31.マルチコピー機
「ハジメ! 今週号は!!」
「もちろん、入荷してますよ」
本日は水曜日、ということで朝一番の開店直後にココさんがやってきた。この光景もすっかり馴染みあるものになったなぁ。
「……はぁ〜! 今週も最高だった」
魔法少女マイの最新話を読んで、しばらく余韻に浸るココさんの姿も、毎週恒例となった。
ちなみに週刊誌に掲載されている他の漫画も目を通しているみたいだ。それらの単行本も全巻買っていってくれたくらいだから。
それでも一番面白いのは、やっぱり魔法少女マイなんだってさ。
「ハジメ、そういえばコレってなに?」
余韻に浸り終わったココさんが、イートインスペースの近くに置かれた機械を指した。
「ああ、それはマルチコピー機ですよ」
「マルチコピー機……?」
「ちょっと見ていてください」
僕は適当にバックヤードから文字の書かれた書類を持ってくる。それをコピー機にセットして、ボタンを押した。
しばらくコピー機が動く音がした後、一枚の紙がコピー機から出てくる。
「こんな感じで、紙に書かれたものを複製できるんですよ」
「あ、あんたこれ、〈複製機〉じゃないの!」
やっぱり似たような魔導具があるらしい。でもそれにしてはすごく驚いている。
「こ、こんなものが今までここにあったなんて、全然気付かなかったわ……! というかなんでこんなところにポンって置いてあるのよ!!」
「えっ……コンビニにコピー機があるのは当たり前なので、お客様にも分かりやすいように、入口近くに置いてあるんですよ」
「これが当たり前にあるの!? あたしだってお父様のところでしか見たことないのに!?」
こっちの世界のコピー機はずいぶんと貴重な物らしい。そんな貴重な物が何気なくポンって置かれていたら驚きもするか。
「あんた……盗まれていたらどうするのよ……」
「あぁ……それに関しては大丈夫ですよ」
万引きを始めとした窃盗に関して、なんとこの店舗は即座に察知するらしい。以前万引きをした客がレジを通していない商品を抱えて外に出ようとした時、ブザーが鳴り響いたのだ。
その後、客は商品を残して転移された……聞けばその万引き犯は地上の迷宮騎士団が管理する牢屋に放り込まれていたそうだ。
ちなみに万引き犯は出禁扱いにもなっていて店内に入ろうとすると結界に阻まれて入れないみたいだ。
なんて完璧な防犯システムだろう……。さすが異世界『移転』した店舗は違うなぁ……。僕にも少しくらいその力をくださいよ……。
「そういうことなので、コピー機が盗まれることはないですね」
「そう……なら良かったわ」
ココさんは防犯システムにちょっと驚いていたけど、納得してくれた。
「ねぇ……このコピー機って使ってもいいのよね?」
「ええ、もちろんですよ。代金はしっかり頂きますけど」
「いくらかしら? 10万ギールくらい?」
「どんだけ大量に印刷するつもりですか? カラー印刷でも1枚50円ですけど……」
「えっ!?」
「えっ?」
僕たちは互いに顔を見合わせた。
「ば、馬鹿じゃないの? なんでそんなに安いのよ!!」
「いやそう言われましても……」
「はぁ……そうね。あんたに言っても仕方なかったわ、あんたの世界では当たり前のことだものね」
最近慣れてきた気がしたけど、やっぱり当たり前の違いの差に、毎度驚かされる。
「ふふ……でも、そんな安値でコピー機が使えるなんて……素晴らしいわ!!」
ココさんもそんな感じで……いや、目が爛爛に輝いていらっしゃるっ!?
ココさんは〈魔法鞄〉からある紙を取り出した。羊皮紙の巻物だ。開かれたそれには魔法陣のような複雑で幾何学な模様が描かれている。
「ココさん、それってなんですか……?」
「マジックスクロールよ。魔法を記した魔導具の一つね」
やっぱり、ゲームでもよく見かける魔法アイテムだ!
