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49.ある日のコンビニの朝

「アキっち〜、起きろ〜」


 テンションの低い声と共に、誰かが僕の頬を突いていた。出来ればもうちょっと寝ていたい……あともう少しだけ……。


「ここで寝たらまたモモっちに怒られるっすよ〜」


「……はっ! そうだった!」


 気持ちの良い微睡から、無理矢理意識を覚醒させて、僕は起き上がった。

 見慣れたコンビニのバックヤード。休憩室にも使われるそこには折りたたみの長机とパイプ椅子がある。僕はそこに座って、机に突っ伏して寝ていた。


「ああ、ワタさん。おはようございます」


「はよっすー」


 ギャルみたいな喋り方に反して、やっぱり低すぎるテンションでそう返してくれたのは、ワタさんだった。ワタさんというのはあだ名で、本当は四月一日(わたぬき)さんだ。僕の春夏冬(あきない)と同じ、珍しい苗字の持ち主の彼女は高校生でアルバイトの一人だ。


「ワタさん、今日シフト入ってましたっけ?」


「タカの野郎がまた飛びやがったっんすよ。私は代わりでーす」


 タカってことは小鳥遊(たかなし)さんか。彼もアルバイトの一人で大学生なんだけど……よく仕事を休むことが多い。年下のワタさんが呼び捨てであの野郎と呼ぶほどだ。


「モモっちはあの野郎をさっさとクビにした方が絶対よかったっすよー」


「あはは……でも一応は閉店まで働いてくれるらしいから……」


 モモっちというのは店長兼オーナーのことだ。九十九(つくも)さんという。


 この店舗はもうすぐ閉店する。今更新しい人を雇っても仕方ないし、今いる人数でなんとかやっていくしかない。タカさんのことは少し困るけど……まぁそれもあと少しで終わるのにクビにしてもなって感じだ。


 彼の場合はサークルの先輩とかに呼び出されたとかだろうし、本当にやばい時以外は休むことはないんだけど。


「一応、彼がいなくても大丈夫なようにシフト調整はしてますよ。今だってヤマさんがやってくれていますし」


 こんな時のためにシフト調整はバッチリしてある。

 ヤマさんというのは僕と同じくらいこの店舗で働くベテランパートのおばちゃんだ。ヤマさんもあだ名で、本当は月見里(やまなし)さんという。


 ……よくもまぁ、この店舗には珍しい苗字の人たちが揃ったなと我ながら思う。わりと苗字で採用を決めたんじゃないかとちょっと思ったくらいだ。


「なんだったら僕がサポートに入っても……」


「アキっち〜、労働基準法って知ってるっすか? 夜勤明けっしょ? さっさと帰るっすよ」


 ……うん、やっぱりダメだよね!

 僕の言葉にやれやれとため息をつきながらワタさんが続ける。


「アキっちのそのお人好しなところは悪くないんすけどね〜」


「ありがとうございます……?」


「あっ、今の勘違いしないで欲しいっすよ? 私彼氏いるっすからね?」


「……分かってますよ」


 何度も言わなくてもいいのにな。ローテンションなワタさんだけど、陽キャ?なギャルらしく彼氏持ちだ。正直一緒に働く従業員じゃなければ、接点なんてなかった人だろうなぁ。


「大丈夫でも、せっかくなんで働くっす。バイト代欲しいのもあるっすけど、ここで働けるのもあと少しっすからねー」


 少し寂しそうに言いながら、ワタさんは店内に続く扉に向かっていく。


「そういえばアキっちって、この店が閉店した後はどうするんすか? 私は受験も控えてるんでこのまま辞めようと思ってるっすけど」


 この店舗が閉店になると聞き、選んだ道はそれぞれ別だ。ヤマさんは歳が歳だからと、モモさんと同じく退職するらしい。


 タカさんはコンビニバイト以外の別のバイトをやってみたいと言っていた。体育会系でシフトが合いづらい彼はフードデリバリーのバイトなら合っているんじゃないかと話したら、それをやってみると言っていたし。


