます、ロウシェさん」


 ロウシェさん側にも後から説明しようと思っていたから、色々と手間が省けた。

 今まで消臭や洗剤などは商会側はあまり仕入れていなかった。あまり需要がなかったからね。

 でもこれから需要が増えると分かれば、事前に仕入れておくことで、供給を満たすことができる。


 ……ちなみにロウシェさんもデリカさんと同じく、身だしなみを気にしているのか、いい匂いがする。耳やしっぽやだってふわふわの毛並みだ。商人だからそういうのは気にするのだろう。 


「……あ、あたしもやるわよ。やればいいんでしょ?」


「ココさんもありがとうございます。……あ、そうそう、ココさん向けにいいものがありますよ」


 僕はある制汗スプレーを取り出した。鮮やかなパステルカラーで、清潔感と清涼感のあるパッケージをしている。

 至って普通の制汗スプレーだ。だけどこれは僕たちにとっては普通ではない。


「これに見覚えがあるはずです」


「……! こ、これって二巻でフジカが手に持っていたのに似てるわね……!」


「漫画内ではメーカー名はぼかされていますが、形とロゴからフジカ先輩が使っていた制汗スプレーかと思われます。ファンの間ではこれを使えば、フジカ先輩と同じ匂いを纏えると話題になってました」


「フ、フ、フジカの匂いですって……!?」


 ココさんが興奮のあまり、生唾をごくりと飲み込んでいた。


 推しの匂い――それは生々しくも魅力的なものだろう!


 決して触れられない推しという尊い存在。そんな推しを身近に、しかも匂いという嗅覚で、推しの存在を感じとることができるんだ……!


 推しをイメージした香水などが売られていることだってあるほど。

 今回の場合は、漫画でフジカが使っていたとされる制汗スプレーだ。フジカ先輩はテニス部のエースで、その部活終わりの描写の際に手にしていたのがこれだと言われている。ちなみにジャスミンの香りだ。


「フジカと同じ匂いになれる……ふふ、ふふふ」


 ちょっと怪しい笑みを浮かべているココさん……。ま、まぁココさんも魔法使いとして名が知られているから、使ってくれれば他の探索者にも影響はあるだろう。フジカ先輩に関係するものだったからという理由もあるけど。


「なんて良いものかしら! これを使えば推しと同じ匂いになれるだけじゃなくて、お風呂にもあまり入らなくて良くなるなんて――」


「いえ、そんなことはないです。ちゃんと風呂に入ってください……! 制汗スプレーはあくまで汗臭さを抑えるものであって、風呂に入らなくていいことにする便利なアイテムではないですからね!」


「……やっぱりダメなのね?」


 ココさんはすごく悔しそうにしていた。……ま、まさか!


「ココさん、もしかして風呂嫌いですか……?」


 元の世界でも話題になっていた……風呂キャンセル界隈の人ですかっ!?

 風呂に入るのが面倒くさい、疲れているから入りたくないなどの理由で風呂に入らない人たちみたいな……!


「そ、そんなことはないわよ! ちゃ、ちゃんと入ってるわよ!!」


 ココさんは慌てて否定したけど――。


「私が覚えている限り、三日は入ってないのでは?」


「ちょっとアイリス、余計な事言わないで! というかなんであんたが知ってるのよ!」


「騎士団の事務室に三日ほど居たのを見ていたからな」


 即アイリスさんに風呂に入っていないことをバラされていた。……というかアイリスさん、配慮もしないでズバッと暴露しましたね……。僕が言えた口じゃないけど。


「仕事が忙しかったんですか……?」


「えっ……ま、まぁそうよ! 持ち出し禁止の書籍の検閲をしていたのよ! けして本を読むのに夢中になって、寝食も忘れていたとかじゃないからぁ!!」


「そうなんですか〜」


 なるほど、忘れていたんですね! 三日も閉じこもっていたから風呂にも入らなかったんですね……!


