36.一人では無理なので
「うん、問題なさそうだ」
僕はキーを回してエンジンを掛けてみる。軽トラは問題なく動いた。免許証を持っているとはいえ、車を運転するのは久々だ。感覚を取り戻すために少し走ってみたが大丈夫そうだ。
「は、ハジメ殿! な、なんなんだそれは!」
「噂にも聞いたことない神器ですにゃ!」
アイリスさんとロウシェさんが恐る恐るといった様子で軽トラをぐるりと見て回っていた。
「自動車です。馬がいらない馬車と言った感じですかね? 僕の世界ではこれが一般的な乗り物として広く普及してますよ」
「こ、これが馬車の代わりなのか……」
そういえば、コンビニの店舗からはずいぶんと離れてしまった。本来なら翻訳魔法は届かない距離だけど、移動販売車が店舗扱いだからか、車から翻訳魔法が出ているらしい。これは希望として予想していたことだから外れなくてよかった。
さらに僕は追加で10SPで支給してもらったノートパソコンを開く。デスクトップと同じ、店の管理画面が開けるのを確認した。
いくつか操作すれば、移動販売車の商品も問題なく倉庫から商品補充出来るみたいだ。
倉庫から直接補充できなくても、消費期限さえ切れなければいいと思っていたけど、機能としては予想よりよかった。もちろん移動販売車の冷蔵庫に入れておけば、消費期限は進まないみたいだ。
まさしく移動するコンビニが出来たわけだ。まぁ、一部店内限定の商品とかは提供できないけどね。ソフトクリームとか淹れたてコーヒーとか。
「あ、カーナビに迷宮の地図が乗っている……?」
車内に付けられたカーナビを開いてみたら……なんと迷宮の地図に対応していた!
これはちょっと予想外。試しにどこまで行けるか見てみたら……現在踏破されている九層まであった。
……もしかしてこれ、十層までルート案内してくれるんじゃ……?
そう思ってカーナビの画面を操作してみた。十層はまだ攻略中だから地図にはないみたい。だけど手前の九層まではしっかり地図があるし、十層に続く転移陣も表示されている。僕はその場所を目的地に設定した。
『目的地まで案内を開始しますか? 到着までの予想時間は約一週間です』
……どうやら軽トラでは一層から九層まで一週間で踏破可能らしい。
僕は三週間以内につければいいなって思ってたけどそんなに速いんだ。
「た、たったの一週間で……?」
アイリスさんとロウシェさんが絶句しちゃってるよ! まぁそうだよね! 最前線付近まで三ヶ月は掛かるはずなのに、それを一週間で攻略しようとしているわけだから!
「……あ、アキナイ様ー! これ、この車売ってください!!」
「これも店の備品扱いなので無理です」
「うにゃああーーーまたですかーーー!!」
ロウシェさんには事あるごとにこういうことを言われる。電子レンジだったり、コピー機だったりを買い取りたいと。
だけどそれらは商品ではなく店の備品だ。お金をもらって機材を渡しても、店舗から出すことは叶わなかった。
だから備品扱いの物は、この世界の人に与えることはできない。
「あとこれ、運転免許証がないと動かせないですよ」
車は運転免許証がないと運転してはならない決まりだ。
まぁこの世界に道路交通法なんてないだろうけど。一応実験としてアイリスさんに試しに運転席に乗ってもらったけど、カーナビの画面に『あなたは運転資格がありません』って表示され、アクセルを踏んでも動かなかった。
やっぱり道路交通法はなくても、その辺りはしっかりしているらしい。
つまりこの世界でこの車を運転できるのは、免許証を持っている僕だけだ。
「まさか本当に、コンビニは最前線まで行けるのか……?」
「いえ、まだ一つ問題があります……」
「なんだ?」
「とてもじゃないですが、僕一人だけでは迷宮の最前線まで行けませんっ!!」
だって! 僕はただの普通の人!
この前ゴブリンをやっと倒せただけのか弱い異世界人!!
僕一人だけで行ったら絶対に道中で死ぬ!!!!!
僕が今まで移動販売車から、存在ごと目を逸らし続けていたのも、これが原因だよっ!
以前よりは踏み出す勇気はあるけどやっぱり怖い。
でも、できればうちの常連さんたちには無事にフロアボスを倒して、帰って来て欲しい。
僕に出来るのは彼らのために、求める商品を届けることだけだ。
だから……。
「だから、アイリスさん……一緒に着いてきてくれませんか?」
アイリスさんは騎士団最強の騎士らしい。六層までソロ踏破出来る実力者だ。
そんな人となら、十層まで行けると思うんだけど……。
「もちろんだ! 私は迷宮騎士だからな。ハジメとお前の店を守ることが私の使命だ。九層まで移動するなら、共に行くとも」
「……ありがとうございます!!」
アイリスさんの笑みにホッとした。一人で行くなんて到底無理だったから、アイリスさんが断ったら、行かないつもりだった。
「うちも! うちも行きたい! 車乗ってみたいにゃ!」
ロウシェさんが僕に上目遣いでお願いしてくる。かわいいけれども……。
「すみません、ロウシェさん。この車二人乗りまでなので無理です」
「そんにゃーーー!!」
また落ち込むように猫耳をぺたんとさせていた。
「うちも乗ってみたかったぁ……」
「帰ってきたら乗せてあげますから」
「本当? 約束だからね? 契約書、結んでいいにゃ?」
きちんと口約束だけでなく紙面で残そうとするあたりしっかりしてる……。そんなに車に乗りたいの?
「代わりと言ってはなんですが、調達して欲しいものがあります」
「取引ですか、それならもちろん!」
取引という形で提案すれば、ロウシェさんは嬉しそうに頷いてくれた。ちなみにきちんと契約書は書かされた。車ぐらい、いくらでも乗せてあげるのに。




