54.僕にとっての深刻な問題
実は僕はある深刻な問題に悩まされていた。
この世界に来てからこの問題をどうしようか悩んでいたけど、少々デリケートなことだし、タブーかと思って気にしないふりをしていた。
だけど、この世界で暮らしていくとなった以上、この問題ともずっと付き合わなければならないわけで……。なら、この問題を解決するために動くべきだと思ったんだ。
「それで話ってなんだい、アキ」
「アキくんから呼び出しなんて珍しいね?」
コンビニのバックヤードに、あの【ジャック・ライダー】の面々が集まっていた。
今回の問題解決のためには、彼らの力も必要かと思って、呼び出したんだ。
「ええ。少し力を貸して欲しくて……。ただ、なんでアイリスさんたちまで居るんですか……?」
「私はこの場の警備を任されているからな」
「あたしはたまたま来ただけだったんだけど、なんか困ってるって話じゃないの。……あんたには世話になってるし、ちょっとくらいなら手を貸してあげてもいいと思ったのよ。ありがたく思いなさい!」
「ココ様と同じく! 商品補充で来たのですが、話を聞きつけまして〜。アキナイ様には我がクローバー商会として、お世話になっておりますから!」
部屋には【ジャック・ライダー】の四人(ハートンさんは非番でいない)の他に、アイリスさんとココさんとロウシェさんがいた。
「そもそも何か困り事があるなら、私たち騎士団にまず相談してくれてもよかったんだぞ?」
「そちらにも相談には行くつもりでしたけど……」
確かにここで話せば二度手間にならなくていい。ココさんとロウシェさんの手が借りれるのもありがたいくらいだけど……。
今回の件はちょっと頼みづらかったんだよね。
「……わかりました、いいでしょう。ただ、怒らないでくださいね?」
「よく分からないが、分かった」
「いいからさっさと話しなさいよ」
なんかもう怒ってないですか、ココさん!?
勿体ぶる話でもないので、僕はすぐに話すことにした。
「僕が困っているのは――体臭です」
「「「……体臭?」」」
……一瞬、何のことか分からないと言った様子で、全員に首を傾げられてしまった。
ほらー! やっぱり! これだから異世界人は!!
「皆さん、聞きますけど風呂っていつ入りましたか?」
「ちょっと、何!? あんた、い、いきなりなんてこと聞いてるのよっ??」
「う、うわっ! すみません!」
顔を真っ赤にしたココさんに胸ぐら掴まれて揺さぶられた。
く、苦しいし、頭がぐわんぐわんするっ! 異世界人の力って僕にとっては力強すぎるんですよ!
僕だってちょっとセクハラだったとは思う! でも、これは言わないといけなかったし!
「ココ殿、手を離してやれ。ハジメ殿が苦しそうだ」
「ちょっとデリカシーなかったのは分かるわよ〜? でもその辺りにしてあげてね?」
アイリスさんとデリカさんに止められて、ココさんは手を離してくれた。
だ、だからココさんたち女性陣に話すのは躊躇していたんですよぉ……。デリカさんのことも席を外してもらおうか、悩んでいたくらいだ。
「まぁしかし……体臭と風呂か。確かに俺たちは迷宮帰りだから……一週間くらいはまともに入ってないな」
「オレらは第十一層帰りだから、まだマシな方だけど……いや、ちょっと磯臭いね?」
「……あまり、気にしたことがなかった」
珍しくカイオスさんが話しながら二人の言葉に頷いていた。
そう、探索者ってのは長期で迷宮に潜るから……臭うのだ!
元々衛生概念が低い世界だから、毎日風呂に入るという考えがないのもあるのか……ちょっと臭い。
体臭ってデリケートな問題だし、異世界で風呂に入るのは厳しいのかと思って、黙っていたんだ。
ただ、半年近く異世界で過ごして分かってきたが、どうもそうじゃない。水だって便利な魔法があるから、割と使いやすいみたいだし。シャワーのようにお湯を流すことだって出来る魔導具があるくらいだ。
単純に風呂に入るという文化に馴染みがないだけみたいだった。
それに加えて、探索者は長期で迷宮に潜るわけだ。もはや臭いの掛け算だね。
そしてコンビニのお客様の大多数は、そういう探索者ばかりだ!
