45.幕間:魔女と推し語り①
「ハジメ! 今日が何の日か分かるわよね!」
閉店間際の時間帯にココさんがやってきて、開口一番にそう言った。
今日は水曜日でもない。でも僕には彼女の目的が分かっていた。
「もちろん、魔法少女マイの単行本八巻発売日ですよね」
「そうよ! ハジメはもう読んだかしら?」
「読みましたよ!」
「よし! じゃあ約束通り、今日は感想会よ!」
というわけで今日の業務が終わった後、ココさんをバックヤードの僕の自室に招いて感想会を開くことになった。
「今日が待ちきれなかったんだから!」
その気持ちは行動にも現れていた。誕生日に用意したあの黄金のリンゴジュースをまた持ちこんで来たくらいにね。
リンゴジュースを片手にココさんと八巻の感想を話し合った。本当は酒が飲みたい気もしたけど、ココさんは未成年だし、僕だけ飲むというわけにもいかないので。
「話は今回も素晴らしかったんですけど、やっぱりフジカ先輩のシーンが一番でしたね。あそこ、加筆されていませんでしたか?」
八巻の内容は半分ほどはすでに本誌で見て内容を知っていた。……そう、八巻にはあのフジカ先輩の死亡シーンが載っているんだ!
「そう! そうなのよ! あの見開きのページ見た? 明らかに加筆されてたわよね? 本誌で見た時はあまりにショックで直視できなかったのだけど、いや今も見ると辛いんだけど、痛々しくもあるんだけど同時に美しくもあって……それがまさか単行本で加筆されてさらに良くなるなんて思わなかったわ……!!」
「うん、うん! 本当にそうですね! あとその後のシーンの――」
うん、今日もココさんは元気に推し語りをしてくれた!
僕はココさんの言葉の全てに頷きながら、僕も感想を言う。そんな調子で気付けば五時間ほど話してしまった。
「はぁ……、いっぱい話せて満足だわ……」
「僕も語り合えて楽しかったですよ」
「うう……でも、できることならもっと先も語りたい……ねぇ、本当に本誌を読むつもりはないの?」
「うーん、僕はやっぱり単行本派なので……」
本誌と単行本の違いを見比べるのも楽しいとは思ったけどやっぱり、僕は単行本派だなぁ。ある程度まとめて読みたい。
「そう。じゃあまた次巻が出たら感想会ね?」
「はは、そうですね」
また次の予定ができてしまった。でも好きな作品について語れるんだから大歓迎だ。ココさんも語りたいだろうし。今のところ僕以外にこのマンガについて語り合える相手はいないだろう。
「もっと色んな人がこの漫画を読めれば、語り合える人も増えるんですけどね」
推しの漫画だから布教活動はしたいけど、今のところ漫画は規制されていて広げられないのが残念だ。
「ああ、それなら近々一部について規制が解除されるわよ」
「えっ、本当ですかっ!」
「ふふふ、あたしが迷宮伯に直談判してやったわ! この素晴らしいマンガは多くの人に読まれるべきなのよってね!!」
さすがだ! 僕が何も言わなくてもすでに布教活動の為に動いていたなんて! オタクの鑑だ!
「……まぁ、文字が読める人って少ないから、絵の多いマンガでもちょっと厳しいかもしれないけど」
「あぁ、そうでしたね……」
この世界の識字率が低いことを忘れていた。僕の世界の……少なくとも僕の国である日本では義務教育のおかげで識字率は高い。文字が読めない人って言うのは稀だっただろうけど、この世界では逆に読める人が稀だ。
「学ぶ機会があまりないのもそうだけど、文字に対してそこまで興味を持ってくれないのも大きいのよね。読めなくても生きていけるからって」
確かに探索者などは腕っぷしが強ければ、文字が読めたり、書けなくてもなんとかなるだろう。
「でもこのマンガを通して少しでも学びたいって思ってくれるといいわ……」
「……ココさん。そこまで考えていたんですか」
「あたしは運がよかったから。元々孤児だったから、一生文字なんて読んだりできなかったかもしれないのよ。でもお父様に拾われて、魔法と共に文字を教わったの」
ココさんもまた親がいない人だ。確かジョナスさんという有名な魔法使いが彼女を拾い、育てたらしいというのは知っている。
「だからあたしも、同じ境遇の人たちに手を貸したいのよ。……それに識字率が上がれば、このマンガがより多くの人たちに広がるわ!」
……感心していたところでそう言われた。結局これも布教活動の一環だったみたいだ!
でも、理由はどうあれ、その行動は素晴らしいね。
「僕も手伝いますよ。漫画の布教にも繋がりますし。僕に出来ることがあればいつでも言ってくださいね」
「こういうのを布教というのね。確かに神作品だからそうよね」
オタク言葉を柔軟に受け取ってくれるとは……本当にオタク適性が高い人だ。
「あ、もうこんな時間ですね」
「あら、本当ね」
時間はすっかり過ぎて、夜中の零時になっていた。
うっかりしていたなぁ。感想会は明日にすれば良かったかも。感想を話し合いたいばかりにやってしまった。
「じゃあ、あたし帰るわ。遅くまで付き合わせて悪かったわね」
「待ってください。もう夜中なので、良かったら泊まっていきますか?」
「泊まるって、ここに……?」
「はい、ここに」
もう夜中だし、この店舗から地上に戻るだけでもまた数時間かかる。下手したら朝日を拝むことになるし、泊まっていくほうがいいだろうと思って勧めてみたんだけど……。
「えっ、ここに? 待って、そんな、いやでも……」
なんか顔を赤くしたりしながら慌てている。どうしたんだろう?
「こんな夜中に女の子を帰らせるのはいけないと思ったので……」
「あ、あたしが、そ、そんなか弱く見えるのかしら!?」
「いえ、けしてそんなことは!」
今度は怒られてしまった……。確かに優秀な魔法使いのココさんだから夜道でも危なくないのかもしれない……。でも、未成年の女の子を夜中に一人帰らせるのは、大人として良くないと思うんだよね。
「で、でもあんたがどうしてもって言うなら――」
「あっ! 今なら車がありました! それならすぐに送っていけますから――」
「結構よ。泊まるわ!!」
「そうですか?」
良い案だと思ったのに何故かすごい剣幕で断られてしまった。でも、泊まることにしたらしい。
「あっ……あたしの馬鹿! な、何言ってんのよ〜!!」
「えっ、泊まらないんですか?」
「と、ととと泊まるに決まってるでしょぉ!!」
なんなんだ一体……。さっきからココさんの様子がおかしい気がする……。あれかな、推し語りして疲れているのかな?
「とりあえず、泊まるんですね。じゃあ、ちょっと話通して来ます」
「話……? えっ、どこ行くのよ?」
「どこって隣ですけど」