 などとは言わずに、僕は言葉通りに受け取って愛想笑いをしておいた。僕はちゃんと配慮しますよ。


「と、とにかく! 確かに三日入ってなかったけど……三日くらいはまだ良いでしょ?」


「すみません……三日でもちょっと……」


「そんなっ……!」


 配慮はするけど、それは許せないかな……。

 毎日風呂に入る習慣がない人からすれば、確かに驚くことかもしれないね……。まぁ一週間入ってないよりはマシ……いや街に居ながら三日も入ってないのはやっぱりダメだよ……。


「この件は団長にも報告して、騎士団内でも注意喚起しておく……。私たちも結構、風呂に入ってないことが多いからな……」


「あら、なんだかんだ言って、あんたも風呂に入っていないじゃない!」


「いや、私は今朝シャワーを浴びているぞ?」


「そうですね、浴びてましたね」


 このコンビニの警備を任されている騎士に限っては、最近作った騎士団用の休憩室にシャワー室があるからそこまで酷くはない。

 騎士団の人たちには前々からそれとなく、僕が気をつけるように言っていたのもあるんだけどね。


 だからアイリスさんが今朝シャワーを浴びていたのは、本当のことだ。

 彼女の場合は勤務前に朝の鍛錬をするから、その時の汗を流している。


「……な、なんでハジメがそんなこと知って……ま、まさかアイリスと一緒にシャワーを!?」


「ちょっと待ってくださいっ! 何でそうなるんですかっ?!」


「確かに朝の鍛錬にはハジメも一緒にやることがある。そういう時はシャワーも一緒だな?」


「シャワーのタイミングが一緒なだけで別々です!! アイリスさん、こんな時に紛らわしいこと言わないでください!」


 つ、ツッコミが大変だ……!

 変な勘違いに紛らわしい言い方が合わさってとんでもないことになっている!!

 違うんです、本当に! 大体、未成年とそんなことするわけじゃないですか!


 それに、ワタさんだって言ってたし!


『女子高生から見たらアキっちは十分おっさんっす。五歳以上離れた時点でもうアウトっすね〜。私が歳上に興味ないだけかもっすけど。でも、ロリコンと疑われないように気を付けるっすよ〜』


 24歳はまだおっさんじゃないと思うんですけど!!


 ……いけない、記憶の中のワタさんにもつっこんでしまった。

 でもちゃんとワタさんの言う通り、それはもう気を付けてますよ! 変に勘違いしないように!!


「あらあら、かわいいやり取りね〜」


「……もし本当にそんなことになってたら、オレはアキくんの頭を射抜くところだったかもしれないよ」


 なんか色々と聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするが、もうツッコミきれないよ……。


「アキナイ様も大変ですね〜。……で、実際のところどうなの、お兄ちゃん?」


「誓って何もないですけど? 揶揄わないでくださいよ、ロウシェさん」


「にゃはは〜」


 まったく……。ロウシェさんにはあのドライブ以降、こうやっていじられることも増えたんだよなぁ。


「大丈夫だ、アキ。ちゃんと分かっているとも」


「デイヴィッドさんっ!」


「ああ。カイオスもそう思うだろう?」


「…………歳下に手を出すのはどうかと思う」


「全然分かってないじゃないですかっ!」


 本当……ツッコミが足りない。

 まぁ、一先ず誤解は解けて場は落ち着いた。


 ちなみにアイリスさん、以前までは井戸水の冷たい水を被っていたらしい。最近は温かいシャワーを浴びられて嬉しいと言っていた。


 水をお湯にできる魔導具はあると言ったけど、当然高いわけで。広く普及している訳ではない。

 風呂文化が広まらないのは、お湯の用意が簡単ではないという理由もあるだろう。冷たい水ばかりを被っていては風邪を引く。


 でも、その点についてはちょっと思い付いている手があるので、なんとかできそうかなって思う。

 デイヴィッドさんたちが広めてくれる間に、用意をしておかないと。


 そのためには……ロウシェさんかココさんあたりに相談しようと思っている。


「そうだ、ハジメ殿。今回の件はきっと迷宮伯にも報告することになるだろうが、構わないよな?」


「ええ。むしろ話を通して欲しかったくらいですよ」


 一応、迷宮に関することだから、迷宮伯にも話を通しておきたかったんだよね。

 迷宮伯がなんて思うかは分からないけど……何か問題があれば言ってくるだろう。


 ……しかしながら、今だに迷宮伯には会ったことがないなぁ。公務で忙しいみたいだからなかなか会えないみたいだ。


 僕が店舗の外に出ても意思疎通は出来るようになったから、こちらから会いに行くことも可能になったので、今はその方向で調整中らしい。


 一体どんな人なのかは分からないけど……迷宮伯というこの街の統治者だから、失礼のないようにしないといけないね。


 ……出来ればツッコミができる人ならいいなと、少し思った。

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