あれだね。野球部やサッカー部などのロッカールームよりもマズイよ。
汗臭さだけならまだマシ。そこにモンスター由来の獣臭さや血生臭さが加わるわけだ。悪臭の最悪ブレイドがされちゃっている。
僕は正直よく耐えていたと思う。……まぁ鼻が麻痺して慣れたのかもしれないけど。
しかし、臭くない方がいいわけだ。というわけで僕はこの問題解決についに乗り出したんだ。
「アタシは結構気を使っていたのだけど……もしかしてにおっていたかしら?」
「デリカさんは完璧です。大丈夫です!!」
「あら、なら良かったわ!」
デリカさん……あなたは女神でしたよ。真っ先に体臭対策商品に目を付けていた時から分かっていたけど、デリカさんからはいい匂いしかしない。フローラルな花の香り。ずっと側にいて欲しいくらいです……。
「だからアタシは言ってたじゃない〜。デイちゃんたち、いつも汗臭いんだからなんとかしなさいって!」
「うっ……。すまない……まさかアキがここまで深刻に捉えているとは思わなくて」
「これ、気を付けないと出禁にされる?」
「……正直そうしようか迷ったくらいです」
「マジか!」
店ルールでそうしようかと少し思ったけど、さすがにそれはやり過ぎなので無しにした。
体臭ってその人の体質もあるから本当にデリケートだし、本人気づいてない場合もあるしで、あまり強くは言いたくないんだよ。自覚ある人は心底困っているだろうし……余計なお世話だってなるよね……。
ただ、風呂に入ってないとかのレベルは違うから。
今回の件はそういうレベルの話だから、ちょっと手を貸してもらおうと思って。
「しかし、この問題は……俺たちでなんとか出来ることか?」
「むしろ適任ですよ。デイヴィッドさんたちにはいつものように、これらのコンビニ商品を使ってもらって、評判を流してもらうだけでいいです」
僕は必要そうなコンビニ商品を机の上に並べながら、説明をした。
要は常識を変えるんだ。探索者たちが綺麗好きになるように。
風呂はできれば毎日入るようにする。それが無理ならせめて制汗スプレーやボディシートを使うなど、やり方は色々ある。
風呂に入れるなら、シャンプーやボディソープなどを使えば、身体の汚れを綺麗に落とせるし臭いだってしっかり落とせる。服に染み付いた臭いも、洗濯洗剤で洗えばいい。洗えないなら消臭スプレーがある。
そして、それらの必要なものはすべて――このコンビニで買える!
しかし、欲しいと思わなければそれらの商品は売れない。これらの臭いや汚れに関係する商品は、探索にはあまり関係ないものだ。どうしても、後回しになってしまうのも分かる。
なら、どうすればいいか……。見本となる探索者にそれらの商品を使ってもらうのだ。
SNSでもよくある有名人やインフルエンサーに商品を使ってもらい、広めてもらうやつだね。
……今回はダイレクトマーケティングではなく、ステルスマーケティング、所謂ステマのやり方だから、あんまり良くないけど。
でも、これは探索者たちの健康にも繋がるはずだ。風呂などにあまり入らないのは、不衛生極まりないから。
デイヴィッドさんたちは最前線の攻略組かつ、今話題のあの【ジャック・ライダー】だ。探索者に向けての広告塔としては十分過ぎるほどだろう。
迷宮攻略に関する商品の数々は、彼らが使っていたからという理由で買う探索者も多いんだ。
「そういうことならば、俺たちにもできるな……」
「ちょっと面倒だけど……仕方ないね」
「……問題はない」
「アタシとしてはむしろ大歓迎よ〜! 今まで以上に張り切っちゃうわ〜!」
実は【ジャック・ライダー】の人たちは他の探索者に比べたらそこまで臭いは酷くない。デリカさんがメンバーたちも含めて気を付けていたからだろう。
それをこれからは大々的にやってもらえれば、影響を受けた他の探索者たちの意識も変わってくれるはずだ。
「つまり……これからは全身も清めなければいけないということだな!」
うん、まぁ、正直それでもいいよ! あまり店のルールにしたくないから、僕からは言わなかったけど!
消毒液が聖水扱いされてからは、みんな手を消毒……いや浄化してから来店してくれるようになった。同じ流れでこの臭いの件も、そうなってくれたらこっちとしてはありがたいけれど。
デリカさんの話では浄化の魔法を使えば、風呂に入ってなくても綺麗にはなるらしい。
でも、探索者の全員が浄化の魔法が使えるわけでもないからね。それに魔法だと魔力を消費するから、あまり無駄遣いはしたくない心理が働く。
浄化の魔法は毒や呪いなどに対して効果があるらしく、そうなると身を綺麗にするだけに使うのは勿体ないわけだ。




