44.幕間:騎士と炊き立ておにぎり
「おお……!」
炊飯器の蓋を開けると湯気と共に、炊き上がった米のいい匂いがした。純白の絨毯のように窯の中に広がる米たちはまるで宝石のように艶々と輝いていて、見ているだけでも食欲が湧いてくる。
やっぱり炊き上がりのご飯ってやつはいいものだ!
わざわざ備品として、炊飯器を交換した甲斐がある!
そう、これはSPで交換した店舗の備品だ。その炊飯器を使い、商品としても売っている無洗米のブランド米を炊いてみたのだ。
スマストにはおにぎりやパックご飯だったりがあり、米を食うだけなら困らない。
だけど、やっぱり日本人としてつい求めてしまった――炊き上がりのご飯が食いたい、と。
炊き上がりのご飯というものには、出来合いの食品たちではけして敵わない魅力とうまさがある!
第十層までの出張から帰ってきて、思ったことはそんなことだった。道中久方ぶりに自炊をしたというのもあるかもしれない。
こっちにきてからは忙しくてあまり自炊はしないで、コンビニの弁当とかで済ませていたからね。実はトラヴィスさんのこと、あまり言える立場じゃなかった。言い訳をするなら多少のアレンジはしていたけど。
そんなわけで、僕は久しぶりに出来たてほやほやのご飯を食べられるとあってウキウキしながら、しゃもじを手にした時だった。
「……ライス……ライスのいい匂い……」
「ひっ!?」
ドアの隙間から覗き見る飢えた獣のような翡翠の双眸と目が合ってしまった……。
「いや、すまない。いい匂いがしたものでつい……」
少し気恥ずかしそうに謝ったのはアイリスさんだった。さっき扉の隙間から覗き見ていたのはもちろん、アイリスさんである。
彼女はいつもの騎士姿と一転して、ラフな部屋着(スマストで売っているTシャツとハーフパンツ。ちなみに僕も似たような格好)という姿をしていた。赤毛にも寝癖が少しある、完全に寝起きという普段見ない姿だ。
アイリスさんは出張から共に帰ってきて、昨日ここに泊まっていったのだ。
第十層の転移陣で一度地上に戻ったから、そのまま騎士団の宿舎のほうに行けたのだけど、最後まで僕を送り届けると言って付いて来たのだ。
ちなみに僕の部屋に泊まった訳じゃないよ。
バックヤードには最近騎士団用の休憩室を作ったのだ。それも男性用と女性用の二部屋。
彼らは24時間このコンビニを警備してくれている。なので場合によっては仮眠もしたいということで、休憩室にはベッドが備え付けてある。アイリスさんはそちらに泊まったわけだね。
そんなアイリスさんは空腹を覚えて起きたところに、僕の部屋から漂ってきたご飯の匂いにつられてやってきたと……。アイリスさんらしいな、本当に。
僕はアイリスさんの空腹に鳴る腹の音に少し苦笑しながらも、朝ご飯の支度をした。
「はい、良かったらこれ食べてください」
「これは……おにぎりか? こんな大きなおにぎりは初めて見る……!」
「僕が今握って作ったんですよ」
炊き立てのご飯を握るのはちょっと熱かったけど、握れないこともなかったからね。炊き立てを味わって欲しいから塩むすびと、彼女が好きなツナマヨを用意した。
さらにコンビニのおにぎりサイズは彼女にとっては小さいだろうと思って、大きめに握った。
味噌汁も僕が簡単にだけど赤味噌と豆腐とワカメで作ったものを用意したよ。
「ハジメ殿が握ったおにぎりだと……!」
「炊き立てでまだ熱いので気をつけてくださいね」
エメラルドのような瞳をキラキラさせながら、アイリスさんはさっそく一口食べた。……相変わらず一口が大きい。
「……ほふっ! ぁっ!」
注意したのにやっぱり熱かったのか、口を押さえていた。僕が冷たいお茶を注いで渡せば礼と共に受け取って飲んでいた。
「――ふぅ。出来たてのおにぎりがこんなにおいしいとは」
アイリスさんは今度こそ、熱さに気をつけて一口かじり、ゆっくりと咀嚼していた。
きっと炊き立ての香りと温かいご飯の食感を味わったのだろう、満足そうにしていた。
