4.移転特典(店舗専用チート)
僕が九年勤めたスマイルストアの店舗は、この度異世界『移転』し、ロンダール迷宮第一層店となった。
いや本当に……何言ってんだろうって感じだろうけど、そうなっちゃったんだから仕方ない。
とりあえず僕がこの店舗のオーナー兼店長になったわけだから、一先ず店の状態を確認してみることにした。
まずはこの明らかに変わったパソコンから。
どうやらインターネットなどは繋がらないらしい。本社に抗議メールを送ろうとしたけどそれも出来なかったよ。
代わりにある画面が開けるようになっていた。
それはこの店舗の管理画面だった。
在庫の確認から発注管理ができるのは前と同じだけど、その方法がやりやすくなっていた。
なんて言うか……経営系のゲームにありそうな画面に置き換わっていたんだ。直感的で分かりやすいからいいけど。
商品の発注をすると即座に倉庫に届けられるようだ。ここにも転移システムを使ってるのかな?
しかも倉庫がどうやらここではない亜空間にあるらしい? 店内を見て回ってみたけど発注した新しい商品はどこにもなかった。
じゃあその倉庫にある商品はどうやって取り出すのかというと、商品陳列すれば良いみたい。
商品陳列もパソコンの画面から行う。商品棚に何の商品を置くか選択するだけで、全て自動で商品を入れ替えて陳列してくれる。重い商品を持ったりしなくていいのは便利だ。
まるでゲームみたいだ。面倒な棚卸し作業もしなくていいみたいだし。
しかも驚いたことに、商品の賞味期限が進まない。つまり永遠に腐らないのだ。劣化もしない。
ただこの効果は未開封のモノに限られるみたい。
試しに炭酸水を飲んで、しばらく放置してみたら、残っていた炭酸水の炭酸は抜け落ちて生温く不味いものになっていた。
レジを通した商品に対してもこの効果は切れるらしい。ちなみにレジも異世界通貨対応のモノに置き換わっていた。
やっと諭吉から栄一に慣れてきたところだったのに、もっとよく知らないおじさんの顔が描かれた硬貨とこれから付き合うことになりそうだった。
なるほど、これがこの店舗に与えられた転移特典ならぬ、『移転』特典のチート能力か、便利だなぁ……。
「いやまぁ便利だけど、コンビニ業務が楽になるだけぇ! 全部業務の延長線上の能力ぅ!!」
現実であったらめちゃくちゃ便利ですごいなって思えたけど、ここ異世界だよ!? もっと便利なチートとか魔法ないわけ!??
一縷の望みに賭けて、管理画面をくまなく見てきた。
もしかしたらここに僕のステータス画面があるんじゃないかって思ったけど、出てきたのは僕の個人情報を纏めた人物評価シートだけだった。
いやまぁそれもある意味ステータス画面だけど……わりと評価高くて嬉しかったけど……その評価が仇になって飛ばされたんだけどぉ……!
やっぱり僕自身にはチート能力とか魔法はないみたいだ。どうして……。
あとは店舗拡張機能というものがあった。
これはどうやら店舗を広くしたり、備品を増やしたりできるみたいだ。
ただそれをするにはお金じゃなくて、スマイルポイントが必要らしい。スマイルポイント……略してSPって呼ぼう。こっちの方がゲームとかで馴染みがあるし。
初期配布でもあったのか、最初は100SPあった。
そのSPを僕はさっそく使った。何に使ったかと言うと……バックヤードの改装に!
何故ならこの店舗には風呂もなければ、寝る場所もなかったから!
そりゃ普通の店舗にはないよね。ってことでそれらの機能に対して、SPを払えば増えるらしかったので増やした。
シャワーとバスルームを追加、ベッド追加、あとは……キッチンと洗濯機も追加しとこう。これで50SPが消費された。
バックヤードが気付いたら一人暮らしなら十分出来そうなワンルームになった。
残り50SP。ポイントの使い道の先には新しい店舗の追加とかあったけど、桁が高かったので今は何をやっても買えない。
このSPはどうやったら増えるのかというと……。
「スマイルストアを利用したお客様が笑顔になった時に増えるって言われても……」
……お客様ってどこ?
実を言うともう異世界に来てから五日は経っていた。その間にこの異世界の住人らしき人は訪れたこともなければ、見たことがない。
物騒な隣人ならいるんだけど……まさか彼らが商売相手だって言わないよね!?
さすがに店舗から出禁を食らってるモンスターが相手だとは思えないけど……。
ちなみに外に出て探してみようかと思ってみたけど、ゴブリン以外のモンスターも見かけたので、僕は逃げ帰りました! 安全第一!!
そもそもこんな樹海の森の中を進んで行って、もし迷ったりしたら、二度とこのコンビニに戻ってくることすら不可能だよ。
ここには食料が十分にある。コンビニ商品ばかりだけど、食い繋いでいくには問題ない。寝る場所もできたし。
完全に衣食住が揃っていて安全なこの場所を捨ててまで、命がけで外に出て行くことなんて、僕には出来なかった。
でもだからって、ずっとこのまま生きて行くのは――。
「……えっ?」
その時、入店音と共に自動ドアが開く音がした。
慌ててバックヤードを出て入口を見たら、僕以外の人がいた。
ウェーブの掛かった真っ赤に燃えるような赤髪が一番に目を引いた。
次に瞳と目が合った。透き通ったエメラルドグリーンの瞳に、キリリと凛々しい目尻。服装は軽鎧で腰に剣を携えていた。
体型からして女性。スタイルはいいようで、鍛えているのか筋肉で引き締まっているみたい。
まるでファンタジーのゲームや漫画に出てきそうな、カッコいい女騎士がそこにいた。
僕はその人に向かって――。
「いらっしゃいませ! ようこそ、スマイルストアへ!」
条件反射のように、いつもの言葉を口にしていた。
(チートや魔法は)そこに無ければ、無いですね。