50.新人研修①
今日もロンダール迷宮第一層店はいつものように営業中。
第十層が攻略され、現在の最前線は第十一層だ。しかし、そこまで行ける探索者というのは少ない。
しかも、この都市にいる探索者のほとんどは第五層までの間で、モンスター狩りなどをして迷宮資源を得ながら生計を立てる探索者が多い。
だからお客様の入りはあまり変わっていないんだよね。
そんな中で一つ変化したのは、アルバイトを雇い始めたことだ。今までこの店の店員はクローバー商会から研修として派遣されてきた販売員たちだった。
その研修も大体終わってきたのだ。そうなると研修と称して借りていた労働力がなくなるわけだ。
このまま販売員を派遣してもいいとロウシェさんは言ってくれたが(もちろん、それ相応の値段で)、僕はそれを断って、直接アルバイトを募集することにした。
給与が出せる程に店舗は売り上げが出ているし、しっかりとアルバイトを雇えば、いずれは店を任せることだってできるかもしれない。
そんなわけでアルバイトを募集してみたら、意外と募集が集まって面接が大変だったりしたけど、その中からまずは十人を雇うことにした。中にはクローバー商会で販売員として、コンビニに派遣されてきた人までいたよ。当然その人は雇った。
現在はその新人三人が研修中だ。
「いらっしゃいませ! ようこそ、スマイルストアへ!」
「すっげー……」
「これがコンビニ……」
新人の働きを見守りながらレジに立っていると、まだ十歳前半の子供が三人入ってきた。
見た目が子供なドワーフみたいな種族もいるから判断が難しいけど……三人とも人族ではありそうだな。それにこっちも新人ぽい。探索者は見慣れてきたから、大体の実力が見た目から分かるようになってきた。
三人とも装備が真新しい。衣服は擦り切れていないし、武器には傷一つない。これがベテランの探索者なら、言い方は悪いけど小汚かったりするし、武器も使い込まれていて、傷の一つや二つは当たり前のように付いている。
明らかに新米探索者らしい彼らは目を輝かせながら周囲を見渡していた。一人は自動ドアが動くのが珍しいのか、行ったり来たりしている。
……あまり入口でたむろされては困る。だから話しかけようとした時、さらに来店者が現れた。
「あっ、すみません!」
「大丈夫だ。……おや、君たちは新人かい?」
「は、はい、そうですけど……」
現れたのは二人組の探索者だ。
しっかりした体躯の青年の二人組で、話しかけたほうは小盾と剣を身に付けた剣士だ。
「も、もしかして、デイヴィッドさんですか!?」
「そうだとも。よく俺を知っていたね?」
「だって【ジャックライダー】のリーダー、【万能】のデイヴィッドさんでしょ? 知らない方がおかしいですよ!」
そう。このスマストの常連客でもある、あのデイヴィッドさんだった。
「ならオレも知ってるか?」
「知ってますよ! 【必中】のベルナールさんですよね!」
「当たり! いや〜オレも有名になったもんだ!」
弓士のベルナールさんは名を当てられて上機嫌そうだった。
探索者のパーティの一つである【ジャックライダー】。このロンダール迷宮においては、知らない者はいないほどの有名パーティだ。
元々最前線の攻略組として実力あるパーティとして認知されていたそうだけど、三年攻略が止まっていた第八層を突破し、続く第九層まですぐに突破した。
さらに第十層のフロアボス討伐戦においても活躍した彼らは、まさに英雄とも呼べる存在。
探索者であれば誰でも憧れる、そんな存在が新米探索者たちの目の前に現れたわけだ。子供たち三人はすっかり興奮した様子だった。
「これから迷宮探索に行かれるのですか?」
「いや、今日は休息日でな。ただちょっとコンビニに行こうと思って……」
僕の視線に気付いたのか、デイヴィッドさんは挨拶がわりにウインクをしてくれた。……デイヴィッドさんって好青年だから、ああいう仕草が似合う人なんだよなぁ。
僕は普通に軽く頭を下げて、会釈を返しておいた。
「君たちはコンビニに来るのは初めてか?」
「はい、そうです!」
「よし、なら先輩探索者として、コンビニを利用する際のマナーを教えよう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
えっ……マナー? そんな決まったマナーとか大層なルールとかうちには無いんだけどな……。
「ではまずは……入口にある聖水で手を清めるんだ」
そう言ってデイヴィッドさんは実演するように、入口に置かれた聖水スタンド……ではなく、消毒液スタンドで手を消毒した。
「聖水で清めるんですよね!」
元気よく返事をした子供たちは同じように手を消毒した。
いやまぁ確かに、探索者の中でそれはもう入店時のマナーとして広まっていますけど!
改めてみると変な光景だなと思う。消毒液が聖水って呼ばれていることがね? これ自体は感染予防になっていいから止めはしないけど。
「基本的に武器は出入口で預けること。そのまま持ち込んでも構わないが、店内を回る際に邪魔になることが多いから預けておいた方がいいぞ。特に君の長い杖のようなものはね」
「は、はい!」
新米探索者の一人は魔法使いの少女だった。彼女は長い若木の杖を手にしていた。それを出入口横の傘立てに預けた。傘立ての側には警備の迷宮騎士がいて、管理してくれているから盗まれることはない。
そして三人は初めての探索、その一歩を踏み出すように店内に入った。
「これは懐中電灯と言って異世界の明かりだ。魔導具みたいだが、魔力ではなく電気の力で動くんだ」
「噂には聞いてました! これが実物なんですねっ!」
「長期の食糧にこのカップ麺はいいぞー! お湯を入れたらたったの三分で出来上がるんだ!」
「お湯を入れて三分で!? 魔法じゃないんですか!!」
デイヴィッドさんとベルナールさんの商品説明を受けて、子供たち三人は初々しい反応を見せつつ、コンビニを見て回っていた。
なんだか、懐かしいなぁ。最初の頃は僕が商品の説明をするたびに、デイヴィッドさんたちが同じような反応をしていた。
今では彼らはコンビニ商品に慣れて、人に説明できるまでになっていた。




