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調査報告書:大遠征の結果について①

 ロンダール迷宮第八層。その階層は三年ほど攻略ができずにいた階層だった。

 しかし、先日【ジャックライダー】が第八層を攻略したことを皮切りに、他の探索者たちも続々と踏破していった。

 現在攻略組と呼ばれる最前線パーティはすでに第九層の攻略を始めている。その後に続くように、後追いのパーティたちが第八層の攻略をしていたが……。


「くそっ、何だこの虫! 速すぎる!」


 そんなある探索者パーティの一つが、苦戦を強いられていた。暗黒森林地帯と呼ばれるその場所は常に夜のように暗い森の中だ。

 その闇に隠れるように飛び回る虫に、今彼らは苦しめられていた。


「スプレーがあたらねぇ!」


 普段であれば剣などの武器を手にしているが、彼らの両手には暗がりを照らす懐中電灯と、殺虫スプレーが握られていた。

 この階層にとってはこれが基本装備のようなものだ。

 しかし、暗闇に向かってスプレーを乱射するが、当たっている様子がない。

 なぜなら……闇に紛れる虫の動きが速すぎて当たらないのだ。人の頭ほどの巨体を持つ虫だというのに。

 血と魔力を吸うブラッドイーターや、毒を撒き散らすデスフライ、それらの虫型モンスターを倒してきたこの武器を持ってしても、そのモンスターを殺すにはいたらなかった。


「リーダー……! せめて俺たちだけでも〈転移石〉で逃げましょうよ!」


「バカ! 仲間を置いていけるか!」


 すでに仲間の半数は高速の虫の一撃を受けて倒れ、気絶していた。残るのは二人のみ。


「ひっ……!」


 どうするべきか悩んだリーダーの前に、モンスターの攻撃が迫った――その時だった。


 ガキン、という衝撃音が響いた。目の前にはいつの間にか鎧を着込んだ背の高い男が立っており、二人を守るように盾を構えていた。その盾が、モンスターの高速の一撃を防いでいたのだ。


「大丈夫でしたか?」


「あんたは……迷宮騎士団の!」


 男が身に纏う鎧には見覚えがあった。ロンダール迷宮騎士団の鎧だ。


「ハートン、二人を頼む」


「はい、アイリスさん」


「……なっ!」


 さらに信じられない出来事が起こった。高速で動く虫に向かって赤毛の女騎士が飛び込んだ。

 高速で動く虫と同じか、それ以上のスピードで走り、見事にその虫を斬って見せたのだ。

 速さだけではない、この暗がりであっても的確に敵の位置を捉えて動いていた。


「速すぎて影しか見えないからブラックシャドウだったか? ……ただのハエではないか」


 地面に真っ二つとなって落ちた虫を一瞥して、赤毛の騎士……アイリスはそんなことを呟いていた。

 そのままアイリスは周囲に残るブラックシャドウを続々と倒していく。


「おーい、大丈夫だったか?」


 そこに騎士団長ヨス・ナイトホークが率いる部隊が合流した。

 ブラックシャドウを前に全滅し掛けていたパーティは偶然通りがかった迷宮騎士団のおかげで助かったのだった。


「ありがとうございました!」


 助けたパーティは礼を言って全員〈転移石〉で帰っていった。それを見届けて、ヨスは安堵の息をついた。


「やれやれ、ちょいと実力不足のパーティが多すぎないか?」


「ああ、これで五度目だ。まったく、あの程度の腕前でなぜこんなところに……」


 ヨスの言葉に娘のアイリスが頷く。

 彼らロンダール迷宮騎士団は現在第八層攻略中、騎士団の中で大遠征と呼ばれるものの最中だ。

 順調に進みあと少しで階層と階層を結ぶ転移陣に到着する予定だったが、目の前で全滅しかけているパーティを見ては放っておけなかった。


「良くも悪くも、コンビニの商品のおかげですね」


 副団長のトラヴィス・オールソンが困ったように苦笑した。確かにあのコンビニがこの迷宮に現れてから迷宮攻略の難易度は下がった。しかしそれは探索者の実力が上がったわけではない。

