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5.初めてのお客様とおにぎり

 言葉をかけて、あっと思う。

 そういえば、言葉って通じるんだろうか? 今思いっきり日本語で話しかけちゃったよ!?


「お前はなんだ? ここで何をしている!」


 よかった、言葉は通じていた!

 いや、本当に通じていたか?! どう見ても警戒心マックスでこっち睨んできているんだけど!

 とりあえず僕は女騎士さんの言葉が分かるみたいなのは良かったけども! 日本語に聞こえたけど、明らかに日本語じゃない言語を話していたみたいだけど!


「あの、落ち着いてください! 僕は怪しいものではないです!」


「質問に答えろ。ここで何をしている?」


「コンビニを営業しております!!」


「コンビニ……なんだそれは?」


 ちゃんと言葉は通じていたみたいだけど、コンビニの意味までは分かっていないみたいだった。

 女騎士さんは首を傾げていた。……手は剣の柄に伸びたままなのが怖いよ。


「正式名称はコンビニエンスストアで……飲料や食品、あとは雑誌とか日用品なども売っています」


「つまり……雑貨店か?」


「まぁ、概ねそんな感じです」


 食料雑貨店というのが正しいだろうね。

 女騎士さんは近くの商品棚を確かめるように見ていた。……そこはプリペイドカードの棚だ。この異世界では使い道がなさそうな電子マネーのカードがずらりと並んでいた。


「ではお前はこの店の店主か?」


「ええ……本社に勝手に配属されましたが、この店のオーナー兼店長の春夏冬(あきない) (はじめ)です」


「アキナイ……ハジメ? 変わった名前だな」


 名字は変わっていると思うけど、女騎士さんはたぶんその意味で言ってないんだろうなぁ……。

 相変わらず警戒したまま、僕をジロジロと見てくる女騎士さんだったが……。


 ――グー。


「…………っ!」


「えっと、今のって……」


「わ、私じゃないぞ!」


 ――グ〜〜〜。


「えっと、その、これは……」


 先程よりも大きな音が明らかに女騎士さんのお腹から聞こえてきた。

 さすがに隠しきれないと思ったのか、女騎士さんは恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせて、お腹を抑えていた。


「あの……お腹が空いているなら、何か食べ物を買っていかれますか?」


「……そうする」


 空腹には勝てなかった様子で、僕の言葉に頷いてくれた。


「だが、この店の品は何がなんだか分からん。お前のおすすめを持ってこい」


「おすすめ……ですか」


 異世界の初めてのお客様に、おすすめできる品かぁ……。

 無難なのはパンとかだろうか? でもせっかくこのコンビニに来て頂いているから、ここがどういう店かも知って欲しいかな。

 そう思いながら、僕はなんとなくおにぎりコーナーに向かった。

 定番は梅だけど、このすっぱさは流石にびっくりさせてしまうかな。ツナマヨ……これならいいか。

 ツナマヨのおにぎりと、あと飲み物にミネラルウォーターのペットボトルを手に、女騎士さんの元に戻った。


「はい、これが僕のおすすめです」


「なんだこの三角の黒い物体は?」


 女騎士さんは渡したツナマヨのおにぎりを、不思議そうに手元で回しながら見ていた。


「おにぎりです、食べ物ですよ。あ、このフィルムには開け方の順序があってーー」


 包装フィルムを剥がし始めたので慌てて説明しようとしたが、遅かった。

 片方の先を強引に引っ張ってしまったせいか、中身の海苔は破け、ご飯もぐしゃりと身を崩しながら、外に出てきてしまった。


「ぐしゃぐしゃになったんだが」


「話を最後まで聞いてくださいよぉ!」


 いや、これは僕が悪いか……。ただでさえ開け方が難しいものをそのまま手渡してしまったのだから。

 僕は慣れてしまっていたので、このおにぎりがいかに高度な技術で、複雑な包装フィルムに巻かれているのかを、すっかり忘れていた。

 日本に来た外国人がコンビニのおにぎりの開け方が分からず、困っていたことが話題にもなっていたっけ……。


「よく見ていてくださいね。まずはここを引っ張るんです」


 ぐしゃっと潰されたツナマヨは回収して、新しいツナマヨのおにぎりを持ってきた。

 それを手に、僕が開け方の説明をしながら実演してみる。


「真ん中を引っ張って一周回ったら、今度は片方のフィルムをゆっくり引っ張るんです」


 海苔と米を隔てていたフィルムがするりと抜けていく。

 海苔がご飯に付いたのを確認して、同じようにもう片方のフィルムも引っ張った。


「はい、これでフィルムは全部剥がれましたので、食べられますよ」


 パリパリの海苔に包まれた、綺麗な三角おにぎり。それを女騎士さんに手渡した。


「なぜ、こんな複雑な包装をしているんだ……」


「それはこの海苔をパリパリの状態に保つためですね。ご飯に巻いたままだと、水分を吸ってしまってしっとりしてしまうんです」


 しっとりした海苔のおにぎりもそれはそれでおいしいけど、このおにぎりが重要視しているのはパリパリ海苔のおにぎりだ。それを実現するためにこの包装技術は試行錯誤され、今のような形になった。