「ハジメ殿、この黄色いのはなんだ? 綺麗な色をしているが……」
「たくあんですよ。ご飯に合う漬物ですよ」
皿の端には黄色いたくあんを乗せていた。アイリスさんはそれを一つ掴むと口に放り込んだ。
「ほぅ……歯応えがいいな。もぐ……確かにご飯とも合う……」
ポリポリといい音を立てながらたくあんを食べ、塩むすびにかぶりついていた。まさに王道の食べ方だ。さらにそこに味噌汁を流し込めば――。
「うん、うまい!」
赤味噌の味噌汁を手に、さらに満足そうにアイリスさんがいう。素朴ながらも、これがおいしいんだよね。
「この味噌汁もハジメ殿が?」
「そうですよ」
「……おにぎりも味噌汁も商品のものしか食べたことがなかったが……手作りもいいものだな」
「よかったら、作り方教えましょうか? 簡単ですよ」
材料はすべてこのスマストで買える。炊飯器はないだろうけど米は鍋とかでも炊けるだろうし。
「いやその……私は料理は苦手で……」
これは意外……というわけでもなく、なんとなくそんなイメージはあったんだよなぁ。遠征中も基本的には僕が料理を用意していた。
「でも、自分で作ってみたくもある。……今度教えてもらっていいだろうか?」
「ええ、もちろんですよ!」
ご飯と味噌汁は簡単なほうだから料理が苦手でもなんとかなる……はず。どれくらいの腕前なのかは分からないけど、一緒に作れば問題はないかな。
「昔から料理は苦手でな……私の父も苦手なものだからいつも外食ばかりで……あとトラヴィスの奥さんにも世話になっているな」
「トラヴィスさんの家とは仲がいいんですね」
「ああ。元々私の父とトラヴィスは王国騎士時代からの同僚でな。その頃から父は世話になっていたそうだ」
「王国騎士……」
王国といえば確かアスメリア王国のことかな。
この大陸にある大国の一つで、このアスメリア王国にロンダール迷宮は含まれているそうなんだ。
「父はヨーク辺境伯の息子として生まれたはいいが家督を継がない三男だからと家を出て王国騎士になったそうだ。当時は次期団長だなんて噂されているほどの実力者だったそうだが、真偽は不明だな」
「ヨーク辺境伯……ってえっ!? ヨスさんって貴族なの!?」
いや家名を名乗っていたんだから、当然か!?
でも全然、貴族って感じがしないんだけど!!
「え、じゃあアイリスさんも……」
「さっきも言ったように私の父は家督を継がない三男だし、私も養子だからな?」
「あぁ……そうでしたね……」
「一応、令嬢の基礎を習わせてくれたが……」
確かにアイリスさんには妙に所作に品があった。食べ方も大口を開けて食べてはいたけど、スプーンやフォークの使い方はしっかりとしていた。箸は慣れていない様子だったけどね。
文字も書いて読めたり、計算もできることから、その辺りの教育はきちんと受けさせてもらっていたのだろう。
ちなみにトラヴィスさんは子爵家の次男なんだって。……トラヴィスさんは何故かしっくりきてしまった。
「まぁ結局、私は令嬢らしく刺繍などをするよりも、剣を振るう方が合っていたがな」
「確かに、そうですね」
今のアイリスさんは騎士団最強の騎士なんて呼ばれているからね。
「おかげで助かりましたよ。改めて護衛として十層まで付いて来てくれてありがとうございました。僕一人では行けなかったので」
「なに、これは迷宮騎士として当然のことをしたまでだ。それに……ハジメ殿を失っていたら、この世で一番おいしいおにぎりを食べられなかったところだな」
そう言って、アイリスさんが一好きなツナマヨのおにぎりを頬張っていた。
……本当にこの人はおにぎりが大好きな騎士だなぁ。
でも、この世で一番おいしいは言い過ぎだと思うよ。
「……ところで、もっと食べたいのだが、まだあるだろうか?」
「ありますよ」
今回は3合炊いてみたんだけど……そのほとんどはアイリスさんのお腹に消えていった。……本当によく食べる人だなぁ。




