42.僕にできることを
「皆、おいしいものを食べて士気が回復した。次こそはフロアボスを倒せる気がするよ!」
商品販売が落ち着いた頃に、デイヴィッドさんがそう言ってくれた。確かに疲れ切っていた彼らの表情は明らかに元気になっていた。
おいしい食事は確かに、やる気に繋がるもんね。
「あたしもよ、今回の最新話でマイの言葉に勇気づけられたわ!」
「へぇ、どんなことを言っていたんですか?」
「あら、ネタバレになるけどいいの?」
「……やっぱりやめておきます」
「ふふ、それがいいわ」
……単行本の楽しみがまた一つ増えたと思っておこう。そんなココさんも表情が明るかった。推しの漫画を読めたんだからそうなるに決まってる!
さらに必要な補充を済ませ、彼ら討伐隊は再びフロアボスに再挑戦することになった。
「しかしあの桜の木を倒せるかどうかだな……」
何やらデイヴィッドさんが悩んでいた。
「……桜の木?」
「フロアボスだよ、アキくん。大きな桜がそうなんだ」
「へぇ……桜の木ですか。フロアボスってことは……その根本に死体でも埋まってそうですね」
よく聞いた話だ。桜の木の下には死体が埋まっているなんていう。
「……根本……地面……そうか! そこは盲点だった!!」
「確かに地面までは意識が向いてなかったわね?」
「試してみる価値はありそうだね、リーダー」
「……俺も反対は、ない」
「あぁ、そうしてみよう! ありがとうアキ、もしかしたらこれで攻略ができるかもしれない!」
「……えっ? そう、なんですか?」
……なんとなく思いついたことを言ってみただけなんだけどなぁ……。
まぁ、これで攻略できるかもしれないなら、いいんだけど。
そんな会話をした後、十層に向かう彼らを僕とアイリスさんは見送った。
そう、僕らにできる仕事はここまでなんだ。
ここから先は探索者たちの仕事だ。
「お疲れ様だ、ハジメ殿」
「アイリスさんも、ここまで付いてきてくれてありがとうございます。僕一人じゃ、ここまで辿り着けませんでした」
「私は迷宮騎士としての仕事を全うしただけだ。……まぁ、かなり役得だったがな」
そういう彼女の手には今日もおにぎりが握られている。……本当、おにぎりが大好きな人だ。
「しかし、本当に一週間で第一層から第九層まで踏破してしまうとはな……今だに信じられない。やはりハジメ殿とあの車とやらはすごいのだな……」
一週間でここまで来たことにはデイヴィッドさんたちもココさんもすごく驚いていた。
『あり得ないと言いたいが、アキとこの店なら納得してしまうな……』
『まったくね……』
彼らはそう言ってくれたけど。
「そうでもないですよ。僕らは彼らが切り拓いた道を進んできただけです」
道中、道はかなり整備されていた。それは探索者たちがこの迷宮を探索し、切り拓いてできた道だ。
このロンダール迷宮が現れて二十年と聞く。
つまり、二十年分の探索者たちの成果が、僕たちが辿ってきた道と、あのカーナビの地図にあったわけだ。
「道がない場所を車で走るのは難しいんですよ」
現に移動販売車は十層に続く転移陣に乗っても、転移できなかった。踏破された階層にしか、この移動販売車は行けないらしい。
僕は行けたかもしれないけど、チートも魔法も持たない普通の僕が行っても、なんの役にも立たない。
「僕とコンビニがここまで来れたのは、彼らのような探索者たちが居たからです。……そしてできた道を維持して、守ってきた迷宮騎士団……アイリスさんたちも居たからですよ」
探索者たちが迷わないように、出来上がった道を整備しているのは迷宮騎士団だ。
「……そうか。そのように言われると嬉しいものだな」
アイリスさんは微笑みを返してくれた。自分たちの仕事を褒められて嬉しいようだ。
「しかし、やはりハジメ殿もお前の店の力も大きいと思うがな」
「……あはは」
確かに僕にはチートもないし、魔法もないけど……ちょっと変わったコンビニならある。
僕はそんなコンビニ【スマイルストア】のロンダール迷宮第一層店のオーナー兼店長だ。
オーナー権限として色々と扱えるけど……でも結局それらはコンビニ業務に必要なことの延長線にある力ばかりだ。
あくまでその力は、この迷宮を攻略する探索者たちの為の力添えにしかならないわけで。
「僕は僕にできることをしたまでですよ」
でも僕も嬉しい。だって僕の仕事を褒められたわけだからね。
……もしも僕にチートもあって魔法もあったら、先陣切って十層に飛び込んで、フロアボスを倒しに行っていたかもしれない。そしたら英雄だとか、勇者だとか、呼ばれていたのかな?
ちょっとそんなもしもに憧れもするけれど……今のほうが性に合っている気もするよ。
半日くらい時間が経過した時に、転移陣から再びデイヴィッドさんたちが現れた。
明るい表情の彼らを見て、僕たちは確信した。
――フロアボスは無事に倒されたのだと。




