52.海辺のコンビニ
ざぁざぁと波が寄せては引く音がする。白い砂浜を踏み締めて立てば、潮風が頬を撫でた。
目の前には見渡す限りの青い海。そして、振り返れば――見慣れたコンビニの【スマイルストア】がある。
ビビットな黄色いスマストカラーは不思議なほどにこの景色によく似合っていた。隣に生える木がヤシの木になるだけでここまで変わるのか……。
ここはロンダール迷宮第十一層。そう、ここは迷宮の中で、しかも現在の最深層だ。
今までの森林階層から一転、第十一層からは海洋階層になった。
このジリジリと照りつけるような真夏の日差しも、本物ではなく迷宮が見せる擬似太陽だ。
僕はこの話をデイヴィッドさんたちから聞いた時に思った。まるで常夏のリゾートビーチじゃん、と。そして、次に僕はこう思った。
――そうだ! 二号店は第十一層に建てよう!
二号店の条件である百万SPがいつの間にか貯まっていた。第十層が突破されたあたりで急に百万増えていたから、階層突破ボーナスというやつだろうか?
そんなわけで、二号店を建てる条件は満たしていたけど、問題はどこに建てるかだった。
安全地帯である第五層や第十層は候補にあったけど、正直もう木々に囲まれる生活は嫌気がさしていた。そんな時にデイヴィッドさんたちから第十一層の話を聞いたわけだ。
開放感溢れる綺麗な青空と透き通った海が見える南国のビーチ。それにつられて僕はここに二号店を建てたわけだ。
その結果は……実に最高だった!
僕は備品としてSPを払って手に入れたビーチパラソルで日陰を作り、サマーベッドに寝転んでいた。
服もアロハシャツに短パンと、夏服仕様に着替えていた。
こんなバカンス気分を味わえるなんて思わなかったな。ここが迷宮の中とは思えないくらいだ。
第一層店はすでに研修をあらかた終えたアルバイトたちに任せている。何かあればバックヤードにできた店内ポータルで第一層店に転移できるから問題ない。
まさか店舗同士がポータルで繋がるとは思わなかった。けど非常に便利だ。
ちなみに最深層まで到達していない人でも店内ポータルで飛べるけど、店内から外には出られなかった。最深層でも労働力の確保ができるのは良かった。今のところ、二号店は僕一人で回せそうだけどね。
この第十一層まで到達している探索者は少ないんだ。今は五十人いるかいないか、くらいじゃないかな? そのため、二号店を利用する人も今はあまりいない。
だから僕がこうやって、バカンス気分を満喫していても大丈夫なんだ。別にサボっているわけじゃないよ、これでも店番しているから。本当だって!
「……ハ、ハジメ、殿……」
「アイリスさん、見回りお疲れ様――うわっ!」
周囲の見回りから戻ってきたアイリスさんがいきなり倒れた。
「あ、あつい……」
「こんな真夏の日差しの中で、そんな鎧を着込んでいたらそうなりますよ!」
一応僕は注意したのに、大丈夫だと言ってアイリスさんは出て行った。てっきり暑さ対策をしているのかと思ったのに……。
僕は店舗の警備をしていた騎士たちに手伝ってもらいながら、アイリスさんをコンビニの店舗に運び入れた。
コンビニの中はクーラーが効いていて涼しい。暑い外とは別世界のように思えた。
十中八九、熱中症にかかっているのは分かっていたので、まずは鎧を脱がせた。鎧がフライパンのように熱かったよ……よくこんなものを着ていたね。
早く体を冷やさないといけない……。
商品としても売っている冷えた保冷剤を取り出しタオルで包んでから、血管が集中している首、脇の下、足の付け根などに当てていく。
「アイリスさん、これ飲めますか?」
「……あぁ」
自力で飲めそうだったので経口補水液を少しずつ飲ませる。これで大量の汗でなくなった水分と塩分を補給できるはずだ。
「ありがとう。手間をかけさせてすまないな……楽になった」
「いえいえ、こういうのは慣れてますから」
夏になると稀にあったんだよなぁ。涼しいコンビニに駆け込んできたと思ったら、その場で倒れるようなお客様が。だから、救急車が来るまで対処をしていた。
「アキナイ様、すみません! 見回りから戻ってきた他の騎士たちも全員暑さで倒れました!」
「えっ?」
コンビニの外を見れば確かに、アイリスさんの他にも熱中症が原因と思われる症状で数人の迷宮騎士が砂浜に倒れていた。
ええい! どいつもこいつも、こんな暑い中鎧なんて着込んでいるから!!
「全員の鎧脱がして、そこに並べといて!」
僕は倒れてない迷宮騎士にそう指示を出して、外にある蛇口にホースを付けた。そして倒れ込む騎士たちに、ホースで思いっきり水をぶっかけた。
雑かと思われるかもしれないけど、これも水道水散布法って言う立派な熱中症への対処法だからねっ!
「次からは気を付けてください。……とりあえず、鎧を着るのはやめましょうか」
「防御力がなくなるが……致し方ないか……」
第十一層の厄介な点は、この真夏の日差しだろう。
あの【ジャックライダー】のデイヴィッドさんたちだってこの階層の暑さに対して、すぐ僕の所に対策を聞きに来ていたくらいだった。
そんなわけで、次の日から迷宮騎士たちにはクールビズが導入されることになったんだけど……。
「この水着とやらは薄いわりに丈夫で、水に入っても動きやすい! 実にいいな!」
腰に下げた剣はそのままに、ビキニの水着姿のアイリスさんが二号店の店内にいた。
この水着は当然、コンビニの商品として扱っている。こういうビーチやプールが近い店舗では水着は扱っているから、入荷していた。
何かいいものはないかと聞かれて、水着はどうかと言ってみたんだけど……正直困った。
なにせ、似合いすぎていた。スタイルがよいのは前々から分かっていたけど、それに加えてしっかりと鍛えた腹筋までお見えになっていた。
「あの……シャツか何か羽織ったほうが……いいと思います……」
「そうか?」
とりあえず僕が着ていたアロハシャツを慌てて渡したんだけど……この提案は悪手だった。
だって水着の上にシャツだけ着るんだよ? 水着だけ見えなくなって……彼シャツみたいなことになってしまった。
隠したほうがより不健全になったんですけど! やってしまった! 悪くないけども! いえ、なんでもありません!
「……やっぱり、脱いでください。そのままで結構です……」
「? まぁ、こっちのほうが動きやすいからな」
ちなみに、クールビズは迷宮騎士たち全員だ。
つまり……同時に屈強な水着の騎士たちも現れました。
……僕はそっとアロハシャツのボタンを閉めた。
なんで筋トレしてるのに、あんな感じにならないのかなぁ!




