37.普通だけど普通じゃない?
それからロウシェさんから頼んだ物が来るのを待ちつつ、ドライブの為の準備を終わらせた。
「さてアイリスさん、行きましょうか」
「ああ」
僕の言葉に助手席に座ったアイリスさんは頷いてくれた。
「いってらっしゃいにゃー!」
ロウシェさんの見送りの元、僕らは出発した。
アクセルを踏み込めば、エンジンを唸らせて、軽トラは走り出した。
僕はカーナビに記された道順に従って進んでいく。
「ハジメ殿! 速くないか!?」
「まだ40kmも出してないですよ?」
なんならもっとスピードは出せる。軽トラの最高速度は時速100kmだ。ちょうど直線の道だったので僕はアクセルを踏み込んだ。
まだ第一層だからなのか、迷宮内にしてはしっかりと道が整備されている。アスファルトの道ではないけど、走りやすいほうだ。これよりひどい悪路でもこの軽トラは四輪駆動だから大丈夫だろうけどね。
周囲は大木が立ち並ぶ森の中を、黄色いスマストカラーを持つ移動販売車が爆走していく。窓を少し開ければ、涼しい風と共に森の香りが車内に入ってきた。
「いやー、いい風ですねー」
時速80kmを超えている。法定速度なんてこの道にはないから好きな速度で走っていた。
「……ハジメ殿、怖くないのか?」
「え? あっ、すみません」
助手席を見たらアイリスさんが青い顔をして震えていた。……やってしまった。初めて車に乗るんだから配慮しておけばよかった……。
僕はスピードを時速30kmまで落とした。
「怖がらせるつもりはなかったのですが……」
そういえば前の店長に『君は意外と少し運転が荒いんだね』と言われた事があったっけ。ちゃんと交通ルールは守りつつ走っているんだけどなぁ……ゴールド免許だし。
「いや、少し驚いてしまっただけで……大丈夫だ。すぐ慣れる」
アイリスさんは強い騎士だから大丈夫なんて思っていたのかもしれない。本人もそう思っていたのだろう。
「もし気持ち悪いとかあったら言ってください。車酔いなので」
「それはないから大丈夫だ。それにしても……ハジメ殿はこの速さは平気なのだな……」
「慣れてますからね。普段の移動手段にも使っていましたし。特に嫌なことがあった時は気晴らしに乗り回したり……ストレスの発散によかったんですよ」
「ハジメ殿にもそういうことがあるのだな……」
「僕だって、人間ですからね? ストレスの一つや二つはありますよ」
だからつい、アクセルを踏んでしまったのかもしれない。だって今までコンビニに缶詰で、殆ど外に出ずにいたんだから。
だいぶストレスが溜まっていたことに、今更ながら気付いた。
「あ、もうすぐ第二層に続く転移陣に着くようですよ」
「えっ、もう!? まだ一時間しか経ってないぞ!?」
車を走らせること一時間ほど。アイリスさんが慣れてきたらスピードを徐々に上げながら進んできた。
「み、三日はかかるはずなんだが……」
「人間の足ならですよね? それくらいの距離なら車ならこれくらいで行けます」
人間の歩く速さは約時速4kmと言われている。異世界の人たちは逞しいからもっと速いかもしれない。
それと比べても、車は平均的に時速60kmで走ることができる。明らかに速さが違うのだ。
「至って普通のことですよ」
「普通……? これのどこが普通なんだ!」
……確かに普通じゃないのかな?
でも軽トラの基本スペックは普通だ。ただの軽トラで、最高速度も変わっていない。
燃料はガソリンから魔力に置き換わっているけど消費した分は時間経過で回復するのを待たないといけないみたいだし。ガソリンを補充すればすぐ動かせる元の車より、ちょっと不便かも?
翻訳魔法が付いていたり、迷宮対応カーナビがあったりもしているけど……まだ普通じゃないかな?
ちょっと普通について、定義が揺らいできた。でも、僕は普通だと思っている。マッハで動いたりはしないし、戦車みたいな戦闘力はないし。
うん、そう思えばとても普通だな!
普通(アキくん基準)




