6.実は闇コンビニだった
「つまり……お前は商会、いや会社だったか? そこからの指示で、無理矢理この店の店主としてこの世界に飛ばされてきたというのか……?」
「ええ……そうです」
店内の端にあるイートインスペース。
小さな机を挟んで僕たちは話していた。
あの後、お腹を満たした女騎士さんに、あれこれと聞かれたので僕はここに来るまでの経緯を洗いざらい話したのだ。
「異世界からやってきた店か……」
「えっと、信じてくれるんですか?」
「この店の商品を見て信じないほうがおかしいだろう?」
そう言いながら、お茶の入ったペットボトルを手にする女騎士さん。水以外の飲料も飲んでみたいと言われたので試しに緑茶を渡してみたのだ。おにぎりも合うと言ったら、気に入ってくれたようだった。
「しかし……そうなると迷宮内での営業許可証は持ってないのだな?」
「え、営業許可証って……?」
「この迷宮はな、ロンダール迷宮伯の直轄領という扱いだ。だから迷宮内でのあらゆる商売行為は迷宮伯からの許可が無ければ出来ないのだ」
「…………ちょっと待ってくださいね」
僕は慌ててバックヤードに向かい、パソコンを見る。管理画面を色々と見て回った。だが、許可証に関してのものは全くなかった。
「店舗移転しておいて、その地域の営業許可取ってないとかあるの!? まじで何やってんの本社ァ!!」
思わず頭を抱えた。つまり、僕は今、無許可でコンビニを営業しているということになるみたいだっ!
「おい、大丈夫か?」
「全然大丈夫じゃないです……あのすみません! 許可が必要だとか知らなかったんです! 知らなかったで済まされるとは思ってませんけど、僕だって騙された被害者なんですよぉ!!」
バックヤードに様子を見にきた女騎士さんに向かって、僕は渾身の土下座を披露した。
「待て待て、落ち着け。いきなり逮捕とかしないから」
「……本当ですか?」
「だって私はまだ金銭を払っていない。販売行為はまだしてないと言えるだろう?」
「……確かに?」
今のところ、確かに女騎士さんから支払いをまだしていない。金銭のやり取りが発生していないから、これは商売でも販売でもないと言える……?
僕が腹を空かせた女騎士さんに、善意で食べ物を分け与えたとすれば許されるのか?
「言っておくが踏み倒すつもりはない。この店の営業許可が出次第、きちんと払うつもりだ」
「でも、営業許可なんて出ますかね……だって迷宮伯って人に許可してもらわないといけないんですよね……?」
そもそも迷宮伯って人に会えるかどうかも分からないのに……。
「許可自体は基本的に、我々迷宮騎士団が領主に代わって出している。……まぁこの店は少し特殊だからきちんと領主の許可が必要そうだがな」
「……迷宮騎士団?」
「そういえば、自己紹介をしていなかったな」
土下座したままだった僕を立ち上がらせてから、女騎士さんは自己紹介をしてくれた。
「ロンダール迷宮騎士団所属、アイリス・ナイトホークだ。我が迷宮騎士団は迷宮伯の命の元、このロンダール迷宮内の秩序と治安を守っている」
女騎士さん……もといアイリスさんは見た目通り騎士だったみたいだ。
それにしても、わざわざ迷宮内の治安を維持する為の騎士団があるとは……。
「えっ、ということは完全に取り締まる側じゃないですか!?」
「だから、お前はまだ販売行為をしてないだろう?」
「……あ、はい。そうでしたね……」
無許可で営業していた闇コンビニを、きちんと取り締まらなくていいのだろうか……?
まぁアイリスさんがいいって言うなら、いいのか。
「このコンビニという店については、私が受けもとう。まずは騎士団長に報告した後、それから領主に話を通してもらうことにする」
「あ、ありがとうございます!」
さすが迷宮騎士団の方だ! 話が早い!
アイリスさんが最初のお客様で本当に良かった!