「…………」


 しばらくおにぎりを眺めていた女騎士さんだったけど、また大きくお腹が鳴った。

 それで空腹に耐えきれなくなったのか、かぶりと思い切って一口食べた。


「……おいしい!」


 パリパリといい音をさせながら、女騎士さんはもう一口食べていく。……よかった、異世界人だから口に合わないかと思ったけど、そうでもなさそうだ。


「ライスが柔らかい……しかも中に具が入っているとは……これは魚の身か? 和えているソースもうまい……」


「ええ。これに入っているのはツナマヨですね。ソースはマヨネーズです。ちなみにおにぎりの具材は他にも色々とあるんですよ」


「へぇ……これ以外にもあるのか……」


 さらにもう一口食べていく。三口目で食べきっちゃったよこの人……。


「……うぐっ!?」


「あぁ、そんなに大口で食べるから……!」


 用意しておいてよかった。ペットボトルの蓋を開けて、女騎士さんにミネラルウォーターを手渡す。


「ぷはっ……! 助かった、ありがとう。……しかしながら、これも珍しい容器だな?」


 女騎士さんは物珍しそうにペットボトルを眺めていた。少し力を入れたのか、容器がぐにゃりと凹んだ。


「ペットボトルです。プラスチック製で基本は使い捨ての容器なので、耐久性はそこまでないですよ」


「これが使い捨て……?」


「そのまま利用することもできますけどね。回収してリサイクルすることもできます」


「……なら、お前に返したほうがいいのだな」


 飲みきった後にそのペットボトルを僕に渡してきた。……いや、僕に渡されても、僕がリサイクルできるわけじゃないんだけどね……。


「では、こちらで処理しておきます」


 ペットボトルと、それからおにぎりの包装フィルムのゴミを回収しておく。

 一応ゴミ箱やリサイクルボックスは、そこに物を入れると瞬時にどこかへ飛ばされる仕組みになっていた。

 ゴミ出しとか回収をしなくていいのは楽だけど、どこに飛ばされているのか分からない。本社側でそのへんの処理をしてくれていると思っている。


 ちなみにゴミ箱に入れば僕も元の世界に戻れるんじゃないかと思って試したことがある。だけど僕はゴミじゃないからか、ダメだった。

 ゴミ箱に頭を突っ込んだイカれた成人男性ができただけだったよ……。誰も見てなくて助かった。まぁ処理施設に直通したかもしれないし、これでよかったんだろうけど……。


 元の世界に未練があるわけじゃないけど、突然異世界に飛ばされて、はい、そうですかってなるわけないじゃないか。

 ここ数日はこの異世界にいる人間は僕一人しかいないんじゃないかと、軽く絶望しかけていたところだった。


 だから、今日、初めてお客様が来てくれてすごく嬉しかった。僕は独りぼっちじゃなかったんだなと思えたから。


「まだおにぎり、とやらはあるだろうか? もっと食べたくて……他の具材も気になるんだ」


「ええ、ありますよ!」


 女騎士さんはその後、おにぎり全種類を食べ切ってしまった。……いくらお腹が空いていたからってまさか全種類食べるなんて……。ちなみに梅干しも食べられたみたい。


「最初食べた時、確かにすっぱくて驚いたが悪くない。癖になる味だ……私は好きだな」


 全種類食べた結果、どれも気に入ってくれた様子だ。

 その中で好きなおにぎりは、最初にあげたツナマヨと梅干しに女騎士さんはなったみたいだった。

 ちなみに女騎士さんが潰してしまったツナマヨは僕が食べておいたよ。もったいないからね。


コンビニ豆知識:コンビニおにぎりの発祥は1978年。セブンイレブンが開発した「パリッコフィルム」が発祥です。現在のはカットテープ方式。ちなみにツナマヨのおにぎりを初めて販売したのもセブンイレブンらしいです。

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