僕が興味津々に見ながら、ココさんはコピー機にそれをセットした。
「〈複製機〉なら本でも物でも複製できるけど、このコピー機ってやつは薄い紙限定みたいだから、試しにこれでやってみるわ」
……もしかして〈複製機〉のほうがすごいのでは? そんなことを思いながら、マジックスクロールがコピーされていくところを眺めた。
しばらくしてコピー機から紙が吐き出された。
「すごい……完璧にコピーされているわ……!」
「あの、ただ模様をコピーしただけなので、マジックスクロールにはならないのでは?」
「いや、なってるわよ! 分からないの、この紙にちゃんと魔力が宿っていることを!!」
ずいっと印刷されたマジックスクロールを僕に見せてくる。……全然魔力が宿っているか分からない。A4の真っ白な紙に印刷された魔法陣というのは、羊皮紙に比べるとなんとも雰囲気がないし……。
「そこで見てなさい!」
ココさんが店内の外に出ていく。
周囲を窺って誰もいないのを確認した後、印刷したマジックスクロールを掲げた。
すると、印刷された用紙が光り輝き始めた!
光が魔法陣に集まっていき、そして圧縮されたエネルギーが解き放たれた。
轟音、いや雷鳴だ。一筋の雷がスクロールから飛び出し、大木の幹を抉っていた。
「どう、ハジメ! 今の見たわよね?」
「うん……すごい……」
思わず腰が抜けるかと思った。だってこういう攻撃魔法は今まで見たことがなかったから……。
そんなすごい魔法を扱えるマジックスクロールを、あのコピー機が簡単に複製したことにも驚いた。
マルチコピー機がマルチ過ぎるよっ……!
「ところで、ハジメ? 本当にコピー代は50ギールなのよね?」
にんまりとした笑顔のココさんのことを、僕は初めて怖いと思った。
「あはははは! マジックスクロールがこんなに簡単に量産できるなんてすごいわ!」
それからココさんが次々とお金を入れ込んで、マジックスクロールをコピーしていく。ちなみに白黒印刷でも大丈夫だったから、さらに安値の10ギールで印刷し始めた。
「細々とした魔法陣を描くのが面倒で、面倒で……!」
「このスクロール、ココさんが作ったんですか?」
「そうよ。こういうスクロールはあたしたち魔法使いが作り出すのよ。これを売ることでも収入になるのよね……あ、コピーできるならこれから売れなくなってしまうかも? まぁいいわ」
「いいんですか……」
「だってこれ本当に作るの大変なのよ……一個作るごとに魔力だって持っていかれるし」
「……あれ? ならこのスクロールの魔力って」
――その時だった。店内の照明が一斉に落ちて真っ暗になった。
「え、何!?」
「おい、なんだこれは! どうなっている!」
バックヤードから休憩中だったらしい、アイリスさんが飛び出してくる。他のお客様や店員も慌てていた。
「落ち着いてください! ただの停電ですので!」
「停電、なんだそれは?」
「……簡単に言えば、店舗を動かすエネルギーが切れたようなものです」
元の世界なら送電された電気で店内のあらゆる機械などを動かしていた。しかしこの異世界に電線などないため、この店舗は電気で動いているわけではなさそうだった。つまりこの店舗を動かしているのは、魔力なわけで……。
「もしかして……あたしのせい……?」
コピー機には大量に印刷されたマジックスクロールがある。……どうやらマジックスクロールを印刷する過程で必要な魔力は、店舗の魔力から供給されていたようだ。
この停電騒ぎを境に、僕はコピー機の値段を改めることにした。通常の印刷代はそのままだけど、マジックスクロールなど魔導具になるものに関しては、一回10万ギール取ることにしたのだ。高い値段なのは安い値段にすると、大量に印刷されてまた停電を起こされかねないから。一応一人当たり一日三回までという制限も課したけど。
「なんであたしがこんなこと……! でも気付かなかったあたしの落ち度でもあるし……!」
ちなみにその後店舗の魔力が回復するまで、ココさんに電力供給をしてもらった。渋々といった様子ではあったけど、おかげ様で営業を続けることができたよ。




