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調査報告書:大遠征の結果について②

「さて、地図ではこの辺りのはずですが……」


 トラヴィスが手にしていたのはコピー用紙に印刷された第八層のフロア地図だった。案内図とも呼ばれる。


「この案内図がすぐ手に入るようになるとはなぁ……」


「まったくですね」


 これはクローバー商会が販売しているものだ。各階層の情報と地図を探索者たちから聞き取り、まとめたもので、攻略に必須のものだ。今までもこの手の案内図は商品として扱われていたが複製が手間であり、紙代も高いが為に、値段が恐ろしく高くあまり手が出せない代物だった。


 これらのフロア情報は案内図ではなく、口頭での情報代として扱われることが多かったのだが、その常識が最近変わった。

 例の如く、あのコンビニ【スマイルストア】のおかげだ。クローバー商会の支部長であるロウシェが、店に設置されたコピー機に目を付け、案内図の複製をし、それを販売し始めたのだ。

 現在トラヴィスが手にしている案内図も、その一つだ。


 安価になった案内図は今や飛ぶように売れているという。しかし情報をそんな簡単に売り渡して大丈夫かという心配もあるだろう。従来通りの方が稼げたのではないか? という意見もあった。

 これに対してロウシェはこう答えた。


『迷宮は奥深くに行く度に価値ある珍しい物が出てくるのですよ。探索者の攻略速度が上がるということはそう言った価値ある珍しい物に出会える確率が上がるということです。これは言わば、先行投資なのですにゃ』


 ロウシェは目先の利益よりも、将来得られる利益を見据えて、案内図を売ることに決めたわけだ。

 そのおかげで、迷宮騎士団は予定よりも早く攻略が終わりそうだった。……こういった案内図の存在も先程のような実力不足のパーティを出させる要因の一つなのは悩ましい問題であるが。


 一行は再び進んでいき、ようやく第九層に繋がる転移陣の前まで辿り着いた。

 しかしその転移陣の前を守るようにモンスターがいた。硬い甲殻を持ち、鋭い角を持つ虫たちだった。


「アイアンビートルか、これも情報通りだな」


 アイアンビートルが飛び立ち、近くにいた団員を狙う。鋭い突進の攻撃は、しかし、分厚い盾に防がれた。


「さすがだ、ハートン! そのまま危ない奴を守ってやってくれ!」


「はい!」


 ハートンは盾役(タンク)として優秀だ。誰かを守りながら戦うことに長けている。だが彼が元々所属していたあの【ジャックライダー】の面々は個としての戦力が強すぎるせいか、守る必要がないメンバーが多かった。

 攻撃は最大の防御という言葉の通りに、モンスターを倒す速度も速いがために、盾役(タンク)が必要ない場面が多かったそうだ。それで着いていけなくなったと思うのは、少し違うのではないかとヨスは常々思っていた。

 現にあの高速で移動するブラックシャドウの攻撃に対応できていた時点で、彼は動きの速い盾役(タンク)だ。


 防御は完璧である。しかし、攻めに関しては少し手こずっていた。硬い甲殻のせいだ。剣だけでは切れずに弾かれる団員が多かった。

 まともに甲殻を切れていたのはアイリスとヨスだけだ。二人の武器は神器でもあるので当然と言える。

 アイリスが持つ神器は〈七彩の剣〉だ。七種の魔法を扱える魔法剣であり、その魔法の力によってアイリスは甲殻を斬り刻めた。

 ヨスが持つ〈波紋の剣〉もまた水刃により甲殻を斬ることができた。


「甲殻ではなく、関節部を狙いなさい!」


 トラヴィスは甲殻を斬れはしなかったが、うまく関節部を狙いそこを突き刺すことで対応していた。〈博識の眼鏡〉が狙うべき場所を特定したのだ。それにより、他の団員も反撃し始めた。

 彼ら三人も神器という物に頼っていると言えなくもないが、彼らには見合った実力を持っている。

 道具をうまく使いこなすにはそれなりの実力が必要だろう。


 そんな攻防もすぐに終わりを迎えた。


「……そろそろ退きなさい」


 凛とした声が響き、その声に従うように、タイミングよく騎士たちがアイアンビートルたちから離れた。


「轟き響け、雷鳴よ!!」


 直後に、紫の稲妻が走った。その稲妻はアイアンビートルたちだけに落ちた。焦げ付くようなにおいと轟音が場を支配した。


「アッハハハハ!! 今まで散々とあたしを苦しめてきた天罰よ! この虫どもが、地にまとめて叩き落としてやる!」


 この稲妻を放ったのは、当然【雷鳴】のココである。彼女は今までの鬱憤を晴らすように次々と雷を落としていた。

 なぜなら……この第八層は魔法使いにとっては、最悪の階層だったからだ!

 あのブラッドイーターがフロア全域に出没するために、魔力を吸われた魔法使いというのは、実に木偶の坊でしかなかった。

 当然魔法使いであるココも、この第八層では手も足も出なかった。この三年ほど寄り付かなかったほどだ。その三年、苦汁を嘗めさせられた仕返しを、今やっていた。


「あの羽虫のせいで魔法があまり使えない階層だからか、他のモンスターは魔法が弱点だなんてね」


 実は第八層のモンスターは魔法が効きやすいものばかりだった。しかしブラッドイーターのせいで、その弱点を突こうにも突けなかったのだ。

 しかしコンビニ商品による、ブラッドイーター対策が出回ったことで、この弱点を正しく突けるようになった。

 程なくしてアイアンビートルたちは倒され、転移陣までの道が開かれた。


「さすが、ココ殿であるな」


「ふん、これくらい楽勝よ。……でも、ちょっといまいちだったのよね」


「うん? そうだったのか?」


「だって、フジカの魔法に似なかったもの!!」


 アイリスの肩をがしりと掴むと、ココはぶつぶつと語り出した。


「単行本五巻の見開きで描かれたフジカの魔法に近い形にしたかったのにまだ似ないわ! 特に色! 六巻の後書きでは藤色らしいのだけど、今の色だと濃すぎるわ! もうちょっと色をなんとかしたいのだけど、色を薄めようとすると魔法の威力が下がるのよね。やっぱりここは一から魔法の術式を組み直したほうが良さそうなんだけど……ねぇ、どう思う?」


「いや……私は魔法とかよく分からない……」


「ああ、そうよね……」


 少し残念そうにしながら、ココはアイリスの肩から手を外した。やっぱり魔力の出力をどうたら、いや術式を云々と真面目な顔で独り言を呟き始めた。

 きっと新しい魔法を編み出している最中なのだろうと、アイリスは納得した。……ただ推しの魔法を再現しようとしているだけなのだが。


「おーい、モンスターがまた湧いてくる前に、さっさと九層に行くぞ!」


 ヨスの呼びかけにアイリスとココは気が付いて、早足に合流した。

 迷宮のモンスターは、倒してもすぐにどこからともなく湧いて出てくるのだ。移動するなら早くに越したことはない。


 彼らは転移陣から次々と第九層に向かっていく。こうして迷宮騎士団の大遠征は無事に終わったのだった。

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