 そして僕は……まだ決めかねていた。オーナーのモモさんからは別オーナーが経営する店舗を紹介しようかと聞かれたけど……。


「まだちゃんと決めてないですけど、オーナーになってみようかなって思っています」


 もうコンビニバイトをして九年目だ。一番慣れている仕事であるし、今更他の仕事を選ぶよりはこっちのほうがいいだろうという判断だ。


「へぇ、いいじゃないっすか。アキっちなら良いオーナーになれる気がするっすよ」


「そうですかね……?」


 この話を人に話したのは初めてだ。僕には向いてないんじゃないかという不安もあったけど、ワタさんの言葉に背中を押された気がする。


「もしアキっちがオーナーになったら、その店に行くっすよ。もちろん彼氏連れて」


「冷やかしなら追い出しますからねー」


「ちゃんと売り上げに貢献するっすよー」


 そんな軽い冗談のような会話を交わしながら、ワタさんは扉の向こうに消えていった。


 ――同時に僕の意識もそこで途絶えた。



 ◆◆◆


 ――ピピッ。ピピッ。ピピッ。


「……あっ」


 目覚まし時計が鳴り響く音で目が覚めた。手探りで目覚まし時計を掴んで、音を止めた。時刻は六時過ぎだった。


 ゆっくりと起き上がって周りを見渡す。そこはさっきまで見ていたバックヤードだけど、置かれているものは違っていた。長机とパイプ椅子などは片付けられ、代わりにベッドや家電が置かれており、まるで一人暮らしのワンルームだ。


「……夢かぁ」


 ということは、今の現実に戻ってきたようだ。

 ついさっきまで見ていたものは昔の夢だ。ここに……この異世界に飛ばされる数日前の記憶。


 僕はベッドから起き上がると、リモコンを操作してテレビの電源を付けてみた。


『次は天気予報です。今日の天気は全国的に晴れでしょう。ところによっては――』


 テレビに映し出されていたのは縦長で、すこし反り返った島国。日本列島が晴れマークと共に映し出されていた。


 なんと、テレビの番組はこっちの世界でも映るのだ。一体どういう原理かは分からないけど……商品を発注できるのだから、こういうことがあっても不思議ではない。


 まぁ……向こうの番組が映ったところで何の意味もないけど。天気予報だってこっちの世界の予報はしてくれないし。


 僕は適当にチャンネルを変えてニュースなどを見てみるけど特に気になるニュースはやっていない。……最初は僕とこの店舗について何かしらニュースになってないかと見ていたけど、そういった報道は一切なかった。


 いきなり店舗がなくなったわけだし、僕も行方不明になったわけだから、事件になっていてもおかしくないのにそんなことはなかった。テレビの向こうの世界は、僕たちが居なくても特に変わることなく正常に回っているようだ。


 ……まるで神隠しにあった気分だ。いや、実際にそうなんだろうけどさ。


 本社が関わっているっぽいから騒ぎにならないようにしたのだろうか? まぁ、今更考えたところで、答え合わせはできないだろうけど。


 ただ、僕のことを知っている知り合いたちが、ちょっとは居なくなった僕のことを心配したりしてくれていたらいいなと思った。


 僕はテレビの電源を切った。これ以上見ていても意味がないし、何より振り切ったはずの未練が湧いてきてしまう。


 中途半端に元の世界の情報が入ってくるのは、よくないよ。僕が週刊誌を読まない理由の一つにはこれがあったりもする。元の世界の最新情報なんて手に入れても意味がないから。


 ――そう例えば。


「最新機種のゲーム機とか僕はどうやっても手に入らないんですけど!! 抽選に参加する権利すらなかったんだけどぉ!? ああ、クソッ! なんでSPでは引き換えられないんだよおおお!!」


 思わずゲーマーとしての魂の叫びが出てしまったのは許して欲しい……。ゲームソフトだけなら買えるんだけどね……ほらダウンロードソフトのカードのやつ……。


 はぁ、と大きく嘆息し、気持ちをなんとか切り替えながら着替える。黄色いスマストカラーの制服に。


 そしてバックヤード兼自室から出る。


「おはよう ハジメ殿」


 前の店舗にはなかった廊下で出会ったのは、赤髪が綺麗な女騎士だった。以前ならまず見ることはないあり得ない光景は、すっかり見慣れた日常の風景になっていた。


「おはようございます、アイリスさん」


 現在、閉店するはずだった店舗は異世界『移転』し、ロンダール迷宮第一層店となった。

 僕はその店舗の新たなオーナー兼店長として、この異世界で働いている。


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