そうでなかったら、迷宮内での営業許可の話を知らずに物を販売して、捕まっていたかもしれないから。
「なら、まずは迷宮を出て地上に上がらなければな」
「そういえば、ここって迷宮の第一層なんですよね? 地上は近いんですか?」
木々の隙間からわずかに木漏れ日が見えるけど、その先の空と太陽は迷宮が作り出した偽物なのだそうだ。
「いいや、この第一層だけでも踏破するのに一週間は掛かる広さがある」
「そ、そんなに広いんですか……」
「道を知っている慣れた探索者なら三日もあれば移動できるがな」
探索者というのはこの迷宮を攻略する人たちのことらしい。冒険者みたいなものだろう。
基本的に探索者たちが最前線の迷宮を攻略しており、騎士団はその道中の治安とか、探索者同士の諍いの仲介をしたり、迷宮で行方不明になった人の捜索とかをしているみたい。警察みたいな組織だ。
「この店がある場所は地上の入口に近いが、メインの道筋からは外れている。第一層は探索し尽くされているからベテランは通り過ぎていくだけだし、そもそも第五層まで直通の転移ポータルがある。初心者探索者はこの森で迷子になるのを恐れてメインの道筋から外れることはあまりしない」
「ああ……通りで今まで人の気配がしなかったわけだ……」
立地最悪すぎるでしょ。営業許可の件といい、ここに店舗を出店しようと言い出したのは誰なんだまったく……。
「あれ? ならアイリスさんはどうしてここに……見回りとかそういう感じですか?」
「……ま、まぁ、そんな感じだ」
「どうして目を逸らしているんですか?」
きっと巡回か何かをしていた時に、ここを見つけたのだろうと思っていたのに、なぜか目を逸らされた。
「見回りだったのは本当だ! ……ただここより下層のだが……その場所の見回りが終わったから地上に戻る道中だったんだが、途中で食料が尽きてしまって……それで空腹になって……方向が分からなくなって……」
「つまり、空腹で迷子になっていたら、偶然ここに辿り着いたと……」
「ま、迷子ではない!」
……アイリスさんって実はポンコツ騎士なのかな? ちょっとこの人に店のあれこれを頼むのが不安になってきた。
「ちゃんと道は分かると言っているだろ! とにかく行くぞ!」
「行くって地上に!?」
アイリスさんに手を掴まれて、自動ドアを潜って外に出てしまった。まだ心の準備出来てないよ!? 僕はゴブリンとすら戦えないのに!!
「$3=+〆○!」
「え、今なんて言いましたか!?」
「%8÷♪☆……?」
いきなりアイリスさんの言葉が分からなくなった……。
アイリスさんも同じなのか、僕のほうを見て驚いたように首を傾げていた。
なんで……さっきまで問題なく意思疎通出来ていたのに……あっ、まさか!
僕は急いでコンビニの中に戻る。入店音が響く中、店の中から外にいるアイリスさんに向かって話しかけた。
「僕が言っていること、分かりますか? ツナマヨはおいしかったですよね?」
「ああ、ツナマヨはおいしかった。……どういうことだ、これは?」
これでわかった。どうして話が通じなくなったのか……。
「多分、コンビニの店内にいる時だけ、言語翻訳が効いているのだと思います……」
これも移転特典で店舗が貰ったチート能力らしい。
確かに言語が通じないと接客も出来ないから物を売れないよね……!
じゃないよ! どうすんのこれ!? コンビニから一歩出たらまともに会話出来ないじゃん!!
「それは……困ったな。お前を地上に連れて行って色々と説明してもらおうと思ったのだが……」
「僕はこの世界の言葉を話せないので、地上ではまともに説明が出来ないでしょう……」
アイリスさんが腕を組みながら考えこみ始めた。
「そういえば聞いてなかったが、お前は戦えるのか?」
「無理です。無理無理! ゴブリンとだってまともに戦えません!」
「やはり、そうか……。一応お前を守りながら地上に行けるとは思っていたが、言葉も通じないとなると難しいな……」
言葉が通じないのは致命的だ。特に命がかかる瞬間は。咄嗟の指示を理解できないなら、待っているのはきっと死だけだ。
「分かった。お前はここで待っていろ。私だけで話を付けてくる」
「それは……大丈夫でしょうか?」
「まぁ、なんとかしてみせるさ」
そう言って、アイリスさん一人で地上に戻っていった。流石に手ぶらで証言しても信じてもらえないだろうから、ということでいくつかのおにぎりとペットボトルを持たせた。
ビニール袋に入れて持たせたら、その袋にも興味を持っていたよ。
とりあえず、物があれば話は信じてもらえるだろう。
「……アイリスさん、途中で全部食べ尽くしたりしないよね?」
ここから地上まで数時間で行けるって言うからおにぎりとかを持たせたけど……食品以外も持たせておけば良かったな……。