 便利な道具の登場で以前より下の階層に行きやすくはなったが、同時に実力が足りない者まで下の階層に行くことができるようになってしまったのだ。


「道具に頼り切るのも考えものですね……。ってなんですか、お二人とも?」


 そう言ったトラヴィスをヨスとアイリスがじっと睨んでいた。


「いや、そう言うお前もこの前エナジードリンクで倒れていただろ?」


「ハジメ殿にめちゃくちゃ怒られていたのを見ていたぞ」


「あ、あれは半分調査の為ですから! 反省しましたのでもうしませんから!」


 あの時倒れてしまったことで団長を始めとし家族を含めた多くの人たちに心配をかけさせてしまった。


 それだけでなく……。


『トラヴィスさん。僕、言いましたよね? きちんと休んでくださいと。今後このようなことを繰り返すならエナジードリンクは売れませんし、コーヒーだって売りませんよ?』


 あのハジメが珍しく怒っていたのだ。笑顔のまま詰められて、トラヴィスはせめてコーヒーだけは!と懇願しながら、二度としないとハジメの前で反省を誓っていた。


「といいますか……団長も一緒に怒られましたよね?」


「うぐ……仕方ないだろ。そうやすやすと解決できる問題でもないんだから」


 そもそもブラック環境は改善をしなければならない! と団長のヨスも怒られていた。

 本を正せば書類作業の事務員不足が原因なのだ。

 しかし、騎士団の中でちゃんと読み書きができて計算もできる者は少ない。この世界の識字率は低く、まともな教育を受けていない者が多い。


「迷宮伯に相談中だからちょっと待っててくれ……」


 騎士団という職業柄どうしても秘匿にしなければならない情報を扱う時もある。下手に雇い入れるのも難儀していたのだった。


「そんなに困ってるなら、言ってくれれば手伝ったのに」


 そう言ったのはあの【雷鳴】の魔法使い、ココ・ファミリアだった。


「本当ですか、ココ様! いや、しかしココ様にはすでに検閲の仕事の一部を任せていますし……」


「あんなの仕事とは呼べないわよ。だって楽しいマンガを読んだり、異世界の知識で書かれた本が読めるのよ!」


 キラキラとした表情でココは言う。ココはすっかり異世界の書物に、特にマンガを気に入っていた。


「むしろそれでお金もらってるのが申し訳ないくらいだわ。だから、帰ったらトラヴィスの仕事を手伝ってあげるわ」


「あ、ありがとうございます!!」


 救世主が現れたというように、トラヴィスはココを崇め始めていた。


「おーよかったな、トラヴィス!」


「これでなんとかなりそうだな」


「……むしろあんたたちは手伝ってあげないの?」


「いやぁ、俺はこういうの苦手でな……」


「父に同じく、私も苦手で……」


 ヨスとアイリスは揃って目を逸らした。二人とも文字は読めるし書けるし、計算もできるのだが……。


「いいんです……あの二人にやらせると余計な仕事が増えるので……」


「そう……あんた、本当苦労してるのね……」


 ココは同情するような目線をトラヴィスに送った。


 ちなみに、なぜ彼女が迷宮騎士団と一緒にいるのかというと、第八層攻略を共に行うためだ。

 彼女はパーティも組んでいないフリーのソロ探索者である。必要があったり、誘われた時にパーティに一時加入するような探索者であった。


 そんな彼女は今回、迷宮騎士団が大遠征すると聞いて自ら売り込んできたのだ。

『このあたしが来たからには八層攻略なんてすぐに終わるわ!』と豪語していた。


 だが実際のところは、攻略組のパーティはすでに八層を通過したことで、彼女の実力と釣り合うパーティがいなかったことが原因である。

 あの大魔法使いジョナスの弟子であり、【雷鳴】の二つ名を持つ彼女は引く手あまたなのだが、プライドの高い彼女は実力あるパーティとしか組みたがらなかった。

 組めるパーティがいないから、仕方なく迷宮騎士団の大遠征に乗っかることにしたのが真相である。

 騎士団側としては彼女程の実力のある魔法使いの加入はありがたかったので、素直にその申し出を受け入れたのだった。

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