48.幕間:白猫と契約ドライブ②
ピクニックを楽しんだ後は、五層の街を見て回ってみた。この前はほとんど通り過ぎてしまった探索者たちの拠点の街は結構栄えていた。
ここでモンスター素材を加工して地上の街まで運ぶこともしていると、ロウシェさんが教えてくれた。
そんなロウシェさんの案内の元、彼女が少し様子がみたいというのでクローバー商会の店にも立ち寄った。
探索者向けの品揃えだから、やっぱり探索に役立つ道具が多い。中にはコンビニ商品も売られているけどね。
懐中電灯や殺虫スプレー。さっき僕らも使ったレジャーシートもある。
やっぱりレインコートは結構売り上げがいいらしい。雨が降る階層があるから当然かな。さっきも探索者が一つ買っていくのをみた。
まぁ、見慣れた商品はこの辺りにして。僕が興味を引いたのはやっぱり、魔導具だ!
「¥×5*にゃ?」
魔導具を眺める僕の袖をロウシェさんが引っ張った。ここは翻訳魔法がかかる範囲外だ。だから車に近い場所……店の入口まで移動した。
「お兄ちゃん、何か気になるものでもあった?」
「魔導具が気になってね。ほら、あそこにある貝殻の形をしたやつとか」
「あー! あれは〈思い出の巻貝〉だね! 巻貝に向かって話しかけると、その声を覚えて、同じ声を聞かせてくれるの!」
「つまり、ボイスレコーダーみたいな魔導具ってことか……」
「お兄ちゃんの世界にも似たものがあるんだね」
ちなみにあれはデイヴィッドさんたちが11層で拾ってきた魔導具らしい。それをクローバー商会が買い取ったのだとか。
「あれも神器なの?」
「うん! 迷宮産の魔導具は大体そうだよ。一応あの程度の性能なら、人間が作る魔導具でも再現可能だけどね」
魔導具には二種類あるらしい。迷宮産の神器と、人間が作り出すものに分かれるのだとか。
神器は再現不可能なものが多いらしい。〈転移石〉や〈魔法鞄〉がその代表だろう。
でも、中にはこの巻貝のように再現できる魔導具もあるみたいだね。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん! あの〈思い出の巻貝〉買わない? 10万ギールはお買い得だよ?」
ロウシェさんが僕の腕を抱きながら、上目遣いでそんなおねだりをしてくる。
「……僕にあれを買わせて、商会の利益にしようとしているね?」
「にゃは、バレちゃった?」
舌を出しておどけるロウシェさん。……まったく、本当に油断ならないなぁ。
「今日は楽しかったよ、お兄ちゃん!」
ロウシェさんとのドライブが終わり、コンビニまで戻ってきた。
日は傾き、すでに夕方だ。この迷宮の空は本物ではないけど、地上と同じように移り変わっていく。
「僕も楽しかったよ。久々にドライブができたし」
「なら……またしてくれますか?」
再び言葉使いが敬語になっている。契約が終わったからだろう。
「……もちろんですよ。でも、一つ言っておきますね」
僕は車のグローブボックスから一枚の紙を取り出した。
「今度から嘘は言わないでくださいよ。言うことを聞かせるなんて文面、契約書にはなかったですよ」
それは僕が持っていたもう一枚の契約書。
実はこの車のグローブボックスに入れていたんだ。
「……いつから知っていたんですか?」
「昼頃には知っていましたよ。昼食を用意する傍らで確認しました」
「にゃはは……そんな前から知っていたんですねー……」
ロウシェさんはバツが悪そうに苦笑していた。
「……ハジメお兄ちゃん、騙されやすくて心配していたのになぁ。意外と抜け目ないね?」
「あまり大人を舐めないようにね?」
ロウシェさんのような年下の女の子にそんなふうに思われていたなんてね。
わりと見た目から舐められがちだから、その辺りはしっかりしているつもりだったんだけど。
「どうしてこんな嘘をついたんですか?」
商人というのは信用が大事だと思う。商人が嘘をついたら取引は詐欺になってしまい、相手の信用を失ってしまう。
ロウシェさんとの取引の中で僕は嘘をつかれたことはなかったから、今回のことは少し意外だった。
そもそも契約書は僕だって持っていた。すぐにバレる嘘をなんで彼女はついたのだろう?
「その……家族とか、兄妹とか知らなかったから……。つい、やってみたいって思ったんです……」
白状したように話し出したロウシェさんの口から出てきたのは、そんな言葉だった。
「……ロウシェさん、あなたももしかして親がいないとかそういう」
「まぁ、そんな感じです……。うちのお母さん、貴族の令嬢だったんですけど、駆け落ちしちゃって……でもお父さんと上手くいかなくて、結局実家に戻ったような人なんです。うちはお母さんと一緒に戻ったのですが……当主のお祖父様からは認められなくて……」
まさか貴族の血を引いている人だったとは……。
でも、駆け落ちしたような相手の子供だ。彼女の祖父は受け入れなかったようだ。
それだけでロウシェさんの境遇がだいぶ辛いものだったのではないかと分かる。ロウシェさんが名字を名乗っていないのもそうだろう。
「だから、街中で楽しそうにしている家族を見るたびに、いいなってちょっと思って……」
……僕にもそういう気持ちは覚えがある。両親はいなく、兄妹もいない。僕には婆ちゃんがいてくれたとはいえ、そういう普通の家庭への憧れはどうしても止められないんだ。
ロウシェさんは俯いていた顔を少し上げて、僕を見上げた。
「アキナイ様は優しい方なので……こういうことしても許してくれそうだなって思って……」
……確かに、子供の遊びに付き合うような感覚だった。お兄ちゃん呼びされるのも悪くはなかったし。……結局僕も同じなんだよね。同じような憧れを持っていたわけだから。
「最初から素直にそう言ってくれていれば良かったんですよ。今度からは普通に遊びに誘ってくださいね。ドライブだっていくらでも連れて行ってあげますから」
「……本当? なら契約書してもらっていいですか?」
「だから、契約書とかはいりませんよ。取引じゃないんですから」
「にゃはは……確かにそうですね。……アキナイ様、騙してごめんなさい。もうしないでおきますから! 今度はちゃんと普通に誘いますにゃ!」
……嬉しい時でもにゃと付くらしい。
ロウシェさんは大きく手を振りながら、帰っていった。
今日はいつもしっかりとした商人らしいロウシェさんの意外なところが見えた。
実はロウシェさんを見ていた時、昔の僕を思い出していたんだ。婆ちゃんに迷惑をかけたくなくて、必死でバイトをしていた頃の自分に。
ロウシェさんのあのあざとさは……なんだか大人に見捨てられたくないか、迷惑をかけたくないような、必死な子供らしさがあったんだ。
彼女の境遇は僕のものに近かったから、そう思ったのも納得だった。
だからこそ、今日一日、彼女に付き合ったところがある。そんな必死な子供らしさじゃなく、普通の子供のように過ごして欲しかったから。
婆ちゃんもそんな気持ちだったのかなと、つい思ってしまった。異世界に来て、初めて分かることもあるんだね……。




