41.出張コンビニ
それから僕は討伐隊の皆さんを相手に商品を売りまくった。
まず売れ行きが良かったのは、やっぱりおにぎりやサンドイッチ、それからお弁当だ。
「アキ、何かおすすめはあるか?」
「おすすめですか? そうですね、こういう時はカツ丼がおすすめですね。勝負事に勝つ、という意味で僕の世界ではゲン担ぎにカツ丼を食べることがありました」
「それはいいな。ならカツ丼を五人分頼む」
「ありがとうございます。よかったら温めますか?」
「ここでも弁当の温めができるのか? しかし、電子レンジとやらは見当たらないが……」
「代わりのものがこちらに」
「これは……マジックスクロールじゃないか!」
僕が取り出したのはコピー用紙に書かれたマジックスクロールだ。
僕はそのマジックスクロールの魔法陣の上にカツ丼のお弁当を置いて、スクロールを起動させた。するとじんわりとした熱が上がり始め、数秒でカツ丼は温められた。
実はこのスクロールもロウシェさんに頼んだものの一つだ。温めのスクロールをクローバー商会を通して用意してもらい、それを一つ買い取ったのだ。
「マジックスクロールをこんな些細なことに使うなんて!?」
一部始終を見ていたココさんが声を上げて驚いていた。ココさんだけじゃない、デイヴィッドさんたちも驚いている。
「え、いけませんでしたか……?」
そういえばロウシェさんにも最初微妙な表情をされた。そんなスクロールはないから一からのオーダーメイドになると言われたから、似たようなものは存在しなかったんだろうけど。
「いけないわけじゃないわ……誰もそんなことしようだなんて思わなかったから……。マジックスクロールと言えば、魔法が使えない探索者のための魔導具よ。基本的には攻撃魔法や回復魔法など探索に必須になる、時には命を守るために重要なものよ……。こんな物を温める程度の魔法を、わざわざスクロールに封じたりしないのよ……」
「そ、そうだったんですか……」
火の魔法を使って冷凍食品などを温めることができると知っていたから、原理的には出来ると思ってこのスクロールを作ってもらったんだ。
そしたらこの世界の人々でも手軽に安全に使える電子レンジにならないかなって思ったんだ。
「魔法陣自体は対して複雑じゃないけど、これ高く付いたんじゃないの?」
温めのスクロールは熱による温めだからね。仕組みは単純だと思う。これならコカトリスの卵も爆弾にはならない。
電子レンジのように、電磁波で食べ物の中に含まれる水分子を振動させ、摩擦熱で温めているのとは仕組みが違う。たぶん電子レンジと同じように作っていたら複雑になっていたかも?
「そうですね、オーダーメイドで用意してもらったので15万ギールでした」
「やっぱり割高ね……」
「ええ。でも、原本さえあればあとはいくらでもコピーできますから」
「…………そうだったわ。あんたのところにはコピー機があったわ!!」
この温めのスクロール、単純な魔法だからか、コピーする時に消費される魔力はそんなになかった。だから大量に刷ることができたんだ。
僕は百枚以上印刷された温めのスクロールを取り出してみせた。
「す、スクロールがこんな大量に……」
「こんな大量のスクロール、初めて見たよ……」
デイヴィッドさんとベルナールさんが絶句した様子でその山を見ていた。
「こっちと違って紙は貴重じゃない……しかも複製作業に手書きをしてないから人件費も時間も掛からない……だから本来なら必須じゃない魔法でも、特に労力が掛けずに大量生産が可能……ちょっとあんたさらっとヤバいことしてるわよ?」
「そ、そうですか……?」
僕はただ現地でも弁当が温めることができればなーって思って、思い付いたことだったんだけどな。
まぁでも、ココさんたちが驚いている理由も分かった。費用も工数も掛かるから、簡単な魔法をスクロールに封じる発想が今までなかったということに。
それができても基本的に一枚のスクロールにしか出来ないから、貴重な材料を無駄にしてしまう。それならもっと費用に見合った便利な魔法を封じる方がいいよね。
「まぁ、この話は置いて置いて、カツ丼を食べましょうよ。冷めてしまいますよ」
「あっはっはっ! 確かにアキの言う通りだ!」
「実はさっきからいい匂いしていて、我慢できなかったんだよね」
「ウフフ、実はアタシもよ」
「ぼ、僕も……」
カイオスさんも他の四人に同意するように首を上下に振っていた。
デイヴィッドさんたちはさっそく温められたカツ丼の蓋を取った。蓋を開ければ、湯気とともにカツ丼のいい匂いがさらに漂ってくる。
「うまい……! この揚げた衣と卵が最高だ」
「冷めているのもおいしいけど、やっぱり温めると違うものだね」
「肉も柔らかくておいしいわ〜」
「うん。力が湧いてくる気がするよ」
【ジャック・ライダー】のメンバーは実においしそうにカツ丼の弁当を食べていた。
……カイオスさんのカツ丼だけ、やたらと赤かったけど。彼だけ一味唐辛子の瓶を買って行ったんだよね。その赤くなったカツ丼を彼は満足そうに食べていた。
「店長、俺たちにもカツ丼を頼む!!」
「あ、はい! 分かりました!」
他の探索者たちもカツ丼を買っていった。今回一番売れたのはこのカツ丼だね。
「ココさんにはこちらをどうぞ」
「こ、これは……!」
僕が手渡したのは五週間分の週刊誌だった。それはココさんが討伐隊に参加してから読めなかった分だ。
「地上に戻るまで読めないと思ってたわ……ありがとうハジメ!!」
「いえいえ、どういたしまし……てっ!?」
感極まったココさんは泣きながら、また僕に抱きついてきた。そんなに喜んでくれたなら僕もわざわざ来た甲斐があるけど……! やっぱり苦しい!
「ココ殿、そのあたりで離してやってくれ」
「あ、そうだったわね!」
アイリスさんがココさんを引き剥がしてくれたので、なんとか助かった……。




